002 死の谷の秘密
密仙国は、この場所と目と鼻の先に位置しているという。谷川を北上し、毒を撒く紫色の花が咲くその先の山に密仙国があり、毒は花が撒いているわけではなく、国を守る為に人工的に作られ散布されたものだという。
「昔から他国とのつながりはなかったわ。でも、たまに迷い込んでくる者がいた。国に辿り着く者は大抵瀕死状態だったわ。国の周りは狼だらけだし、切り立った崖に急流、雲龍国から国に入るのは危険だらけなのよ」
「迷い込んだ者はどうするのだ?」
「生きていれば、秘薬で助けてあげた。でも、その助けられた人々の内の一人が薬師だったみたいで、その人はその秘薬に固執したの。記憶を消す薬を飲ませても、その人だけは決して忘れなかった。たまにいるのよね。薬が合わない人。それで密仙国を探そうとしたから、一人の優しい仙女が秘薬の作り方を教えてあげたの。でも簡単にそろえられる材料ばかりではないでしょ。秘薬は作れなくて、その薬師は嘘つき呼ばわりされた。そして、大々的に密仙国の捜索隊が作られ密仙国は夜襲にあったの」
泰然様は瑠麗の話を真剣に聞き、そして信じられないといった顔で言った。
「そんな話……聞いた事がない」
「うん、密仙国に入った雲龍国の者は、誰一人国へ帰れなかったから」
「えっ……」
それは、夜襲で国へ入った人々は全て……。
瑠麗は瞳を閉じて、哀悼の意を示すかのようにしたあと、続きを話した。
「仕方ないのよ、密仙国の人々にもたくさん被害が出たのだから。それから密仙国は変わった。国の者を、他国の皇族に嫁がせるようにし、国で作られる不思議な力を持った様々な薬を各地で伝説のように広め、国へ関心が向かないようにした」
「そして迷い込む者が現れないように、谷に毒をまいたのか」
泰然様の言葉に、瑠麗は静かに頷いた。
「ええ。夜は特によくない人間が動く時間だから、毒は濃いものにするの。薬師に伝わる昔話も、全部作られたものよ。あの秘薬の書は、仙女が与えたもの。だけど、長い時間をかけて自分たちで作ったことにしたの。仙女への関心を忘れさせるために」
「なぜその話を俺に?」
「今、国をまとめている女帝は温厚な方だけど、私の姉はそうじゃない人もいるから、密仙国に害をなす者と判断されたら……」
「俺の祖父は?」
「密仙国が殺したといえば、そうかもしれない。谷の毒は人間によく効くように作られているから。何度も毒に侵された末の短命ね」
「では、直接手を下されたわけではないのだな」
「そうね。そういうことは、基本的にしないわ。でも、姉がもし実権を握れば、分からない」
瑠麗のお姉さんということは、あの噂にあった一の姫と二の姫のことだろうか。
「実権を握るって、女帝になったらってことよね」
「そうとも言えないわ。皇族に嫁いだ者がその国を監視する役目があるから、翡雲様に嫁ぐ人が雲龍国に関する事の実権を握るといっても過言ではないわ」
それを聞くと泰然様は首を傾げ、口元を緩めた。
「あ、そういうことか。翡雲と婚約したいから、間を取り持ってほしくて脅してるのだな」
「ち、違うわよ! 一応、出しゃばりすぎると危ないかもしれないから教えてあげたのよ」
「それはどうも」
「だから、違うってば!? 雪燕、泰然が意地悪してくる!」
瑠麗は椅子から立ち上がると、私の後ろに隠れてしまった。
「瑠麗、泰然様はそんなつもりはないと思うわ」
「私だって、そんなつもりないのに。善意で教えてあげたのよ」
「だから、礼を言ったではないか。俺にとって、これまでずっと目障りだったウリ坊は、雪蘭をずっと影で支えてくれていたのだろう? それは知っている」
「ん? 褒めても何も出ないわよ」
「翡雲の前でも、素でいたほうがいいのではないか?」
「……泰然がそう言うなら、そうしてみようかしら」
意外と素直に了承した瑠麗は、また席に戻ると、机に突っ伏してしまった。
「ねえ、婚約相手って、どうやって決めるの?」
「さっきも少し話したけど、皇族に嫁ぐのは皇族の役目だから、女帝に選ばれなかった三姉妹の内の二人のどちらかよ。人に戻って分かったけど、姉達はもう呪いを解いて国に戻っているみたいだから、私にはもう王位継承権はない。だから、私か姉のどちらがよいか、翡雲様が選ぶの」
「二分の一の確率か、頑張れ」
「なっ、なんかムカつく! 雪燕、見たでしょう、泰然は、雪燕以外にはこういう冷たいやつなのよ~」
言い方は冷たかったかもしれないけれど、事実ではある。どうして二人は馬が合わないのだろうか。
「そんなことないわ、今のは事実だし、応援してくれたのよ。それに、町の人達にはとても優しいもの」
「はいはい、ご馳走様です。で、数日中に迎えについての知らせが来ると思うわ。雪燕は、密仙国に住むつもりはある?」
「えっ、それは……」
私は、泰然様へと目を向けた。
泰然様と都へ行く約束は、秘薬が完成したあと、その時も私が泰然様と一緒にいたかったら、という話だった。だから、まだ不確定な約束だ。
私が答えに迷っていると、瑠麗は察して、先の話をしてくれた。
「そうね、大婆様にお会いして、密仙国に住みたいって思ったら、国を案内してあげるわ。雪燕は密仙国に住む資格があるから。それと、翡雲様には、別の書簡が都から届くと思うけれど、多分、ここから一緒に密仙国へ行くことになると思う」
「瑠麗、泰然様は?」
「秘薬を作ったのは一応、泰然だから、招いてあげてもいいわよ。どうする?」
「は? それなら行く気はない」
「えー、そんなこと言っていいの?」
瑠麗は泰然様に近づくと、こそっと耳打ちした。
「雪燕が密仙国を気に入って帰ってこなくなっちゃうかもしれないわよ?」
「……じゃあ、俺も行く」




