007 遠路(仁峰視点)
皇后は春燕まで真っ直ぐに歩み寄ると、春燕の頬を平手で叩いた。
「失望した。春燕、お前を禁足とする。とする。そして、その卑しい口を二度と開くでない。仁峰、ついて来なさい」
無言のまま歩く皇后へついていく。
あの場から逃れる事が出来てホッとした自分に気付く。
情けなくて涙が出そうだ。
そして皇后の部屋へ着くと、皇后は泣きながらその場に崩れ落ち、私の涙は引っ込んでしまった。
「義母上っ」
嗚咽を漏らし泣き続ける皇后の背を擦り、しばらくして落ち着くと皇后は私に言った。
「仁峰。雪燕が疫病でなかったのなら、私が……私が殺してしまったも同じではないか?」
「そんなことはありません。それに、春燕が似た者を見たと言っていましたが、本当なのでしょうか?」
皇后は涙を拭うと、瞳に光を矢として言った。
「分からない。雪燕は本当に生きているのだろうか。春燕がただ、自分の責から逃れるために言った言葉だろうか?」
「……私にも分かりません」
「もし生きているのなら、あの娘は満月の夜に舞を踊るだろう。先日はそれがなかった。だから、やはりあの娘は……」
春燕が池に落ちた日、光らなかった龍神の池を見て、皇后は雪燕の死を確信して気を落としていたようだ。
「私が雲龍国へ参ります。慧王殿下の息子と一緒にいたと春燕は言っていました。私がこの目で確かめてきます」
「本当か?」
「春燕の言うことにも一理あります。それに、もし雪燕にこの天の怒りを鎮めることができるなら、私が必ず雪燕を連れて帰ります」
皇后は私の言葉を聞き、安堵の笑みを浮かべたあと、いつもの厳しい顔つきに戻り口を開いた。
「仁峰、一つ頼みを聞いてくれるか?」
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あれから馬を飛ばしたものの、慣れない道に十日ほどかかり、私はやっと雲龍国の都に着いた。
慧王殿下の居所は非常に分かりやすく、探し当てるのは簡単ではあったが、いきなり訪ねてもよいものだろうかと、屋敷を前に頭を抱えていた。
緑淵で聞いたところ、蘇泰然は薬師として町に貢献してくれていたが、春燕とのことがあり、町を去ったという。
町の者達からの評判も良く、特に町医者からの信頼が厚く、腕のいい薬師のようだ。
雪燕が疫病ではなく、ただの爛れであったのなら、彼なら治せるのかもしれない。そんな期待を抱きつつ、ここまで来たのだが、いざ屋敷を目の前にすると足が前に出ない。
まずは屋敷の周りを歩き、都の人々の話を聞いてみよう。
ここに蘇泰然がいるのかも分からないし、忙しい慧王殿下は屋敷を空けているかもしれないのだから。
それに、護衛を二人連れているのだが、ここ二日はろくな物を食べていない。
とりあえず近くの宿に入り情報を得ることにした。
馬を預け、腹ごしらえをしながら得た情報は、翡雲様の話ばかりだった。新しい許婚が決まり、半年後に婚儀を控えているという。
その相手は密仙国の若く美しい姫だとか。ただ、その中にひとつ気になる話があった。
その美しい姫は病に侵されていたが、慧王殿下の息子の泰然様が治療したと言うのだ。そしてその泰然様も、密仙国に招かれた際、美しい舞を踊る密仙国の女性を褒美に賜ったという。
もし、雪燕が生きていたとしたら、どっちなのだ?
元々翡雲様の許婚だったのだ。泰然様に治療してもらった姫と言うのが雪燕である可能性もあるのではないだろうか。
それとも、泰然様が賜ったという女性がそうなのか。
ただ私がそう思いたいだけで、見当違いの話なのか。
どこか店に入って情報を得よう。
そう思って慧王殿下の屋敷の周りを歩いていると、塀の途中に東側の門が見えてきた。
そこには安泰堂と書かれた額が飾られた医院があり、開店準備でもしているのか、一人の青年が店の掃除をしていた。
紫色の髪の青年は、どこか慧王殿下ににている気がする。彼が泰然様ではないだろうか。
しかし、一人息子の泰然様が掃除をしているはずがないか。
声をかけようかと迷っていると、青年がこちらの視線に気付き、声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「わ、私ですか?」
「いえ、後ろのお連れの方です」
振り返ると、護衛の二人の顔色が真っ青だった。
「店はまだ閉めたままなのですが、少し休んでいかれませんか?」
「いいのですか? でも、勝手に入れてしまって、怒られませんか?」
「ん? あ、ここの家の者ですので、大丈夫ですよ」
ここの家の者、ということは、やはり本人かもしれない。取り敢えず、護衛の二人の治療をお願いすることになった。
「食べ過ぎですね」
「あ、ありがとうございます。二日ほど道に迷ってしまい、あまり食べていなくて、向かいの宿の食事がおいしくて食べ過ぎてしまったようです」
「ああ、あそこの料理は美味しくて、つい食べすぎてしまいますよね。針で治療しますね」
そう言うと、青年は手際よく二人に針を打ち、飲み薬もくれた。
針の腕もよく、そして物腰が柔らかく、緑淵で聞いた通りの方だ。やはり彼が蘇泰然様で間違いないのだろう。
「あの、代金は」
「結構ですよ。まだ医院も開いてませんし。雲龍国に来るのは初めてですか?」
「いえ、久しぶりで」
「碧砂国、からですか?」
「は、はい」
自然な流れで尋ねられたが、碧砂国と言う名を聞いて、つい声が強張ってしまった。
これは私が誰か知っているのか。それとも……。
「碧砂国には、何度も訪れたことがあるんです。ただ、最近は天災続きだと聞いて」
「慧王殿下からお聞きしたのですか? あの、失礼ですが、蘇泰然様ですよね?」
「えっ? あ、はい」
反応からして、私のことは知らないようだ。
返答にも優しく丁寧で素直そうな方だ。この方なら、本当のことを話せば聞いてくれるかもしれない。
「実は、人を探しています。似た人と、泰然様が一緒にいるところを見たという人がいて」
「俺と、一緒に?」
泰然様の瞳から、一瞬で光が消えた。さっきまでの朗らかな空気は消え去り、緊張が走る。
これは確実に警戒されている。
「あ、違います。いや、違くはないのですが」
「お前は、誰で、誰を探している?」
重い空気の中、私は彼に信頼されるべく、嘘は付かず、本当の名を明かすことにした。
「私は、碧砂国の皇太子、仁峰と申します。妹を、妹の雪燕を探しています」




