008 皇太子(泰然視点)
「こ、皇太子?」
言われてみれば、どことなく雪蘭に似ている。少し隙がありそうな雰囲気が特に。
しかし、皇太子がなぜ探しに来たのだろう。
雪燕を迎えに来たということか?
やはり、碧砂国の天災は雪燕にしか止められないということだろうか。
あれこれと憶測ばかり頭の中を駆け巡る。
「俺に近づく為に、護衛の方々に無理やり食べさせたのですか?」
「はい? あ、いえいえ、本当に迷子になってしまい空腹で、食べ過ぎてしまったのだと思います。私は、雪燕のことが気がかりで、あまり食事は喉を通らなくて」
嘘はついていないようだが、皇太子自ら来るということは、それなりの確信があって俺に近づいたのだろうか。
俺は、なるべく平静を装って口を開いた。
「なるほど。失礼ですが、雪燕という公主は亡くなったのでは? 緑淵では、そう聞きましたよ」
「はい、私もそう思っていました。ですが、春燕が、全て話したのです。緑淵で雪燕に似た人に会ったことも、それまで雪燕にしてきたことも……」
それは、疫病ではなかったから、雪燕が生きている可能性が高くなったという意味だろうか。
「なぜ、皇太子殿下が自らいらしたのですか?」
「今、碧砂国内は混乱しています。雪燕がもし生きていたら、この混乱が雪燕のせいにされてしまうこともあるかもしれません。ですので、他の者に知られないよう、私自身で動きました。会わせていただけないでしょうか。人違いだとしても、会えば諦めがつきます」
二人を会わせたらどうなるのだろうか。
もし兄が、国の為に雪燕を迎えに来たと言ったら、彼女なら国へ戻ってしまうだろう。
やっと都に慣れ始めたところだったのに、この幸せがすべて崩れそうな感覚に襲われる。
返答に戸惑っていると、裏口の扉が開いた。
「お兄様~、えっ? 急病の方?」
瑶琳の顔を見てホッとした。
雪蘭じゃなくて良かったと。
「瑶琳、大丈夫。もう治療は終わった。お帰りいただくところだ」
「泰然様、まだ話が……」
「今日は帰っていただけますか? 今、父は不在なのです」
きっと、兄との再会は避けられないことなのかもしれない。それでも、少しでも二人が出会う日を先延ばししたくて、そう言っていた。
「では、慧王殿下が戻られましたら、もう一度訪ねてもよろしいですか?」
「…………」
父は明日の朝には帰るだろう。
それから相談して……。
俺はなんの相談をするつもりなのだろう。
妹を探す兄を追い払いたいのか。自分が同じ立場だったら、会いたいはずなのに。
「お兄様、どうしてそんな怖い顔をしているの? こちらの方はお困りなのでしょう、父に取り次いだ方がよろしいのでは?」
「明後日、またいらしてください」
そう告げると、仁峰様は笑顔で礼を述べた。
「はい。よろしくお願いいたします。治療していただきありがとうございました」
仁峰様を見送って、俺はすぐに雪蘭の姿を探した。
雪蘭は、医院の隣の蔵で、調合に必要な道具を出してくれていた。
「雪蘭っ」
「泰然様、蔵の奥にもたくさんあって、取り敢えずは……。どうかされましたか?」
雪蘭は持っていた道具を下に置くと、心配そうな顔で俺へと駆け寄ってきた。
「雪蘭、都での生活はどうだ? ここへ来てから困ったことはないか?」
「皆様よくしてくださって、困ったことなんて、何もないですよ。それに、瑶琳のお友達も素直な子ばかりで、舞を教えるのがとても楽しいです」
笑顔を向けられると、先ほどの仁峰様の笑顔が重なって見えた。
碧砂国のことを知ったら、また辛い思いをさせてしまうだろう。
この笑顔を守りたいのに。
俺にできることはなんだろうか。
「そうか良かった。雪蘭、ずっとここにいてほしい。何があっても……俺の隣にいることを選んでほしい」
雪蘭は恥ずかしそうに微笑むと、俺の頬に手を伸ばした。
「はい、私もそうしたいと思っています。急にどうされたのですか。こんなに、不安そうな顔をして……」
「そんな顔をしていたか?」
「はい」
「でも不安なんだ。雪蘭がいなくなってしまうような気がして。約束してほしい。どこへ行くにも、必ず一緒に行くと」
「はい。でも、何があったのでしょうか? 私には、話せないことですか?」
やはり雪蘭には隠し事はしたくない。
「……仁峰様が都に来ている」
「仁峰様……? わ、私の兄の仁峰ですか?」
「ああ、春燕から雪蘭のことを聞いて、その目で確かめに来たそうだ。二日後に、また会う約束をした」
「二日後……」
戸惑いとともに、少しだけ雪蘭は嬉しそうな顔をした。兄との関係は良好だったのだろう。
「実は、前回の満月の夜以降、碧砂国には雨が振っていないようなんだ」
「雨が……なぜでしょうか。雷鳴は聞こえていたと思うのですが」
雪蘭は顔色を変え驚いて声を上げた。
「雷ばかりで雨はなく、落雷で山火事が起きたとの噂も流れている」
「どうしてそんなことに……」
「雨ごいの舞の最中、春燕は龍神の池に落ちたと聞いただろう? それで龍神様を怒らせたのではないかという話だ。仁峰様は、春燕から、雪燕にしてきたことを聞いたそうだ。そして、俺が雪燕に似た人と一緒にいたことも」
「兄は天災を治めるために私を探しているのでしょうか?」
雪蘭も同じことを考えたようだ。
やはり、連れ戻しに来たのだろうか。
「分からない。情けない話だが、怖くて聞けなかった。雪燕を探す理由も、会ってどうするつもりかどうかも」
雪蘭は俺を安心させるように微笑むと、両手で包み込むように俺の手を握った。
「もし、私でしか解決できない問題が起きているのなら、私は碧砂国に行かなくてはなりません。大婆様もおっしゃっていました」
「そうだな」
「泰然様も、大婆様から聞いていましたか?」
「ああ、信じたくはなかったけれど」
雪蘭が頷きながら俺の言葉に微笑むと、門番の男が慌ててこちらへ駆けてくる姿が見えた。
「あの、雪燕様にお会いしたいという方がいらしています。そのような方はいないと伝えたところ、今は雪蘭様だった、と言っておられるのですが」
まさか、仁峰様が門番に鎌をかけてきたのか。そんなことをする方には見えなかったのに。
「男か?」
「いえ、それが……」




