004 瑶琳
慧王殿下と合流したため、途中寄ろうと思っていた町には寄らず、都にある慧王殿下の屋敷まで最短経路で向かうことになった。
慧王殿下は馬で移動されているらしく、泰然様と馬車で二人で過ごせるのは緊張することもなく良いのだけれど、昨夜は親子水入らずで慧王殿下と夜遅くまで話し込んでいたみたいで、馬車が出発して少し経つと泰然様は眠ってしまった。
今は、私の膝を枕にして、気持ちよさそうに寝息を立てている。普段はキリッとしているけれど、寝ていると無防備でなんだか可愛い。
紫色の髪にそっと触れる。髪はサラサラしていて、猫を撫でているみたい。
馬車が小石でも踏んだのか、ガタッと大きく揺れる。
さっきもそれで椅子から落ちてしまいそうになり、私の膝を使ってもらうことにしたのだ。
泰然様の頭が膝から落ちてしまわないよう、前かがみになり手で支えると、泰然様がパチリと目を開いた。
「あ、れ?」
「すみません、起こしてしまいましたか? 馬車が走り出して、すぐに眠られたんですよ。まだまだみたいですし、寝ててもいいですよ」
「じゃあ、もう少し」
まだ寝ぼけているのか、そう言ってもう一度瞳を閉じて、またすぐにハッとして開くと、泰然様はムクリと体を起こし顔を伏せ、頭を抱えて言った。
「目が覚めた。すまない、また迷惑をかけた」
また酒で失敗した……と小声で呟き、落ち込んでいるようだ。
「いえ、迷惑だなんて。私の膝でよかったら、どうぞどうぞ」
「いや、大丈夫だ。すまない。また酒のせいで情けないところを見せた」
「ふふっ、情けないなんて思いません。私の前では気を緩めてくれるってことですよね。それは嬉しいことです」
照れていながらも横目でこちらを見た泰然様の顔は嬉しそうだった。
「そうか?」
「はい!」
「いい返事だな。……たしかに、雪蘭といると気が安まる」
泰然様は私の手に手を重ね微笑んだ。
温かくて、私の手が冷たかったことに気づく。
「だいぶ冷えてきたな。あの山の屋敷は春節の頃になると雪で外に出られなくなることがあるんだ。だから、その頃は都で過ごそう」
「はい。私、雪を見たことがないんです。雪の時期って、泰然様は山でどう過ごしていたのですか?」
「町に行く頻度を減らして、ずっと調合していた。あまり不便はなかったな。雪蘭は雪に慣れていないだろうから、都で過ごした方がいいだろう。都にも雪が降る。そしたら雪遊びをしよう」
どんなことをするのだろう。
全く想像がつかない。その時までの楽しみにしておこう。
「雪遊び……楽しみにしています」
「ああ……」
頷きながら泰然様は大きな欠伸をした。
「もう少し寝ていたらどうですか?」
「……では、肩を借りる」
「膝でもいいですよ」
「見られたら恥ずかしいだろ」
なんて言って、すぐに私の肩で寝てしまったけれど、結局、馬車が揺れて体勢が崩れて、泰然様は町に着くまで私の膝の上で眠っていた。
かくいう私も、寝顔を見ていたら一緒に寝てしまい、慧王殿下に起こしていただいてしまった。
そうして二日後には雲龍国の都、善陽に着いた。
今までの町より遥かに高い塀に囲まれた都は、行き交う人々の活気に満ち、華やかな街並みが続いている。
「すごい。あっちもこっちもキラキラしていますね」
「そうだな。でも雪蘭の瞳のほうがキラキラしていて綺麗だぞ」
外の町並みを見ながらそう言った泰然様。彼のほうこそ、瞳に街灯の光が映り込みキラキラして綺麗なのに、先を越されてしまった。
「か……、からかわないでください」
今日は泰然様の妹にも会うのだから、もっとしっかりしなくちゃ。
****
慧王殿下の住まいは、まるで私が住んでいた碧砂国の宮殿くらい広くて驚いた。
庭も広く池があり、北に慧王殿下の家屋があり、泰然様は東の家屋に部屋があるそうだ。私もその家屋に部屋を用意してくれているとのことだ。
それから、西側の家屋には、泰然様の妹が住んでいるという。
そして、泰然様の家屋から近い東門には、お母様の為に慧王殿下が建てた医院があるそうだ。ずっと閉ざされていたが、泰然様がそこを継ぐことになっている。
しかし、ゆくゆくは宮廷の職に就かなければならないという話も出ているという。
慧王殿下自ら、私達を案内してくれて、庭を歩いていると、後ろから女の子の元気な声が響いた。
「お父様っ! おかえりなさいませ」
「おお、ただいま。瑶琳」
慧王殿下の胸に飛び込んできた黒髪の少女は、泰然様と私を見ると、首を傾げた。
「こちらの方々は……も、もしかして、お兄様!?」
「ああ、久しぶりだな」
「ほ、本当にお兄様?」
「そうだ、忘れてしまったか?」
「ううん。ずっと帰りを待ち侘びていました。あの、こちらの方は……」
「雪蘭という。泰然の許嫁だ」
慧王殿下が私を紹介すると、瑶琳は胸に手を当て感動しているようだった。
「で、では、私にお義姉様ができるのですね!」
「雪蘭と申します。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします。蘇瑶琳です」
瑶琳は礼をすると私へ笑顔を向けてくれた。
どうやら、喜んでくれたようだ。
さすが、慧王殿下の娘で、泰然様の妹君だ。優しく聡明な顔つきで、泰然様に似ているけれど、表情が豊かだ。
「そうだわ、お兄様。私、お母様の剣舞をずっと練習していたのです。見ていただけませんか?」
「もちろん。誰に教わったのだ?」
「翡雲様です。いつも、お兄様の話を聞かせてくれながら、剣舞のお稽古も付き合ってくださったのです。でも、一人でうまく舞えるかまだ不安で」
まさか、翡雲様の名前が出るとは思わなかった。こんなところでも、彼は泰然様のことを支えてくれていたのだ。
「では、泰然も一緒に舞えば良い。どうだ?」
慧王殿下が提案すると、瑶琳は頬を膨らませて言い返した。
「駄目です。お兄様に見ていただきたいのに。お父様がお付き合いください」
「わ、私は見る専門だぞ」
「ええっ、知りませんでした。でも、お父様が舞っている姿は見たことがないわ。……どうしよう。一人で舞うのはまだ自信がないのに」
しょんぼりと肩を落とす瑶琳が切なくて、私はつい口を挟んでしまった。
「でしたら、私が一緒に舞うのはいかがでしょうか?」
「雪蘭、剣舞もできるのか?」
「はい、慧王殿下。山の屋敷で、翡雲様に教えていただいたのです」
「まあ、お義姉様も翡雲様に? では、よろしくお願いします。私、まだ途中で剣を落としてしまうこともあって……もし、私が止まっても舞い続けてくださいね」
瑶琳は泰然様に似た笑顔を私に向けて言った。




