015 都へ
密仙国からの帰りの馬車には、私と泰然様と翡雲様の三人で乗った。来たときと同様に眠らされ、気づいた時には、いつもの山の屋敷にいた。
目覚めた頃は夕方で、もう遅いので、翡雲様は明日の朝、密仙国との誓約書を持って都に戻ることになった。
「ここで過ごす夜も最後か。まだ半年先とはいえ、妻を迎える身、そこらでフラフラしてはいられぬな」
翡雲様は寂しげにそう言った。
瑠麗は姫の中でもまだ若く、花嫁修行をしてから婚儀が行われることになったそうだ。よって半年後まで会えないのだとか。
「二人も一緒に都へ行くか?」
「そうだな。来月の満月にはここに戻りたいのだが、まだ日がある。五日ほどかけていくつかの町を見物しながら進もうと思う」
「そうだな。私は急ぐので先に行く。これを渡しておこう」
翡雲様は懐から銀で出来た魚符を机に置いた。
「俺も持っているぞ」
「雪蘭の分だ。雲龍国は広い。もし泰然とはぐれてしまっても、それを持っていれば大丈夫だ」
「はぐれたりなんてするものか」
泰然様はそう言ったけれど、翡雲様はもしもの時のためにと、魚符を私に握らせた。
「そうか? あ、そうだ。紅河で見た旅の一座は、今は小さな村を回っているそうだぞ。それから次は碧砂国へ行くそうだ。新しい舞姫の誕生で賑わっているからだとか」
「旅の一座を観ていくなら、ここから一番近い村に寄れば出会えそうだが、都へは遠回りになるな」
「それはまたの機会にいたしましょう」
「うん、そうしよう」
旅の一座も楽しいけれど、町を見るだけでも楽しみなのだ。今度は雲龍国を知るためにも、普段の町の様子をよく見ていきたい。
今後の話がまとまると、翡雲様は戸棚から酒瓶と杯をご機嫌な様子で持ってきた。
「よし、昨日はほとんど飲めなかった。今日は飲むぞ!」
「あ、飲んでなかったのですね」
「少しは飲んだぞ、少しだけどな!」
「外では大抵、袖の中に酒を捨てているんだ」
「泰然、それは秘密にしておくべきだろう?」
だから自分の足で歩けていたのだ。
外では気合いで乗り切っているのかと思ったけれど、違ったようだ。
「別に格好つけなくてもいいだろ」
「まあ、そうだな。では乾杯!」
ちゃっかり人数分の杯を用意して、乾杯してすぐ一気に酒を飲み干した翡雲様は、そのままゆっくりと机に頭を預け、なにかモゴモゴと話すと静かになった。
「寝るの早いですね」
「だな」
「泰然様は、眠くないのですか?」
「大丈夫だ。ああ、そうか。移動の馬車で眠らされていたから、寝不足ではないぞ」
実は、朝目が覚めた時、部屋に泰然様がいたのだ。もしかしたら、瑛麗様が私に毒を盛るかもしれないから見張っていてほしいと、瑠麗に頼まれたそうだ。
そして、朝方、瑠麗が部屋に来るまでずっと、一睡もせず部屋にいてくれたのだ。
「そうですか。私も起こしてくださったらよかったのに」
「気持ちよさそうに寝ていたから。寝顔が可愛くてずっと見ていられたぞ」
「……なっ、泰然様も酔ってますか?」
「そうかもな。さて、明日から長旅になる。早く休もう。私は翡雲を部屋へ運んでから休む」
「はい」
ああ、瑠麗がいないと部屋が寂しい。
明日から雲龍国を泰然様と二人で巡るんだ。
楽しみだな。
紅河で過ごした夢みたいなあの時間を、また二人で。
でも、心に一つ引っかかる言葉がある。
大婆様が、遠からず碧砂国の地を踏むこととなると言っていたことだ。
私は自らの足で碧砂国へ行くのか、そうではないのか。
もし前者だとしたら、碧砂国で何か悪いことが起こるとでも言うのだろうか。
後者だとした場合、この山の屋敷は毒に覆われ安全だと言えるだろう。
危険かもしれないのは、都までの道中か。
何かあっても、身分が証明できるように、翡雲様は魚符を渡してくれたのかもしれない。
遠くに雷鳴が聞こえる。最近多い。
新しい舞姫の誕生を、龍神様も喜んでいるということだろうか。そうであるといいのだけれど。
****
翌朝早くに、翡雲様は都へと出発した。
瑠麗との婚儀を見に来てくれと言っていたので、次に会えるのは半年後だろうか。
私と泰然様は、しばらく屋敷を留守にするので、部屋を片付けてから支度をし、昼頃には屋敷を出発した。
そして、一人で馬車に乗るのは寂しかったため、泰然様の隣に、御者の席に一緒に座った。
翡雲様が町で侍衛と合流するようにと言っていたので、それまで二人で手綱を握る予定だ。
初めに寄った町に侍衛が二人待っていて、そこからは泰然様と二人で馬車に乗っての移動だ。
密仙国の大婆様の占いの話や、これから寄る町の話、それと互いの家族の話をしている内に、宿を取る予定の町まで着いた。
紅河よりも大きな町で西龍というそうだ。
雲龍国の西側に位置する中で最も大きく、古くから機織りで栄えている町だそうだ。
宿に馬車を停め、外へ出ると、泰然様はその場で立ち止まり、辺りを見回した。
「どうかされましたか?」
「雪蘭、急で申し訳ないが、君を父に紹介することになりそうだ」
「えっ?」
隣に停められた馬車を見て泰然様はそう言った。
私もこの馬車には見覚えがある。
碧砂国で、何度も目にした。
「おお! 泰然じゃないか!」
心の準備を始める前に、懐かしい声が響いた。




