009 花嫁修行?
「やっほー、来ちゃった!」
緊張感の欠片もなく現れたのは、密仙国で別れた瑠麗だった。
さっきまでの暗い気持ちが一気に晴れていく。
「瑠麗、どうしてここに?」
「花嫁修行よ。雲龍国に嫁ぐのだから、雪蘭のところで過ごせば、この国のことも勉強になるし、新婚の二人の様子を見れば、結婚生活についても学べるでしょう?」
「し、新婚ではないのだが」
泰然様が頬を紅く染めて言い返すと、それを面白がりながら瑠麗は口を開いた。
「えー、そうだっけ? 取り敢えず、お邪魔してもいい? 泰然のお父様宛に大婆様から書簡を預かっているのだけど」
「父は明日には戻られるが……さて、父の許可なしに野生の少女を泊めてよいものだろうか」
「えっ、ちょっと泰然、また私を追い出す気? 酷い、今はこんなにか弱い少女なのに」
「一人でここまで来れる少女は、か弱くないだろ」
「屋敷の前まで使いの者に送ってもらったのよ。この書簡、お父様宛だけど、不在なら泰然が確認してちょうだい」
「泰然様、お願いします」
受け取りを渋っていた泰然様は、私に目をやると仕方なく瑠麗の書簡を受け取ってくれた。
「わかった、話を聞こう」
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大婆様の書簡には、未熟な孫娘を慧王に任せ学ばせたいと書かれていた。同じ国に嫁ぐ私と、今後も助け合っていけるように、二ヶ月ほど預かっていただきたいとのことだ。そして、私が屋敷を離れる際も、共に過ごさせてあげてほしいと書かれていた。
泰然様は全て読み終えると瑠麗に尋ねた。
「もし碧砂国へ行くことになったとしても、共に行くということか?」
「もちろんよ。私がいても、あんまり意味ないって感じかしら?」
「いや、立場を気にせずなんでも言える瑠麗がいたら、雪蘭の心も少しは楽になれるだろう」
また皮肉を言われるのだろうかと身構えていた瑠麗は、呆気に取られ首を傾げた。
「え、褒めてくれた? あ、貶したかしら?」
「どちらかと言えば褒めたつもりだ」
「ふふふっ、そうなのね。なんか意外ね。雪蘭を娶って、少しは丸くなったのかしら?」
「……だから、まだだと言っただろ」
「あははっ、そうだっけ? それで、いつ碧砂国へ行くの?」
いつ、と聞かれると返答に困る。
行くことすら、定かではないのだから。
「それは決まっていないが、先ほど、雪蘭の兄が、雪燕を探して訪ねてきたんだ」
「へぇ~。お兄さんってことは、皇太子だったわよね。雪燕はお兄さんとは仲がいいの?」
「十歳の時、奇病にかかってから会っていないの。でも……」
会いたいけれど、会いたいとは言えない。
会えば泰然様や慧王殿下に迷惑をかけてしまうかもしれないし、それに……。
「会いたいなら、会ったほうがいいと思うけど?」
「えっ?」
「だって、今すぐ、お兄さんと会いたいって顔をしているわ。どうせまた、つまらないことを考えているんでしょ? 周りに迷惑をかけちゃう、とかさ」
「雪蘭、すまない。俺が自分勝手なことを言ったから。一番大切なのは、雪蘭がどうしたいかだから」
「兄に、会いたいです。でも……」
「でも?」
私の手に手を重ね、泰然様が優しく尋ねる。
私がどうしたいのか。
それは分かっているけれど、心の中は矛盾していた。
「兄と会えば、私は碧砂国に帰ることになるかもしれません。もし、私でしか解決できないような問題が起きているとしたら、私は行かなくてはなりません。そう頭では分かっているのですが……本当は、ここから離れたくありません。また、私のせいだって……」
皆から、後ろ指を指されるのだろう。昔と同じように。
私のせいで天災に見舞われたんだって言われてもおかしくないのだから。
またあの場所に帰るのが……本当は怖い。
私が言葉に詰まると、瑠麗が口を開いた。
「行かなくていいよ。碧砂国の人々の自業自得だもの。何が起きていても、自分達でどうにかするべきでしょ。いらないって、迷惑だったって捨てた人に、今さら頼るなんて都合が良すぎるもの」
「瑠麗……」
「でも、もし仁峰様に帰還するように頼まれたら、雪蘭は断れないのだろう?」
泰然様の言う通りだ。
もし兄に頼まれたら、私は断れない。
「はい。兄が私を頼ってくれるなら、私はその期待に答えたい。それも本当の気持ちです。また、蔑まれた目を向けられるのは怖いけれど、兄が窮地に立たされているのであれば、助けになりたいです」
言葉にして分かった。
兄の力になりたいということが、私にとって一番つよい気持ちなのだ。
「お兄様~、蔵の荷物が出しっぱなしで……。ど、どちら様ですか?」
しまった。外に荷物を出したまま部屋に来てしまっていた。
驚いている瑶琳に、瑠麗は軽やかに立ち上がり自己紹介をした。
「密仙国から勉強のために参りました。黎瑠麗と申します。もしかして、泰然様の妹君ですか?」
「は、はい。蘇瑶琳と申します」
「まあ、なんと可愛らしいお姫様なのでしょう」
「は?」
普段とは違い、上品? に振る舞う瑠麗に、泰然様が苛立ち声を上げると、瑶琳は驚いた顔で泰然様を二度見していた。
「瑠麗は、この屋敷で礼節を学ぶためにいらしたんですよね?」
「はい、そうですわ。雪燕様」
「雪燕様?」
「あ、間違えましたわ。雪蘭様」
瑶琳が尋ねると、瑠麗はサラリと言い直した。
そう言えば、初めて瑠麗から雪蘭と呼ばれた。ウリ坊の時も、ずっと雪燕と呼ばれていた。
それから、瑠麗は、泰然様が自分の病を治してくれた恩人であり山の屋敷で共に過ごしていた友人であることを瑶琳に説明していた。
「お兄様は山の屋敷で、こんな綺麗な方々と暮らされていたのですね」
「いや、こいつは……」
「まあ、泰然様ったら、照れてしまって。ご安心ください。瑶琳様。私は病を治していただいただけで、あの屋敷に住んでいたのではありません。通院していただけですから。泰然様は、出逢った瞬間から、雪蘭様一筋ですのよ!」
「そ、そうなんですね。へぇー」
私と泰然様をチラチラと見ながら瑶琳は頬を紅く染める。
「余計な話をするな」
そう言って泰然様は瑠麗を睨見つけていた。




