006 仲直りしたいなら……(泰然視点)
「うわっ、危なっ」
翡雲が部屋にいなかったので、食堂へ行こうとしたら、瑠麗が雪蘭の部屋へ真っしぐらに走っていくところだった。
避けなければぶつかっていただろう。
まさに猪突猛進だな。
食堂では翡雲が食器を片付けていた。
「お、泰然」
「話があったんだろ」
「あー、その前に、お腹すいた」
「じゃあ、作りながら聞こうか?」
「おお、そうだな」
翡雲は野菜を手に取り、水で洗い、いつものように包丁で切り、
「痛っ」
指まで切っていた。翡雲らしくない。
「はあ、もう座っていろ」
「ん、でも身体は平気なのか?」
「死にかけた割には元気だ。秘薬の力かな」
野菜を切り鍋に入れる。
みんなお腹が空いているだろうし、昼は麺料理にするか。
「そうか、秘薬というか、愛の力だな」
「…………」
冗談は健在らしい。
無言で包丁を握る手に力を込めると、翡雲は苦笑いで後ずさった。
「泰然、冗談だって、ははは」
「で、さっき部屋に来たけど、瑠麗のことか?」
「ああ、そうなんだ。私は瑠麗がウリ坊の時になかなかなことをしていなかったか?」
「なかなか?」
「会えば抱きしめ撫で回していたし、頬を擦り寄せ可愛がっていた。布でくるんで背中に背負ったり、紅河の宿では、酔った勢いであんなことまで……」
「あんなこと? ウリ坊を相手に何をしたんだ?」
今までの自分の行動を振り返り、色々と思うところがあったということか。
まあ、確かに猫可愛がりしていた動物が、もし雪蘭だったら、気まずい。
「私は、酔ったらすぐ寝てしまうだろう?」
「ああ、で?」
「一人で酔うのも寂しく、ウリ坊にも酒を振る舞い、机の上で寝てしまったんだ。しかし朝起きたら、ウリ坊を……枕にして寝てしまっていたみたいなんだ!」
「えっ……枕に?」
何を言うのかと思えば、馬鹿馬鹿しい。
そんなことで、ずっとウジウジしていたのか?
それって、瑠麗のことが、大切だからってことだよな。
「瑠麗は私にだけ様をつけて呼ぶし、どこか余所余所しいのは、あのことで怒らせてしまったからかと思ったのだ。しかし、ウリ坊の頃の記憶は曖昧だそうで、覚えていないと言う」
「ん? そうか?」
「やはり、私を気遣い嘘をつかせてしまったのか。それとも、私と関わりたくないから、そう言わせてしまったのか……。様子がおかしかった。申し訳ないことをしてしまったな」
「ふーん」
適当に相槌を打ちながら、小麦粉を手で千切って沸騰した鍋に入れていく。
翡雲はため息交じりに言葉を続けた。
「密仙国からの知らせが来たら、ウリ坊と一緒に都へ帰ろうと思っていた」
「へぇー、ん?」
「リウリーと約束したのだ。いつも、あのウリ坊には助けられていた。泰然には雪蘭がいるし、私もウリ坊も、この屋敷で過ごすべき時を終えるときが来たのだと思った。だから、ウリ坊を都へ連れて行こうと思った。これからはずっと一緒にいようと、そう思ったんだ」
ウリ坊とそんな約束までしていたのか。
それなら話は単純だ。
「だったら、瑠麗と婚約すればいいのではないか?」
「こ、婚約!?」
「婚約相手は翡雲が選ぶと言っていたと思うが」
「そ、そうなのか……」
そう呟いて微かに微笑む翡雲。
なんだ、嬉しそうじゃないか。
「今朝、瑠麗が話していたじゃないか。聞いていなかったか?」
俺は翡雲に、瑠麗が話した内容を伝えた。
瑠麗は王位継承権争いのため、呪いをかけられていたこと。そして、あの噂通り、一の姫は蛇にされ、二の姫は蝙蝠に、そして三の姫であった瑠麗は猪に姿を変えられ、野に放たれたこと。
婚約を結ぶ相手は、男性側が気に入るかどうかが重要視されており、他国の皇族に嫁ぐ場合、国へ呼び、姫を選んでもらう、しきたりだということを伝えた。
「仲直りしたいのなら、とりあえず、枕にしたことを謝ってみたらどうだ?」
「しかし、蒸し返されたくない話なのかもしれぬ」
「そうか、なら、このままだな」
「このまま?」
「互いに会話を避け、瑠麗は国へ帰り、翡雲も都へ戻る。婚約者として選ばなければ、その後はもう会うこともない。それでいいのだな」
「それは……嫌だ。嫌だな」
しょんぼりと肩を落とす翡雲。
さっさと仲直りしてくればいいのに。
「できたぞ、食べるか?」
「おお」
「二人も呼んでくるけど……、ちょうど来たようだな」
四人で円卓を囲み食事をするがなんだか皆、ぎこちなく箸を進めている。
「美味しいです。ね、瑠麗」
「うん」
「翡雲様が作ってくださったんですか?」
「それが、包丁で指を切ってしまって、すべて泰然が作ったのだ」
雪蘭が尋ねると、指先を見せながら翡雲は苦笑いで言った。
「さ、流石泰然様です。今度、瑠麗も一緒に作ってみましょう?」
「うん」
会話が終了した。
そして皆、黙々と食べ進めていると、外から馬の嘶きが聞こえた。おそらく翡雲の侍衛が来たのだ。
伝書鳩ではなく、侍衛自ら来るのは珍しい。
窓からひょこっと顔を出した侍衛は、翡雲に書簡を手渡した。
「都からの知らせです。密仙国との話が進み始めたようです。大臣の中には、正室ではなく側室でよいのではとの話が出ています」
「側室だと?」
「はい、密仙国の姫は化け物との噂もあり、あまりにも翡雲様がお可哀想だという話が……」
ダンっと椅子が倒れる音が響いた。
侍衛の話の途中で瑠麗が勢いよく立ち上がり、椅子を倒したのだ。
瑠麗はまだ食べかけの麺を残したまま、目に涙を浮かべ食堂を飛び出していった。




