002 仲の良い親子
「慧王殿下。お久しゅうございます。私は碧砂国の公主、雪燕でした」
ガタンっと椅子を飛ばして慧王殿下が立ち上がった。
そして私の隣へ歩み寄ると、そっと手を握った。
「大きくなったな。本当に雪燕なのだな?」
「はい、慧王殿下」
慧王殿下は私の手を優しく握り微笑み、そっと手を離すと、泰然様へと向き直った。
「よくやった、泰然。そうか、事故に遭った少女とは、そういうことか。うむ、そうか……」
慧王殿下は考え込みながら自席へと戻って行き、腰を下ろすと、神妙な面持ちで話を続けた。おそらく、配下の者から私の存在については知っていらっしゃるのだろう。
「では、緑淵で春燕がしたことは、雪燕だと確信はなかったが、雪蘭を本能的に排除しようとしたということになるのか?」
「そうですね。私は雪燕であることを否定し、その後すぐに泰然様が助けてくださいました」
私の話を聞くと、慧王殿下は嬉しそうに頷いて尋ねた。
「そうか。たしか……配下の者から、その時既に、二人は許嫁であったと聞いたのだが……」
「父上、からかわないでください。その時は、春燕を惑わすための虚言でした」
「なるほど。一つ尋ねたいのだが、雪燕は、満月の晩は何をしていた?」
なぜ慧王殿下は、満月の夜のことを尋ねるのだろうか。
私が答えようとすると、先に泰然様が答えてくれた。
「今から一月半ほど前の満月の日は、事故の後、目覚めてすぐの日でしたが、山の屋敷で舞を踊りました。雪蘭が舞うと、瓶に入っていた龍神の池の水が輝いておりました。そして、この間の満月の晩は、秘薬の素材である茸の採取のため、外で猪と一緒に狼と戦っていました」
「猪と狼? 気になる話だが、今はそのことには触れないでおこう。と、いうことはだ。春燕は、龍神の池が光らず、自らが舞姫でないことに気付いてしまい、失意の中、池に落ちてしまったのかもしれぬな」
私がいなくなって初めての満月の夜、春燕は舞を踊ったのだろう。そして池が輝き、自分が舞姫に選ばれたと勘違いしてしまっていたのだ。
泰然様は、眉をひそめて慧王殿下に尋ねた。
「では、あれだけ国中に触れ回っておきながら、舞姫ではなかったということになるのですか?」
「なんとも憐れだが、そうなるだろうな」
泰然様も慧王殿下も、納得しているけれど、最近もよく雷雲を見かけていたのに……。
「ですが、最近もよく雷鳴が聞こえました。碧砂国に、雨が降っているのですよね?」
「そうだな……。まあよい、今は食事だ!」
慧王殿下は言葉を濁すと、急に宿の者を呼んで食事を頼み始めた。
「父上、急にどうされたのですか?」
「いや、腹が減っていたことを急に思い出したのだ。それに、雪燕とまた会えたのだ。お祝いしようではないか」
「ありがとうございます」
「雪燕が生きていると知れば、翡雲もさぞかし喜ぶだろう……。ん? 翡雲のことはよいのか、許嫁であったではないか?」
「それはそうなのですが……私は一度死んだのです。醜悪な公主として民を苦しめていた私とは決別しました。もう雪燕には戻らないのです。だから、翡雲様との縁は切れてしまったのです」
「父上、翡雲は全て知っています。少しの間でしたが、一緒に山の屋敷で暮らしていたので」
慧王殿下の悲しそうな顔を見て、泰然様がそう言葉を付け足してくれた。
「そうだったな。わかった。まあ、細かいことは気にせんでいいだろう。これからは雪蘭と呼ぼう。それでよいな?」
「はい」
「よし、食事にしよう」
それから、慧王殿下と食事をし、昔の話や、泰然様の子供の頃の話もしてもらった。二人の笑いどころが一緒だったり、好きな食べ物が同じだったり、仲のよい親子で羨ましい。
食事が終わると、親子で積もる話があるようで、二人は隣の客室へ入っていった。




