012 再会(仁峰視点)
顔を見なくても分かる。
あの指先、生きているかのように舞う衣に流れる髪。
髪色は違えど、あの舞を踊っているのは雪燕だ。
慧王殿下の屋敷で、年下の令嬢に舞を教えているなんて、あんな幸せそうな姿を見ることができる日が来るなんて、兄としてこれ以上喜ばしいことはないだろう。
くるりと回転し、こちらに顔を向けた雪燕から逃れるように、隣に立つ泰然様の後ろに私は隠れてしまった。
「レ、仁峰様?」
「すいません。私を見たら、どんな顔するのか、急に怖くなってしまいまして」
せっかく、翡雲様がここまで連れてきてくださって、泰然様も、雪蘭様と会う許可をしてくださったのに。
今まで何もできなかった私に軽蔑の目を向けるかもしれない。
記憶の中の幼い姿の雪燕は、どんなに遠くにいても私に笑顔で手を振ってくれたけれど、あれはいつの日のことだろう。
思い返す笑顔は十歳の姿の雪燕ばかり。成長が止まってしまった雪燕と最後に微笑みあったのは、いつだっただろうか。
成長した姿の雪燕を見て、大人になった雪燕が私を受け入れてもらえるのか不安になった。
ずっと前から子供ではなかったはずなのに、なにを馬鹿なことを考えているのだろう。
「同じことを言うのですね」
泰然様が私を見ながら呟くように言った。
「え?」
「いえ、それで、いかがでしたか? 雪蘭は、お探しの妹君でしたか?」
「……はい、私には、彼女が雪燕に見えます」
「そうですか。……俺は、雪燕を知らないので見ただけで確信が持てる理由は分からないのですが……。そんなに泣くほど嬉しかったのなら、雪蘭と会っていただけて、よかったと、心から思えます」
泰然様の言葉に、私は声を殺して泣いてしまった。
やはり、彼女が雪燕なのだ。そう分かると、足に力が入らなくて、その場にうずくまってしまった。
「え、ちょっ、大丈夫ですか?」
「……も、すごじ、このままで」
「どうぞ、好きなだけ泣いてください」
しばらく泰然様の背中を借り、舞の稽古の途中で退室した。そして、泰然様に彼の自室の方へと案内していただいた。
「ここに雪蘭を呼びますので、お待ちください」
「あの、私が来ていることを雪燕は……えっと、雪蘭様には、お伝えいただいているのですか?」
「はい」
「その……嫌がっていましたか? 会うのは嫌だとか、怖いとか……」
「怖がっていましたよ」
怖がっていた? 同じことを言うと言っていた、先ほどの泰然様の言葉は、このことを言っていたのか。
だが、それは私の怖いと思う気持ちとは違うのでないだろうか。私なんかが現れて、昔の日々を思い起こさせてしまい、怖がらせてしまったのではないだろうか。
「でも、力になりたいとも言っていましたよ。自分のことを必要としてくれる人がいるなら、怖くても、それでも力になりたいと」
あの頃と変わらない。
きっと今の雪燕も優しい子なのだろう。だから、こんなによい人と巡り会えて、幸せそうに舞を踊る日を迎えられたのだ。
それなのに……。
「いつも……いつも雪燕ばかりが辛い思いをしていた。舞姫だなんて重い責を背負い、奇病にかかり蔑まれ……私は近づくことも、触れることも許されなかった。それなのに、こうして目の前に現れ、迷惑でしかないだろうに、力になりたいと言ってくれるなんて……」
「迷惑だと思うなら、なぜここまで来たのですか?」
会いたかったからだ。生きていることを、この目で確認したかった。そして、伝えたかった。
「幸せになってほしいと……。雪燕に、幸せになってほしいと、伝えたかったからです」
そう言って顔を上げると、泰然様の隣に雪燕が立っていた。瞳いっぱいに涙をためて、私を見ていた。
「雪燕?」
「お、お兄様、わたし……」
ああ、雪燕だ。
声も瞳も、私のよく知る雪燕で、嬉しくて私は雪燕に駆け寄り、その存在が幻でないか確かめるように抱きしめた。
「夢でも、幻でもないのだな、雪燕なのだな?」
「はい、雪燕にございます。お兄様」
震える声に不安になり、体を離し顔をのぞき込む。
雪燕は涙を流しながら笑っていた。
よかった、怖がっているのではない。
「よかった、怖がらせてしまったかと思った」
指で涙を拭うと、雪燕も同じように私の涙を袖で拭ってくれた。
「お兄様は私に、幸せになってほしくて、ここまで来られたのですか?」
「ああ、生きているかもしれないと聞いて、嬉しかった」
「ありがとうございます。あの……碧砂国で天災が起きていると聞きました。そのことでいらしたのですよね。大丈夫です、ご遠慮なさらず、全て話してください。私にもし、力になれることがあるなら──」
「心配するな。それは気にしなくていい。私は、雪燕が幸せかどうか確かめに来たのだから」
「えっ?」
「だがそれは、皇后の言葉あってのもの。浅はかな兄を許してほしい」
私は雪燕と、そして泰然様へと頭を下げた。
「許すだなんて……。お義母様の言葉とは、どんな言葉なのですか?」
「私は雪燕が生きているのなら、国へ連れ戻さねばと考えていた。しかし、皇后は、それはしてはならないとおっしゃったんだ」
「お義母様が?」
「慧王殿下の息子と一緒だったと聞き、皇后は雪燕が翡雲様に保護されているのでは、と考えていらした。そこで雪燕が幸せでいるなら、そのままにしてほしいと、私は頼まれたのだ。そして、もし雪燕の居場所が不相応なものであったとしたら、連れ出し、皇后の故郷である密仙国へ送り届けてほしいと頼まれた」
「どうして?」
雪燕は不思議そうに首を傾げた。
それもそうだろう。皇后は自分の手元に雪燕を呼ばず、他国へ連れて行くようにと言ったのだから。
「雪燕は碧砂国に戻ってはいけないとおっしゃっていた。今戻れば、天災を雪燕のせいにされると考えたのだろう。義母上は、雪燕を愛しているよ」
「私を?」
「ああ、もちろんだろう? 雪燕、こんな私だけれど、雪燕の幸せを願うことを、許してくれるか?」
小さな子供のように泣きじゃくる雪燕を抱きしめた。私が池で溺れて死にかけた時も、こんな風にして雪燕を慰めた。
「お兄様、大好きです」
胸の中でそう言って、また涙を流す雪燕が可愛くて愛おしくて、泰然様が見ているというのに、私も盛大に泣き続けてしまった。




