001 黎瑠麗
「黎瑠麗と申します」
食堂にて出迎えたのは、私と同じくらいの歳の美しい少女だ。
髪は薄茶色で毛先がクルッと丸まっていて、意志の強そうな大きな瞳も同じく黄色がかった茶色をしている。
「これが……もっと幼いと思っていた」
「あら、何か言いまして?」
泰然様は真面目にそう言葉を発すると、瑠麗は笑顔のまま泰然様を牽制した。
「私は翡雲という。瑠麗は……前にも何処かで会ったことがあるような……?」
「あら、それは口説き文句かしら?」
「いや、そういうつもりでは」
「ふふっ、冗談ですわ。では、座ってお話しましょう。やっと話したいことを全てお話できますので」
わけが分からないまま、翡雲様は腰を下ろし、私と泰然様もそれに続いた。
食卓には、お茶とお茶菓子が用意されている。
「私は、密仙国の皇族の一人、王位継承権争い真っ最中の姫にございます」
「は?」
翡雲様は、お腹が空いていたのか、さっそく手をつけていた菓子を、驚いて机に落としてしまった。
泰然様は、恐らく翡雲様も抱いているであろう質問を瑠麗にした。
「それは……翡雲と婚約を結ぶのが、君ということか?」
「それはわかりません。三姉妹の中から、翡雲様が一番気に入った姫と婚約を結ぶことになると思いますので。お噂は聞き及んでおられますよね? 蛇のように地を這い毒牙を持つ女性が一の姫、闇夜に紛れて空を舞う生き血を吸う姫が二の姫、そして、毛を逆立て突進する獣のような女性が三の姫にあたる私です」
「そ、そんな笑顔で……ん? 毛を逆立て突進する獣のような……リウリー? り、リウリーなのか!?」
翡雲様は驚いて立ち上がった。
瑠麗は少し恥ずかしそうに頷くと口を開いた。
「はい、私は、翡雲様に幾度となく助けていただいたウリ坊です。この度、御三方のお力によって完成された秘薬によって呪いが解け、国へ帰ることができます。皆様には、お礼として密仙国へご招待させていただきます」
翡雲様は眉間にシワを寄せたまま長考状態に突入し、泰然様も瑠麗の言葉に苦笑いだった。
「密仙国の王位継承権争いはとても特殊で、権利のある女性に呪いをかけ、一番先に呪いを解いた者が次の女帝になるのです。ですので、翡雲様と婚約を結ぶのは、女帝にならなかった二人の内のどちらかとなります」
反応のない翡雲様に代わって、泰然様が瑠麗の言葉に応えた。
「そ、そうか。それはご苦労であったな。ということは、翡雲は都から婚約に関する知らせが来るのではないか?」
「そうですね。そうなると思います。恐らく大婆様の占いで今日のことは既に分かっていたと思いますので、知らせはもう着いている頃だと思います」
翡雲様は、やはり瑠麗の言葉に反応は見せず、ずっと何かを考え込んでいる。
だんだん不安そうな顔になる瑠麗を見て、泰然様は何とか場を繋ごうとしてくれている。
「そうか、雪蘭、良かったな。母の故郷を訪ねることができるじゃないか」
「はい、瑠麗は、私の母が同郷であったことから、私をたくさん助けてくれていたのです」
「はい、そうなのです。あの……翡雲様?」
「翡雲……大丈夫か?」
名を呼ばれても気づいていない翡雲様の目の前で、泰然様は手を振ってみたり、肩を揺すってみたり声をかけたりすると、ようやく反応が返ってきた。
「へっ? あ、そうだな。私は──」
そして、瑠麗と目が合うと、気まずそうに視線を落とした。
瑠麗はさっきまでの自信満々のリウリーらしい顔から、不安そうに、懇願するように翡雲様に言った。
「翡雲様、どうかお礼をさせてください。私が今、ここにいられるのは、何度も泰然に追い出された私を救ってくださった翡雲様のお陰なのです」
「あ、ああ。少し頭の中を整理したい。寝不足で全く頭が回らない、少し寝かせてくれ」
「はい、ごゆっくりお休みくださいませ」
瑠麗は食堂の入り口まで翡雲様に付き添って見送ると、私のところへと一直線に戻ってきた。
「雪燕、私、翡雲様に気味悪がられていない? 一度も目を合わせてもらえなかったの」
「そんなことないと思うわ。きっと、密仙国との婚約の話も出ているし、色々と考えたいのではないかしら?」
「そうだといいんだけど」
瑠麗は椅子にドカッと腰を下ろすと、机に突っ伏してしまった。その様子を呆れたように見ていた泰然様は、私に尋ねた。
「瑠麗は、今までも、こんな感じで雪蘭と話していたのか?」
「泰然は黙ってて」
「おい、俺に八つ当たりをするなよ。別に礼をしてほしい訳では無いが、治療したのは俺だぞ。翡雲との態度の差が激しくないか?」
瑠麗は顔を上げると、頬を膨らませながら泰然様を睨みつけた。
「あんたは私を治療してすぐポイッてしたでしょ。外は寒いし、すんっごく辛かったんだから!? 私は翡雲様と雪燕にお礼ができたらそれでいいの」
「そうか、……では、そうすればいい。俺も失礼する」
少しムッとした表情で泰然様が立ち上がると、なぜか瑠麗は彼の袖を掴んで止めた。
「あ、ちょっと待って。まあ、治療してくれたのは、アレだし、お礼にこの谷の秘密を教えてあげるわ」
「谷の秘密?」
「うん。実はね、死色の深淵の谷を作ったのは、密仙国なの」




