008 私を選んでくれたら(翡雲視点)
「えっ、ちょ……」
戸惑う瑠麗に目もくれず、泰然は私の肩を叩くと食堂を出ていった。
夕食に包子を作った後、やはり側室についての話が気になって、都への書簡の返事を書いていた。少し食堂を離れていた間に、まさか二人がそんな話をしているなんて。
「瑠麗」
「ど、どこから聞いてました?」
「イノシシは飼えるけど、人は飼えない、のあたりから」
「……ほぼ全部じゃないですか」
瞳を潤ませて、恥ずかしそうに俯く瑠麗。これがあのウリ坊なのか。
「わ、私は、君を飼うつもりはないぞ。そんな理由で困っていたわけではない」
「そんな馬鹿なこと考えるの、泰然くらいだと思います。あの人、私のこと、非常食くらいにしか思ってなかったと思うので」
「泰然は、そこまで変な奴では……。しかし、怪我をしたリウリーを初めてここに連れてきた時、食糧か? と聞かれたな」
懐かしい。
一年、いや、二年ほど前の話ではないだろうか。
「ですよね。私も覚えています。……私、全部覚えています。翡雲様が何度も助けてくれたこと、側に置いてくれたことも、一緒に……紅葉を交換したことも」
「私も覚えている。私にとっても大切な思い出だ。あの時の君への気持ちは、瑠麗として、人になった今も変わらない」
「えっ、ほ、本当ですか?」
顔を上げた瑠麗は、やっと私と目を合わせてくれた。大きな丸い黄色みがかった瞳は、ウリ坊の時とそっくりだ。
「ああ、私が君を選べば、私は君と婚約することができるのか?」
「は、はい。男性側が気に入った女性を選ぶというしきたりがあります。その方が、密仙国に有利だからです。侍女も二人までなら、密仙国の女性を選べます」
「それが、有利と言えるのか?」
「はい、ただ充てがわれるのではなく、自ら選んだ女性のほうが大切にされるからです。私たちは、ただ嫁ぐのではありません。密仙国に危険な思想を持つ国ではないかと監視する役目と、そうならないために誘導する役目があります。だから、国と国を繋ぐための道具でもあるのです。ですから」
「私は瑠麗を道具にしたくない」
そういう役割があることは当たり前で、それは皇族に限ったことではなく、どの家でも同じようなものである。
だけど、縛りがある中でも、私は少しでも自由に生きたい。
そして私の側にいてくれる人にも、自由でいてほしい。
「わ、私も翡雲様を道具にしたくありません。姉のように魅了や薬で傀儡のように扱うことは絶対にしません。ただ側においていただけたら」
「ん? なんか物騒な話が出たような」
「あ、えっと、雲龍国が、密仙国を乗っ取ろうとしたり、危害を加えようとしたときのみの話です」
「…………はあ、まだ若いのに、呪いにかけられ国を放り出され、それでも国のために重責を負っているのだな」
瑠麗は小首を傾げると、クスっと笑みをこぼした。
「それが私の普通です。翡雲様も、似たようなものかと思っていました」
「そうかもしれないな」
私が頷くと瑠麗は満足そうに微笑み、ハッと何か思い出したような表情をすると、うつむき気まずそうに尋ねた。
「あ、あの時、どうして困られたのですか? 私が人間だってわかった時、喜んでもらえなかったことが、少し、というか、かなり悲しかったんです。それも、私がウリ坊の記憶が無いほうが、嬉しい様子だったから……」
「す、すまない。その……君のような美しく可憐な少女を、私は会う度に愛でて、時には一緒に床に入り、そして……紅河の宿では、酔った勢いで一晩中、君を枕にして寝てしまっただろう? なんてことをしていたのだと、思い出すだけでも穴があったら入りたい思いで、瑠麗に顔向けできなかったのだ」
「ま、枕ですか?」
やっと言えた。言えたけど。
あれ、この反応は……知らなかったのか?
「あ、そうか。リウリーはずっと寝ていたから気づいていなかったのか」
「ふふふっ、私、枕にされていたのですか?」
瑠麗は、お腹と口元を手で押さえながら笑っていた。
「怒っていないか?」
「怒っていませんよ。人で表現したら、膝枕ですね」
「それは……いいな」
じっと私を睨んだあと、瑠麗はまたニコッと笑ってくれた。
「じゃあ、今度膝枕してあげます。でも……私を選んでくれたら、してあげます。絶対に姉を選ばないでくださいね」
「わかった。約束だ」
小指を出すと、瑠麗の小指を絡めてくれて、約束を交わした。
「翡雲様、お腹が空きました。私、ずっと翡雲様の手料理を一緒に食べたかったんです」
「雪蘭と話せたのだろう? 言ってくれたら作ったのに」
「フゴフゴしながら食べるの、あんまり見られたくなかったから」
恥じらう姿が可愛い。
お腹いっぱいに食べさせてやりたい。
でも、その前に……。
「頭、撫でてもいいか?」
「えっ、ど、どうぞ」
「では……。あ、なんとなくリウリーっぽいような。癒される」
「あの、人前ではやらないでくださいね。子どもに見られるの嫌なので」
「ん、わかった」




