012 祝いの宴
「お義母様が……」
「信じられないか? 皇后が雪燕を呪うなど」
「……はい」
今まで一度も考えなかったことではない。
けれどその度に、そんなことはないのだと、心の中で否定してきた。
私が邪魔だったのだろうか。私より、春燕が公主として周りに認められるように、成長を妨げたのだろうか。
「皇后と雪燕の母は、とても仲が良かった。まるで姉妹のように」
「そうだったのですね」
「だから、母親の忘れ形見である雪燕を害するとは、私でも考えられない」
「本当ですか?」
「ふっ、嬉しそうだな。きっと雪燕なら何を信じればいいか、己の目で見極めることができるだろう」
私の目で見極める。できるだろうか。
でも大婆様がそう言ってくれるなら、出来る気がした。
「今日はこの後、宴を開く。三人の姫がようやく国へ戻り、女帝の後継者が決まった祝いの席だ。雪燕も一緒に祝ってやっておくれ」
「はい。あの、翡雲様の婚約についてはどうなったのですか?」
「ああ、明日の朝、選定の儀を行う。皇子はもう決めていると言っていたが、一晩過ごしてから決めるのがしきたりだ」
「しきたりですか?」
「ああ、この国の女子は不思議な力を持つ。あの子たちを守る為には、しきたりが必要なのだ。そろそろ宴の準備ができた頃だろう。雪燕も支度をしなさい」
「はい」
侍女に案内され別室へ移動すると、既に支度を終えた瑠麗が出迎えてくれた。
髪を結い上げ綺羅びやかな簪を差し、化粧をするとまるで別人みたいで、目が合うまで瑠麗だと分からないほどだった。
「瑠麗、とても似合っているわ」
「ありがとう。雪燕は何色の衣にする? 私のお勧めはね~」
でも、口を開くといつもの瑠麗で、なんだかホッとして、思わず抱きしめてしまった。
「あら、どうしたの? 大婆様に怒られた?」
「ううん。瑠麗を見たら安心したの。でも、大婆様って怒ることもあるの?」
「うん、私はすっごく怒られたわ。死の谷の秘密を勝手に喋るなとか、帰りが遅いとか、あとは……人に恋するな~とかさ」
瑠麗は大婆様の声や口調を真似しながら話してくれた。
「えっ、恋しちゃ駄目なの?」
「うん。恋は盲目なりって言うでしょ。愛するより愛されろが鉄則なのよ」
「ふーん」
「まあ、雪燕は心配ないんじゃない? 私はもっと頑張らなきゃ。ほら、早く選んで着替えましょう? 可愛い格好して、泰然に喜んでもらいましょ!」
****
瑠麗と共に、宴の会場へと向かうと、華やかな楽器の演奏が聞こえてきた。
中央に舞台があって、女性たちの舞が披露されている。
それを囲むようにして、各々に膳が用意され泰然様と翡雲様、そして瑛麗様はもう席についていた。
私は髪色に合わせて紫の衣を選んだのだけれど、泰然様も同じ色の衣だった。そういえば、谷の毒に侵されてから、泰然様の髪も紫色だ。
なんだかお揃いみたいで嬉しい。
私は泰然様の隣の席に案内され、翡雲様は瑛麗様と瑠麗に挟まれ、舞台の向こう側の席だった。
近くで見ると、泰然様も普段と違い髪を結い、正装されていて、なんだか胸がドキドキした。
可愛い格好をして、泰然様を喜ばせようと瑠麗は言っていたけれど、そんなことで喜ぶものかと不思議だった。
でも、普段と違う装いは胸を高鳴らせるものなのかもしれない。
隣に座ると、泰然様は私と目が合うと、軽く会釈し視線を戻したけれど、すぐにもう一度私に目を向けた。
「雪蘭?」
「はい」
「よ、よく似合っている」
「ありがとうございます。泰然様もお似合いです」
頬を赤く染めながら、泰然様が微笑むと、丁度曲が終わり、舞を披露していた女性たちが下がっていった。
大婆様を先頭に、珊麗様と、大柄な男性が、中央を通り、舞台の真ん中で足を止めた。
大婆様は一礼すると、大きく口を開いた。
「皆、よくぞ無事に国へ帰った。瑠麗は、死の谷の薬師、泰然殿の秘薬によって呪いを解いた。瑛麗は鍾乳洞の奥深くにて、神水の水滴を浴び続け身を清め、呪いを解いた」
「ひ、一人で?」
「そうよ」
瑠麗が驚いて声を上げると、瑛麗様は得意げに言葉を返していた。
でも、呪いを一人で解くなんて、凄いことだと思う。
「二人ともよくやった。しかし、次期女帝は、たった三日で国へ戻った珊麗だ」
「み、三日で!?」
またまた瑠麗が叫ぶと、珊麗様はたおやかに微笑み、口元に人差し指を当て、瑠麗に静かにするようにと優しく忠告していた。
「珊麗は、北方の部族長の息子である剛殿に魅了の秘術をかけ結ばれ、愛の力で呪いを解いた」
「な、何それ!? そんな解き方もあるの!?」
「瑠麗、少しは黙って聞きなさい」
結局、黙っていられなかった瑠麗は、大婆様に怒られているけれど、驚く気持ちはよくわかる。
瑠麗は二年くらいかけて解いたのに、たったの三日でそれを成し遂げたのだから。
「ごめんなさい。でも、三者三様の解き方で驚いたのよ」
「そうだ。皆それぞれ自分の力で解いた。私はとても誇らしい。今日は楽しんでおくれ。これからは皆、それぞれ別の道へ進む。顔を合わす最後の宴となるだろう」
豪華な膳が運ばれ、また楽曲と共に舞が披露される。
お酒も振る舞われたけれど、いただこうか考えているうちに泰然様に没収されてしまった。
「宴を最後まで楽しめなくなるぞ」
「……はい」
紅河では一杯だけいただいて、そのまま寝てしまった。
多分私も翡雲様くらい弱いのだろう。
向かいの席では、瑠麗が翡雲様のお酒を取り上げていた。
そして宴の最後を飾るのは珊麗様の舞だった。
銀色の髪を靡かせ、白い絹の衣を振り、その黄色い瞳で見つめられると、心が奪われてしまいそうになる。
懐かしい母の舞を見ているようで、自然と涙がこぼれていた。
向かいに座る翡雲様と目が合うと、彼は優しく微笑んでくれた。翡雲様も、私の母の舞を思い出しているのかもしれない。
隣に座る泰然様は、ポツリと呟いた。
「似ているな」
「え?」
「雪蘭の舞に、雰囲気が似ている。祖国が同じだと、似るものなのだろうか」
「私と……」
泰然様には、そんな風に見えるんだ。嬉しいけれど、私はこんなに優美に舞えているのだろうか。
「どうした?」
「いえ、私は珊麗様の舞を見て、母を思い出して」
「そうか、母の舞に似ているのか。雪蘭の舞の中に、君の母は生きているのだな」
「私の舞に母が……嬉しい」
宴は珊麗様の舞を最後にお開きとなった。
いつの間にか瑛麗様にお酒を勧められていた翡雲様は、また酔って寝てしまうのかと思ったけれど、外では気を張っている様子で、泰然様に付き添われながらも自分の足で部屋へと戻っていった。




