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醜い私にサヨウナラ〜捨てられ公主は深淵の谷で幸せになります〜  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第四章 母の故郷は秘密がいっぱいでした

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005 すれ違い?(翡雲視点あり)

 泰然(タイラン)様の部屋を訪ねると、彼は、昨日完成した秘薬を片手に、秘薬の書を机に開き、それを交互に見やりながら独り言をつぶやいていた。

 邪魔しては悪いかもしれないと思い、部屋を出ようとしたところで目が合った。


「あ」

瑠麗(リウリー)はどうした?」

「久しぶりの人間は疲れたと言って、部屋で休んでいます」

「久しぶりの人間……。聞き慣れない言い回しだな」

「ふふっ、確かにそうですね」

雪蘭(シュウラン)、少しよいか?」

「はい」


 泰然(タイラン)様に手招きされ、隣に座ると秘薬を渡された。


「これは昨日、雪蘭(シュウラン)が作ったものだ。君が持っていてくれ」


 あれが昨日の夜の出来事だなんて、もっと前のことみたい。瑠麗(リウリー)が人に戻ってそれどころじゃなくて、泰然(タイラン)様と話したいことが色々あるのに、何から話したらよいだろう。


「いえ、泰然(タイラン)様がお持ちください。泰然(タイラン)様が迎えに来てくださったから、完成したんです。それに、私では扱いきれませんから」

「しかし……。そうだな。薬は薬師が管理するべきだな」

「はい! あ、それと、紫に光る茸は、五つありました。あとの二つは残してあります」

「そうか、一年に一つ増えているのだろうか。不思議だな」

「そうですね。満月の夜の池は、秘薬の書に書かれていたように光の道ができていて、とても美しかったですよ」

「来月、二人で行こう。俺も秘薬のお陰で毒に耐性ができたはずだ。そうだ、今夜もまた行ってみないか? 本当に満月の夜だけの現象なのか、気になる」


 泰然(タイラン)様と一緒に行けるなんて、夢みたいだ。


「行きます! あ、ですが、今日は天気が悪いかもしれません」

「そうか、では、月が出ていたら行こう」

「はい。……泰然(タイラン)様。昨日はありがとうございました」

「こちらこそありがとう。雪蘭(シュウラン)は私の命の恩人だな」


 そう言って泰然(タイラン)様は立ち上がると、棚の上の木箱を持ってきた。


「これを雪蘭(シュウラン)に持っていてほしい。命を助けてもらったお礼だと思ってくれ」


 それは質屋で売ろうとして、泰然(タイラン)様が買い取ってくれた母の形見の翡翠の腕輪だった。


「これは、泰然(タイラン)様に……」

「大切なものなのではないのか?」

「母の形見です」

「は、母の形見なのか? 全く……それなら尚更受け取ってくれ。俺が渡した百両なんかじゃ釣り合いすら取れていない。大切なものじゃないか」

「……ありがとうございます」


 泰然(タイラン)様は私の腕に翡翠の腕輪を通すと、立ち上がり、外の様子を見て言った。


「雨は降らなさそうだな」

「でも、時折、雷の音が聞こえていますよ」

「そうだな。しかし空気が乾燥している。黒い雲も遠く碧砂(ビーシャ)国の方だ」

「じゃあ、夜は出られそうですね」

「そんなに楽しみなのか? 昨日、狼に追われたばかりだというのに」

泰然(タイラン)様が一緒なら、なんにも怖くありません」

「…………」


 泰然(タイラン)様は少し恥ずかしそうに目を細めて、私の隣に座り、じっとこちらを見つめている。

 何か変なことを言ってしまっただろうか。


「あの……」

「じゃあ、ずっと、」

泰然(タイラン)!! あ、邪魔した。失礼する!」 


 言いかけたところで突然翡雲(フェイユン)様が部屋へ飛び込んできたのだけれど、すぐにまた去って行ってしまった。


「……起きたみたいだな。何か話がありそうだった。行ってくる」 

「はい」

「続きは……蓮池で」


 そう言い残して、泰然(タイラン)様は翡雲(フェイユン)様を追いかけていった。


 ****


 ああ、また二人の邪魔をしてしまった。泰然(タイラン)に話したいことが山のようにあったのだが、後にしよう。


 しかし、よく寝たな。今は昼過ぎ頃か。

 朝は結局、何も食べていない。


 リウリーが瑠麗(リウリー)でウリ坊が人間だった? という突然の告白に、まだ頭が混乱している。


 私はあんな可憐な少女に今まで何をしてきた?

 紅河の宿で、あんなことまでしてしまったのに。


 ああ、腹が減って頭が回らない。何か作ろう。

 そう思って食堂へ行くと、先客がいた。


 食卓に座り、薄茶色の髪と小さな足をパタパタと揺らしながら、ご機嫌な様子で食事中みたいだ。


「り、」

翡雲(フェイユン)様?」


 名前を呼ぼうとしたら、急に瑠麗(リウリー)がくるっとこちらに振り向いて、私は驚いて一歩引いてしまった。そのせいか、明るかった瑠麗(リウリー)の表情が一瞬で暗くなる。


「何を食べているのだ?」

「……薬膳湯です。こちらは翡雲(フェイユン)様の手作りですか?」

「あ、それは泰然(タイラン)が作ったものだ」

「そうですか」


 瑠麗(リウリー)はニコリと微笑むと、またうつむいてしまった。

 会話が続かない。朝は皆がいたから笑って沢山話をしてくれていたような気がしたが、やはり紅河の宿のことを怒っているのではないだろうか。


瑠麗(リウリー)?」 

「はい」

「怒っているのか?」  

「な、なぜですか?」

「その……ウリ坊の姿の時に、ぞんざいな扱いをしてしまっただろう? それで……」

「ぞんざいですか? うーんと、身に覚えがないですね」


 身に覚えがない。

 もしかしたら、ウリ坊の時のことを、あまり覚えていないのではないか?


「もしや、ウリ坊の時の記憶が曖昧なのか!?」

「えっ……、そ、そうですね。はい」


 瑠麗(リウリー)は気まずそうに頷いた。

 こちらとしては、そのほうがありがたい。

 ホッとしたらまた小腹がすいてきた。


「そうか、安心したら、私も何か食べたくなってきた。何か好きな食べ物はあるか?」

「えっ?」

「薬膳湯だけでは物足りないだろう? 私も腹が減ってしまった。何か作るぞ」

「今は、お腹いっぱいなので……失礼します」


 いそいそと礼をすると瑠麗(リウリー)は食堂を飛び出していった。


「なにかまずいことでも言ってしまったか」


 馴れ馴れしく話しすぎただろうか。


 ****


 部屋に戻り、ふと気づいた。

 泰然(タイラン)様から頂いたお金を返した方がいいのではないだろうかと。


 腕輪を返してもらったのだから、お金だって。

 腕輪はお礼だともいわれたけれど、どうしたらよいだろう。


 ここは瑠麗(リウリー)に相談ね。

 しかし、部屋で寝ているはずの瑠麗(リウリー)はいなかった。


 外へ行ったのか、それとも食堂か、探しに行こうとしたら、扉が開き瑠麗(リウリー)が飛び込んできた。

 ウリ坊の時と変わらぬ登場の仕方に、自然と笑みが溢れる。


瑠麗(リウリー)、あのね……」

雪燕(シュウエン)っ!!」


 瑠麗(リウリー)はうつむいたまま私の胸に飛び込むと、声を上げて泣き始めた。


「ど、どうしたの?」


 泣き止むのを待って、長椅子に並んで腰掛け話を聞いた。


 涙の原因は翡雲(フェイユン)様だった。

 瑠麗(リウリー)は、真っ赤な紅葉の葉を箪笥の裏から持ってくると、紅河の赤龍橋の紅葉の木の下での話をしてくれた。

 これは翡雲(フェイユン)様と交換した紅葉だと言った。その時、ウリ坊は食材だと思われてしまうかもしれないけれど、一緒に都に行く話をしたという。

 ずっと一緒に、翡雲(フェイユン)様がリウリーを守ると、そう約束したのだと。


「でも、翡雲(フェイユン)様は、そのことを忘れてほしいみたい。私と一緒になんて嫌だからだわ」

「そう言われたの?」

「ううん、でも、私がウリ坊の時に翡雲(フェイユン)様がしたことを、私が怒ってるんじゃないかって、そんな覚えはないって伝えたら……記憶が曖昧なのかって、すごく喜んでいたの。ウリ坊の時のこと、忘れててほしいんだよ」

「でも、翡雲(フェイユン)様と、ウリ坊のリウリーは、とても仲が良かったと思うのだけれど」

「私だって、そう思ってた。ウリ坊のままだったら良かった。そしたら嫌われなかったのに」


 ポロポロと涙を流す瑠麗(リウリー)の背中をさする。なんと声をかけたらいいのだろう。


「私、泰然(タイラン)様と二人だと、どんな会話をしていいかわからなくて、いつもリウリーに助けられていたの。だから瑠麗(リウリー)も、みんなでお話ししたり、食事をしたりするのはどうかしら?」

「みんなでなら、大丈夫かな。……私、口だけは達者なのよね。人には、ああしろこうしろって、なんでも言える癖に、自分のこととなると全然ダメなの」


 そう言って瑠麗(リウリー)は私の肩に頭を委ね、腕を絡めてギュッと抱きついた。

 可愛い、なんだか妹ができたみたい。


「なんだか変な感じ。ずっとお姉様みたいだったリウリーが、妹みたいになっちゃった」

「百歳だと思ってたくせに……。でも、実際は私の方が年下なんだから」

「ふふっ、そうだったわね。大丈夫よ、瑠麗(リウリー)。こんな可愛い子が急に現れて、翡雲(フェイユン)様はきっと驚いているだけよ」

「か、可愛い? 私が? そんなこと言われたことない」

「そう? 瑠麗(リウリー)、すごく可愛いわ。見た目もだけど、なんだろう、こうちっさくて、ぎゅってしたくなる」

「ええっ、それってウリ坊の時と変わらないじゃない!?」

「そうかも、ふふふっ」

「えへへっ」


 瑠麗(リウリー)が笑ってくれて少し安心した。

 翡雲(フェイユン)様にも、こうして素直に話せたらいいのに。






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