010 密仙国の使者
隣で誰かが飛び起きて、私の掛布も引き剥がされて目を覚ました。
「ん、なに?」
「雪燕、起きて!」
「起きてるわ、瑠麗」
「もっとちゃんと起きて!」
私を揺り動かしながら、朝から元気いっぱいの瑠麗。
昨日は翡雲様と仲直りができたのだと、夜遅くまで嬉しそうに話してくれて、私も幸せな気持ちで眠りについたのだけれど、一体どうしたのだろう。
そうだ、鞠で遊ぶ約束をしていたんだ。
「多分来てるわ、密仙国からの迎えが!」
「えっ、もう!?」
意外な言葉に、一気に目が覚めた。
瑠麗は着替えながら怯えた顔をしていた。
「怖いから一緒に来て」
「どうして怖いだなんて……」
「会えばわかるわ。とりあえず着替えて~」
瑠麗に急かされながら着替えを済ませ部屋を出ると、食堂から聞き慣れない女性の声がした。
瑠麗に背中を押されながら食堂へ入ると、泰然様と向かい合って食卓に座る、黒髪の美しい女性がいた。群青色の慎ましやかな衣に身を包んだ妖麗な方だ。
黒髪だから、蝙蝠になった二の姫のお姉様だろうか。
泰然様は私に気が付くと微笑み、声をかけてくれた。
「雪蘭、それと瑠麗もいるのか?」
「瑠麗?」
女性に名前を呼ばれると、瑠麗は私の後ろから姿を現し、女性に向かって礼をした。
「お久しゅうございます。瑛麗お姉様」
「うん、元気そうだな。近くにいると知って、迎えに来た。外に馬車を待たせてある」
瑠麗は私の隣に立つと、瑛麗様に尋ねた。
「お姉様、私の呪いを解いてくれた雪燕も一緒でいいですか?」
「もちろん。その者は密仙国の血が流れている。密仙国に入る権利も住む権利もある。それから、雲龍国の皇子もここにいるのだろう。ついでに連れて行こうかと」
「お迎えの日取りくらい、前もってお知らせくださいませ。翡雲様にも、準備がありますでしょう?」
「準備とは、二人の仲を深めるための時間か? 抜け駆けするなんてズルいではないか。私だって男に興味がないわけではない。ましてや、」
瑛麗様は立ち上がると、椅子に腰掛けた泰然様の後ろに立ち、後ろから抱きついた。
突然のことに、泰然様は目を丸くし、耳を赤く染めた。
「この者を気に入った。私も譲らないぞ」
「お、お姉様!?」
「えっと、翡雲様? 私も貴方と同じで薬の調合が」
「人違いだ。俺は翡雲ではない」
瑛麗様の手を払い、泰然様は席を立つと、こちらに早足で移動する。
「お、そうだったのか? それは失礼した。では、お前は誰だ?」
「この屋敷で薬の研究をしている者だと、さっき説明したではないか」
「ああ、そうだった。名を名乗らぬから、間違えてしまった。しかし、薬師か、だから良い匂いがしたのだな。薬剤の匂いが身体に染み付いていて心地よい。良ければ、少しだけ血をくれないか?」
「は?」
泰然様が頬を引きつらせ一歩後退した。
「お姉様、おやめください。そうやって気に入った人間の血を研究しようとするのは」
「瑠麗は黙っていなさい。正直に言うと、そこの……雪燕といったか? 貴女の血も欲しい。呪いの痕跡を感じる。若いのに、歳を取らない薬を常用していた経験でもあるか?」
「は、はい。おそらく」
私が肯定すると、瑛麗様は嬉しそうに瞳を輝かせた。
「ほう、それは興味深い。あの薬の材料は、密仙国で採れない物ばかりで、一度しか作ったことがないのだ。日々、常用しなければ効果が続かない薬だから、量を作らねば意味がないのだけれどな」
「つ、作れるのですか?」
「まあ、密仙国が仙女の住む国と呼ばれているのは、私のように秘伝の薬を調合できる人間がいるからだからな。瑠麗の様に、なにもできない者も、年々増えてはいるのだがな」
「密仙国ではあまり作れないのか? それならば、誰であれば、常用できるほどの数、薬を作れるんだ?」
泰然様が尋ねたことが分かれば、薬の出どころが分かり、誰に呪われたのか知ることができるかもしれない。
「それはもちろん…………そうだな。お前、名は何という?」
瑛麗様は、言いかけた言葉を飲み込み尋ねた。
「…………」
「ふーん、そうだな。お前が名を私に教え、血をくれて、それから、夫になってくれたら教えてやろう!」
「それは無理だ」
泰然様は即座に否定したけれど、瑛麗様は余裕の笑みを浮かべていた。
「そうか、まあいい。気が変わったら教えてくれ」
妖艶な笑みを浮かべた瑛麗様は、私達を通り越して、食堂の入り口へと目を向けていた。入り口には、大きな欠伸をしながら翡雲様が立っていた。
「朝から騒がしいな。……ん? どちら様だ?」
「あ、姉の瑛麗です。お姉様、こちらが翡雲様です」
「ほう、私は密仙国の二の姫、瑛麗と申す。妹を迎えに来た。そなた達も準備ができているのなら、密仙国へと案内しましょう」




