011 雪蘭の気持ち(泰然視点/翡雲視点)
翌日、父は帰宅すると、すぐに宮殿へ報告にいき、昼過ぎに帰ってきた。
俺は仁峰様のことを父に伝えた。
そして、もし仁峰様が必要としているのなら、雪蘭は碧砂国に行くことを覚悟しているということも。
「それで、仁峰は、雪燕を見つけ出して、どうするつもりでいるのだ?」
「え?」
「仁峰に聞かなかったのか?」
「……はい」
聞かなかった。正直、聞くのも怖かったし、連れ戻されるという考えに頭の中が支配されていた。
「仁峰なら、雪燕の気持ちを優先させてくれるだろう」
「仁峰様はそうだとしても、もし春燕が雪燕のことを知ってしまったら、どうなるでしょうか? また周りに悪い噂を流し、破滅させようとするでしょう」
「そうだな。しかし、ここは仁峰を信じてみてよいのではないか? 単身でここまで来たのだ、煮るなり焼くなりどうとでもできることも承知で、それでもここへ来たのだろう」
確かに、護衛を二人だけ連れてできることなど、何もないと言ってもいいくらいだ。
ひとりで考えを巡らせていると、使用人が扉を叩いた。
「翡雲様がお見えです」
「翡雲が?」
まさか、瑠麗がいるから来たのか?
そういえば、雪蘭のことで頭がいっぱいで、父に瑠麗のことを話していなかった。まあ、後でもよいか。
「おお、通しなさい。泰然、翡雲は月に一度は訪ねてくれているのだ」
「ああ、そうでしたか」
俺が適当に返事をすると、父はニヤリと笑い尋ねた。
「雪蘭に会わせたくないのか?」
「はい? あ、いえ違います。今、瑠麗が来ていて」
「リウリー?」
「実は、密仙国から、礼節を学びたいと言って黎瑠麗という女性が来ておりまして。密仙国の大婆様からの書簡を父の机に置いておいたのですが、報告することを忘れていました」
「まったく、密仙国の大婆様の紹介とは、只事ではないではないか。そのリウリーとは、知り合いか?」
父は机に置かれた書簡を開き目を通した。
「はい。山で出会ったウリ坊で、今は人間に戻り翡雲の許婚となりました」
「ん? 情報量が多いな……。泰然、お前は本当に、いろいろな経験をしてきたのだな。またゆっくり、山の屋敷での話を聞かせておくれ」
短くまとめてしまったが、山の屋敷での話だったら、いくらでも話せてしまいそうだ。特に、雪蘭と過ごしてからの日々は、毎日が色鮮やかな日々だった。
「はい、また今度」
「よし、翡雲を迎えておいてくれ、私はその瑠麗殿と話をしてから行く」
「分かりました」
翡雲を迎えに行こうと門の方へ向かうと、その途中で翡雲の姿を見つけた。
真っ先に俺に会いに行こうとしていたのか、俺の部屋がある家屋の前に立っていて、よく見ると、なぜか雪蘭を……抱きしめていた。
「翡雲?」
****
私は土産を手に慧王の屋敷を訪ねた。雪蘭に食べてもらいたくて、茶屋で菓子を買った。
今までも、月に一度程度、碧砂国から帰還した際、慧王の屋敷に足を運んでいたいた。
今日は雪蘭が都に来てから初めて訪ねる。せっかくだから、雪蘭と泰然と都を散策しようと思って足を向けたのだが、それはやめた。
仁峰様の言葉を聞いてしまったから。
門を通され、まず泰然に会おうと思い東の家屋を目指すと、雪蘭が出てきた。
舞を舞う時の装いだろうか、紫の髪に薄紅色の衣がよく似合っている。薄く化粧をしていて髪も結い、とても綺麗だ。
「雪蘭?」
「えっ、翡雲様? あ、もしかして」
泰然から仁峰様のことを聞いているのだろうか。雪蘭がクルリと向き直り屋敷へ戻ろうとしたので、私は駆け寄り手を握ってそれを止めた。
「待ってくれ。仁峰様のことを聞いたか?」
「は、はい」
「会うのは嫌か?」
「いえ。会いたいけれど……ただ、少し怖いと思うのが本音です」
無理やり作った笑顔で雪蘭はそう言った。
怖い。それもそうだ。
私だって仁峰様を視界にとらえた時、警戒してしまった。見知った仲であれど、腹の中は分からない。
不安で当たり前なのに。
私は雪蘭の手を引き、強く抱きしめた。
「フェ、翡雲様?」
「すまない、私は雪蘭の気持ちを蔑ろにしていた」
「えっ? そんなこと……」
「先ほど仁峰様に偶然会った。彼の話を聞いて、私は雪蘭と会うべきだと思った。だから」
私としたことが、雪蘭の気持ちを二の次に考えてしまっていた。
「翡雲?」
いつもより低い泰然の声に名を呼ばれ、私は慌てて雪蘭から手を離した。
「あ、失礼した」
雪蘭は困り顔で、大丈夫ですと言ってくれたが、軽率だった。ここは人目もあるのに。
それに、泰然の視線が痛い。
「菓子なんて買ってきて、なにか用があってきたのか? 今、色々と立て込んでいるのだが?」
「ああ、菓子は雪蘭が好きだったものを買ってきた。それと……」
「あ、雪蘭、そろそろ時間ではないのか?」
泰然の言葉に、雪蘭はハッとして屋敷の西の方へと目を向けた。
「そうでした。今から瑶琳とその友人の舞の稽古をみるんです」
「おお、それでその様な美しい装いだったのだな」
「はい、失礼しますね」
「あ、ああ……」
雪蘭は舞を教えているのか。
瑶琳とも、仲良くやっているのだな。
それなのに……。
「で、翡雲はなにか言いたげだが」
「先ほど仁峰様と偶然、道であったのだ」
「え、それで?」
「連れてきてしまった。今、屋敷の前で待ってもらっている」
「は? 明日、父が戻ってからと約束したのだが」
「あー、叔父上はもう帰ってきてるだろうし、大丈夫かと思って。私は明日、用があって来れないし……いや、すまん。そんなに怒るな。雪蘭が雪燕であることまでは、言っていないぞ? やはり、明日にしてもらうか?」
余裕が無さそうな泰然の顔を見たら、益々申し訳なくなってきた。
「お通しせよを皇太子殿下を、門の前で待たせておくなど失礼であろう」
「父上……」
慧王殿下の隣には、澄まし顔で立つ瑠麗の姿もあった。
瑠麗がなぜここに?




