011 大婆様
先日、都から翡雲様宛に届いた書簡には、死色の谷へ迎えを遣わす旨も書かれていたそうだ。
まさかこんなに早く来るとは思っていなかったそうだけれど、翡雲様は二つ返事で密仙国への案内を瑛麗様に申し出た。
ということで、今から密仙国へ向かうことになった。屋敷の前には馬車が二台停められていて、御者はどちらも女性の方だった。
瑛麗様は前の馬車に乗り、私たちは四人で後ろの馬車に乗った。
「これで、みんな目隠しをして」
瑠麗は黒い帯を一人ずつに配った。
「行き方は秘密だから」
「ここまでするなら招かなければいいのに」
「うーん、まあ、しきたりだから。皇族に嫁ぐ場合は、大婆様が相手の男性の人となりを見るの」
「その大婆様のお眼鏡に叶わなかった場合、どうなるのだ?」
「ろくでもないやつだった場合は、奴隷にしちゃうかな」
翡雲様が面白半分で尋ねると、瑠麗はサラッと答え、翡雲様の顔が凍りついた。
「えっ?」
「翡雲様は大丈夫ですよ! 多分」
「えっ……」
「もし駄目でも、私の奴隷にしてあげますから」
「…………」
「冗談ですよ。前例は大昔にしかありませんし」
瑠麗は翡雲様の反応を楽しんでいるみたいだけど、どこからどこまでが冗談なのだろう。
「あるのだな……」
「出発するので、皆さん、目隠しを」
翡雲様が落ち込んでいる中、皆がそれぞれ黒い帯で目を隠すと、瑠麗は言った。
「では、次に目を覚ました時は、密仙国です。それまで、おやすみなさい」
おやすみ? どういう意味だろう。
嗅いだことのない花のような甘い香りが鼻をかすめた瞬間、フッと意識が消えていった。
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「お目覚めください」
凛とした女性の声で目が覚めた。
目を開けようとして、目隠しをつけていたことを思い出す。
まだ馬車の中だろうか。
座ったまま眠らされていたようだ。
目隠しを外すと、目の前に女性が座っていた。
瑛麗様に似ているが、髪は銀色で瞳は黄色い。おそらく、魅了の術を持ち、蛇のように地を這い毒牙を持つ女性が、この方だろう。
「ご察しの通り、一の姫の珊麗にございます。雪燕様ですね?」
「はい。あの、他の方たちは?」
「お一人ずつ、大婆様とお話をしていただいています。雪燕様の番ですので、一緒にいらしていただけますか?」
「はい」
馬車を降りると、そこはもう屋敷の中で、奥へ奥へと案内されていくと、泰然様が大きな扉の部屋から出てくるところだった。
「泰然様」
「雪蘭?」
何故か苦笑いの泰然様をみたら、緊張していた身体が少しだけ解れた気がした。
「入りなさい」
部屋の奥から老婆の声がした。扉が中から開かれ、私だけ進むようにと、珊麗様が手で指し示した。
大婆様は部屋の奥の椅子に腰掛け、私を隣の椅子へ座るようにと手招きしていた。
「雪燕、待っていたよ」
「大婆様、雪燕がご挨拶いたします」
「おお、本当に母親にそっくりだね。早く座りなさい」
「はい」
優しい笑顔に安心して、私は隣に座った。
雰囲気が、義母である皇后に似ている気がする。
「よく来たね。雪燕は自分の力でここへ来た。お前には、ここに住む資格がある。そのつもりはないことは分かっているが、まず伝えておく」
「はい」
「そうだ、雪燕のことを占ってやろう」
大婆様は色や形の違う石を五つ手に取ると、手の中で混ぜ机の上に投げて転がした。赤い石だけ床に落ち、他の石はまばらに散っている。
「身近な人との別れがある。しかし、周りの者たちは雪燕を支えてくれる。遠くから見守る者もいれば、共に歩いてくれる者もいるだろう」
「…………」
「だが、あの者とは離れた方がよい」
「あの者とは、どなたのことですか?」
「先ほどこの部屋から出てきただろう。あの、泰然という若者だ」
大婆様は、笑顔のまま淡々とそう述べた。
「どうしてですか?」
「破滅。そう出ている。よい時もあるが、そうでない日も必ず訪れる。そして、いずれ身を滅ぼし、別れるときが来るだろう。よいのか?」
破滅だなんて驚いたけれど、いずれ身体は滅びるものだ。私と一緒にいることで、泰然様が身を滅ぼすと言うのなら、それは避けなければならないけれど、そうではないのなら……。
「はい。私の身体が滅びるまで泰然様と一緒にいられるなら、それは幸せなことです」
「はははっ、そうか、そうか、あの者と同じことを言うのだな」
「えっ?」
「泰然も雪燕と同じことを言っていた」
「そうなのですか……」
嬉しくて、自然と口元が緩んでしまう。
だから、さっき泰然様は苦笑いをされていたのかな。
「きっと幸せになれるだろう。ただし、信じるべき人を間違えないように」
「信じるべき人?」
「雪燕と碧砂国との縁はまだ切れてはいない。遠からず、また碧砂国の地を踏む日が来るだろう。その時、誤った者を信じれば、泰然とは永遠に別れることとなるだろう」
「そんな……」
「泰然に聞かれたぞ。雪燕を呪ったのは誰であろうかと」
「ご存じなのですか?」
「どうだろうか。ただ、密仙国からあの薬を作り誰かに渡した記録はない。そして、国の外にいる者で、あの薬を作れるものは一人しかいない。知りたいか?」
それが分かれば、薬の入手先が判明する。
知りたいかと聞かれたら、はいと答えるしかない。
「知りたいです」
「そうか……。あの薬を作れるのは、雪燕もよく知る人物だ。それは、義母である碧砂国の皇后だ」




