005 妹と剣舞
「瑶琳は大きくなりましたね」
「そうだな。しかし、泰然と同じように、瑶琳は、兄が大きくなっていて驚いたと思うぞ」
父の言葉に、それもそうかと気付かされる。
瑶琳が八歳の頃に家を出た。
あれから四年、寂しい思いをさせてしまっただろうに、真っ直ぐに成長した妹にホッとした。
父上がついていたのだから、当たり前かもしれないが。
「翡雲が兄のように、よく瑶琳の相手をしてくれていた。これから披露する剣舞もそうだ。見てやってくれ」
「はい」
庭で待っていると、瑶琳と雪蘭が二人でお揃いの衣を着て姿を現した。
真っ白な衣装に赤い帯を巻き、髪は頭の高い位置に一つに結び、白と赤の帯で縛っている。
雪蘭は緊張しているのか、張り切って登場した瑶琳に置いていかれないようにと小走りで追いかけるようにしてついてきていた。
「おお、着替えてきたのか。気合が入っているな」
「そうですね」
瑶琳が膝をつくと、その斜め後ろで雪蘭も一手遅れて膝をつき、侍女の一人が琵琶を奏で始めると、二人同時に剣を引き抜いた。
「雪燕は、いや、雪蘭は剣舞も得意だったとはな、驚いた」
「初めて剣を握った時は、何度か落としていましたよ。ですが、それは初日だけでした。それ以降は二度と落としませんでした」
「ほお、天賦の才だな。泰然、この先もし雪蘭と碧砂国へ行くことがあっても、決して雪蘭に舞を披露させるでないぞ。雪燕を知る者なら、誰もが気付いてしまうだろう。あの娘が雪燕だと」
「分かりました」
まだ舞い始めたばかりだというのに、父は雪蘭の剣舞を数秒見ただけでそう忠告した。
美しく舞う雪蘭の隣で、瑶琳も堂々と舞を踊っていた。自信がないと言っていたのに、別人のようだ。
しかし、剣を回しながら自身も回転した瞬間、急に動きを止め、剣を落とした。雪蘭の舞を視界に捉え、あまりの美しさに手を止めてしまった様子だ。
瑶琳は瞳を輝かせながら、その場にしゃがみ、雪蘭の一挙手一投足を目で追っていた。
琵琶の音が止まり、雪蘭の手も止まると、瑶琳は歓声を上げて雪蘭に飛びついた。
「す、すごいっ。師匠と呼ばせてください!」
「ええっ、私はそんな……」
「そうだわ、友人にも教えてほしいです。舞の先生がもうお歳で。ねえ、お父様!?」
「雪蘭が良いのであれば」
父は瑶琳の提案をすんなりと受け入れた。舞を披露させないほうがいいと言っていたばかりなのに。
「しかし父上……」
「大丈夫だ。ここは雲龍国なのだから。あの才能を隠しておくのはもったいない。それに、雪蘭も自分にしかできないことがあれば、より毎日が楽しいものとなるだろう」
「そうですね。雪蘭、どうだ?」
「ですが、剣舞はあまり知らなくて……」
「えっ、こんなに上手なのに!?」
雪蘭は翡雲に習っただけで、剣舞に詳しいわけではないだろう。
「瑶琳、雪蘭が得意なのは舞だぞ。それに、友人達も剣舞は難しいだろう?」
「そうですね……では、舞も見せていただけませんか? 雪蘭お義姉様」
雪蘭の剣を瑶琳が預かると、侍女が気を利かせて、また琵琶を奏でた。
雪蘭は少し照れたように笑うと、曲に合わせて舞い始めた。
****
それからというもの、瑶琳が雪蘭にべったりで、少しも会話ができなかった。
久しぶりに会った兄より、優しくて尊敬できる特技があるお義姉様の方が何倍も話したいことがあるようだ。
まあ、雪蘭は、瑶琳を邪険に扱うようなことはしないし、公主であったこともあり所作も美しい。瑶琳が憧れる気持ちは分かるけれど、胸のあたりがモヤモヤする。
俺の部屋の隣が雪蘭の部屋だから、夜ならば話もできると思って、部屋を訪ねた。
瑶琳に話しかけられ過ぎて、あまり食事を取れていなかったと感じたので、饅頭をいくつか、それから身体を温める薬膳茶も淹れた。
「雪蘭、入ってもよいか?」
「え、あ、はい!」
扉を開けると、すぐ近くに雪蘭が立っていて、なぜだか辺りを気にしているような素振りを見せた。
「夕食が進んでいなかったから、茶を淹れた。一緒に食べないか?」
「あ、でも……」
やはり部屋の奥を気にしている様子だ。もしやと思い、雪蘭の隙をついて中に入ると、机の下に瑶琳が隠れていた。
「瑶琳、何をしているのだ?」
「……一緒に寝ようと思ったの。もしかして、お兄様も?」
「そ、そんなわけないだろ。早く戻りなさい。瑶琳がうるさいから雪蘭は夕食だって満足に食べられていなかったんだぞ」
「そんなことは……」
否定した瞬間、雪蘭のお腹がぐぅと音を立て、彼女は真っ赤な顔でうつむいてしまった。
「ごめんなさい。お義姉様が、優しくて素敵ではしゃぎすぎました。部屋に戻ります」
「瑶琳、また明日ね」
「はい、また明日!」
瑶琳は雪蘭にまた明日と声をかけられると、上機嫌で部屋へ戻っていった。
「妹が、すまない」
「いえ、すっごく可愛くて、私も楽しくて」
「良かった。けど、あまりにも雪蘭と話す時間がなくて」
「えっ?」
雪蘭が照れつつも、嬉しそうに俺を見た。可愛い。見つめられると緊張してしまう。
「あ、いや。そうだ饅頭を持ってきた。薬膳茶も温まるから、一緒にいただこう」
「はい、一緒に……、あの。私も、泰然とお話したかったです」
屈託のない笑顔を向けられ、顔が緩む。
家族の前では、少し気張っていたように感じた。
でも、俺の前では自然体でいてくれているように思えて、それがとても嬉しく感じた。




