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醜い私にサヨウナラ〜捨てられ公主は深淵の谷で幸せになります〜  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第五章 出会いと再会の雲龍国

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001 慧王殿下

 宿の奥の個室を借り、私は今、慧王殿下と泰然(タイラン)様と円卓を囲んでいる。

 話は中でしよう、とのことで、ここまで会話もなく今に至る。

 ああ、緊張する。

 大婆様と話した時のように、心臓の鼓動が大きくなる。


「父上、お久しゅうございます」

「ああ、薬剤の買い足しか?」

「いえ、父に会いに行くところでした」

「ほお、というと……」

 

 泰然(タイラン)様は、秘薬の入った薬瓶を慧王殿下に差し出した。


「秘薬が完成いたしました」

「ついに出来たのか」

「はい、ですがこちらは実用性が低いものだと分かりました」


 泰然(タイラン)様は、材料となる茸が一年で一つしか採取できないことを簡潔に説明した。


「よくやった。瑶菲(ヤオフェイ)もお前を誇りに思っていることだろう」

「はい」


 慧王殿下は、泰然(タイラン)様に慈しむような瞳を向けていた。

 二人が笑顔で向き合っていると、顔付きが良く似ていることに気が付いた。

 

「では、戻ってくるのだな」

「まだ調べたい事があるので、来月の満月の頃は山の屋敷に行く予定です」

「そうか。分かった。それで……」


 慧王殿下がニコニコしながら私へ目を向けた。


「彼女は、雪蘭(シュウラン)といいます。死の谷で事故にあった彼女を助け、その後は、俺がずっと助けられてきました。秘薬が完成したことも、彼女の力添えによるものです」

「おお、そうかそうか。私からも礼を言わせておくれ。泰然(タイラン)は母親に似て頑固で、それでいて優しく、打たれ強く見せるが、心は傷つきやすい子なんだ。側にいてくれてありがとう」

「父上、俺は都に戻ってからも、ずっと彼女と一緒にいたいと思っています。伴侶として」


 泰然(タイラン)様の真っ直ぐな言葉を、慧王殿下は瞼を閉じ大きく頷いて受け止め、そしてキリッと目を見開くと口を開いた。

 

「よし。ではひと言だけ言わせてくれ」


 私へと顔を向け、じっと目を合わせた後、慧王殿下は大きく息を吸い込んで声を発した。


雪蘭(シュウラン)、君に息子はやれん!」

「……えっ」

「父上、どういうおつもりですか?」


 呆れた様子の泰然(タイラン)様に、慧王殿下は真面目に言葉を返した。


「すまぬ。一度言ってみたかったんだ」

「は?」

「昔、父に言われた言葉だ。あの言葉に父の愛を感じた。私も一度言ってみたかったのだが、やはり、感情を込めることが難しいな。私は二人を祝福しているのだから」


 優しく温かい言葉とその瞳に、幼い頃の慧王殿下を思い出す。奇病と言われてからは、離宮に住まい、許婚の翡雲(フェイユン)様とは会えたけれど、慧王殿下とは会えなかった。


 泰然(タイラン)様は、慧王殿下を不思議そうに見つめて言った。

 

「……父上って、こんな方でしたっけ?」

「離れていた分、美化してしまったのではないか?」

「なるほど」


 二人がなんとなく納得すると、慧王殿下は私へと目を向けた。

 

「さて、雪蘭(シュウラン)、君は碧砂(ビーシャ)国の方かな? 雲龍(ユンロン)国の新しい生活にゆっくりと慣れていってくれ」

「はい」

碧砂(ビーシャ)国といえば、緑淵のことは申し訳ありませんでした」


 泰然(タイラン)様はそう言って慧王殿下に頭を下げた。


「いや、いいのだ。話は聞いている。実は、碧砂(ビーシャ)国から戻ったところだ」

「そうでしたね。碧砂(ビーシャ)国の都はどのような様子なのですか? 町は新しい舞姫の誕生でお祭り騒ぎでしたよ」

「舞姫は……、いや、ここでする話ではないな。いずれ噂程度に耳に入るだろう」

「お話ください。俺にも関わりのある話なのではないでしょうか?」


 慧王殿下の表情が曇る。やはり、泰然(タイラン)様は緑淵では罪人となってしまっているのではないだろうか。


「そうだな。春燕(チュンエン)は、緑淵にて猪ではなく、泰然(タイラン)、お前に襲われたと皆に触れ回ったのだ」

「な、なぜでしょうか!?」


 なぜそのような話になっているのだろう。

 驚いて声を上げた私を、慧王殿下は一瞬驚いた顔をしたあと、笑顔で宥めた。


雪蘭(シュウラン)大丈夫だ。あの日の目撃者は多数いる。春燕(チュンエン)は責任を取って泰然(タイラン)に嫁ぎたいと言っていたが、丁重に断っておいた」

「なるほど、あの舞姫なら考えそうな話ですね」

「そうか、そんな印象なのだな。雪蘭(シュウラン)を不安にさせては申し訳ない。やはりこの話は」

「続けてください。後から中途半端な噂で知るより、信頼できる父上の口から聞きたいのです」


 不快そうに言った泰然(タイラン)様を見て、慧王殿下はそこで話を終わらせようとしたけれど、泰然(タイラン)様はそう進言した。


春燕(チュンエン)は、昔から影を持った少女だった。彼女には雪燕(シュウエン)という姉がいたのだが、雲龍(ユンロン)国の皇子の許嫁であり舞姫である雪燕(シュウエン)への嫉妬で、春燕(チュンエン)は自らの心を穢していったのだろう」

「父上には、止められなかったのですか?」

「忠告はした。春燕(チュンエン)はよく学び、対外的にも積極的に行動し、よい公主として民に認められていった。改心したのかと思っていたが、そうではなかったようだ」


 慧王殿下は、春燕(チュンエン)のことを心配して見ていてくれたのだ。でも、春燕(チュンエン)の影は消えずに、彼女の心の中で広がってしまったのだ。


「父上、これからまた碧砂(ビーシャ)国に動きはあるのでしょうか?」

碧砂(ビーシャ)国の皇帝は、まだ雪燕(シュウエン)を失った哀しみで先のことはあまり考えられない様子であった。しかし、春燕(チュンエン)が倒れた今……」

春燕(チュンエン)が倒れたとは、どういうことですか?」

「満月の夜、舞を踊りながら倒れたのだ。池に落ち、私が引き上げた」

「どうして……池に落ちるなんて」


 春燕(チュンエン)に何があったのだろう。

 国中の町を巡り、体を壊してしまったのだろうか。


 慧王殿下は私を励ますように言った。


碧砂(ビーシャ)国の者にとっては、辛い話であったな。春燕(チュンエン)は、おそらく、龍神に認められていないことを悟ったのだろう。雪燕(シュウエン)が待っていた頃は、池に蛍が集まってきたのかと思うほど、池が光り輝いていた。しかし、池は光らず……」

「確かに、光っていたな」


 泰然(タイラン)様がそう呟くと、慧王殿下は首を傾げて尋ねた。


泰然(タイラン)、お前は雪燕(シュウエン)の舞を見たことがないだろう?」

「……いえ、ありますよ」


 泰然(タイラン)様はそう言って私へと目を向ける。

 慧王殿下は視線の先にいる私と目が合うと、まじまじと見つめて言った。


「もしや、君は雪燕(シュウエン)なのか?」






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