014 恋をしてみたかった(瑠麗視点)
いつの間にか姉の珊麗が私たちの間に立っていた。珊麗に気付くと、瑛麗は急にしおらしくなった。
「だって、瑠麗が生意気だから」
「もう、久しぶりに会えたのに。瑠麗、可愛い顔をよく見せて」
珊麗姉様が、冷たい手で私の頬に触れた。
珊麗はいつも私に優しい。
もちろん瑛麗にも。
血縁者には、珊麗の魅了の術は通用しないというけれど、私は珊麗姉様が大好きだ。魅了の術にかかっているのではないかと思うくらい。
「珊麗、いつも瑠麗に甘すぎよ」
「歳の離れた妹は可愛いのよ。瑛麗のことも可愛いと思っているわよ。しばらく次の婚約の話は無さそうだし、どちらが残るか、私は楽しみなのよ」
「瑠麗が残っても、なんの役にも立たないと思うけど?」
「そう? 瑠麗がいたら宮殿が明るくなるわ。それに、優しいから、一緒にいると心が休まるわ。それから、瑛麗は、薬作りが得意でしょう? たくさん作って国益を増やして。ついでに新薬の開発もお願い」
「珊麗……」
人を寄せ付けない性格の瑛麗ですら、珊麗にかかれば子猫のように甘えだす。
女帝に選ばれたのが珊麗で良かった。
私は絶対に、珊麗には勝てないから。
「瑠麗が羨ましいわ。誰かに恋、私もしてみたかった」
「あら、好みの方を選んだのでは?」
「魅了が効きやすくて、一番体力のある男を選んだだけよ」
「でも、あの方を伴侶として迎えるのでしょう?」
「そうね。本当は魅了が効かない方と結ばれたかったわ」
珊麗は悲しげにそういった。
初めて見るその表情に胸が痛くなる。
瑛麗も、珊麗のその表情を見逃さなかった。
「もし、そんな素敵な方と巡り逢えたら、女帝を代わってあげるわ。まだ次期女帝というだけで、代替わりするにはまだ時間があるもの。私達だって、それぞれ呪いを自力で解いて国に戻ったのだから、女帝になる権利はあるわ。その時、まだ女帝になっていなくて、私か瑠麗か、嫁いで居ないほうが珊麗の隣に居たのなら、だけどね」
「あら、本当に?」
「ええ、私もいいわよ」
瑛麗の言葉に、期待に瞳を輝かせた珊麗の顔を見た。そんな顔をされたら、私も瑛麗の話に乗るしかないではないか。
しかし、私が同意すると、瑛麗はつまらなそうにこちらを見た。
「なによ。明日、翡雲様に選ばれるつもりでいるくせに。言っておきますけど、許婚候補は私と瑠麗だけではないことは分かっていますの?」
「えっ?」
「前女帝であるお祖母様の娘がいますからね。女帝候補にはなり得ないけれど、皇族であるのですから。歳だってそんなに私たちと変わらないもの」
「わ、忘れていたわ」
それを考えると、まだ婚姻していない皇族は、他に三人もいることになる。上は二十代半ばから、下は瑛麗と同い年だったか。
「やっぱり忘れていたのね」
「べ、別に分かっていたわ」
「あ、そう」
瑛麗が意地悪くそう言うと、珊麗はクスリと微笑んだ。
「ふふっ、仲がいいのだから。……本当は、三人で、この場所で国を守りたかった。散り散りになることは幼い頃から分かっていたけれど……。明日、どちらがこの国を去ると決まっても、私は二人のことを、ずっと大切に想っているわ。だから、喧嘩はダメよ?」
姉は私たち二人を抱きしめると、部屋へ戻っていった。
姉に諭されたせいか、瑛麗は、それ以上何も言わず部屋へ戻った。
雪燕のことが心配で、泰然に護衛を頼んだけれど、その後に妨害行為もなく、翌日の選定の儀を迎えた。
まず、大婆様から翡雲様に、許婚候補である五人の姫と、密仙国の姫を皇族に迎えることについての諸注意が説明された。
これは国同士の約束であること、一つの国に姫は一人しか婚姻関係が結べないこと、姫が望んだ場合、密仙国に姫を返すことなど。
これらの契約が守れない場合、翡雲様の命をもって償うと誓約書を交わした。
国家間の争いを起こさないための人質であることを互いに誓い合うのだ。
そしてその誓約書には、選ばれた姫も名を記すことになっている。
「さあ、どちらの姫を選ぶのだ?」
「はい、私は瑠麗を妃に選びます」
翡雲様は私の手を取り、真っ直ぐに私を見て言葉を続けた。
「ここへ来る前から、いや、呪いが解ける前から、約束していた。ずっと一緒にいようと。そうだろ、瑠麗?」
「は、はい!」
「大婆様は、私の心に別の女性がいるとおっしゃいましたね。それはおそらく真です。長年大切に想ってきた女性をすぐに忘れることはできません。これからも彼女は、私の妹のような存在として心に居続けるでしょう。ですが、瑠麗は違います」
皇子は何人も妻を娶るだろうし、雪燕のことをパッと忘れて私に乗り換えてしまうような人より、心に留めてくれる誠実さを持っているほうが信頼できる。
翡雲様は、ただ心のままに話しているだけなのだろうけれど、私はそんな彼が大好きだと改めて心に思う。
「彼女は私と共に同じ道を歩む妻として大切にしていきます。それでもよいか?」
「はい、私は翡雲の唯一無二の存在になります」
これから彼がどんな美しい女性に囲まれようとも、私は私として尽くしていきたい。
翡雲様は、私の答えを聞くと、力強く抱きしめてくれた。
そして、耳元でこう言った。
「ありがとう。これからずっと一緒だな」
ずっと一緒。なんてよい響きだろう。
しかしその余韻にまだ浸りたいのに、水を差すように大婆様は口を開いた。
「すまないね。説明不足だった」
「えっ?」
「瑠麗はまだ嫁には出せぬのだ」




