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醜い私にサヨウナラ〜捨てられ公主は深淵の谷で幸せになります〜  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第三章 元許婚が秘薬作りを理由に住み始めました

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025 仇討ち(泰然視点あり)

 泰然(タイラン)様が血を吐いて倒れた。

 これは夜の毒の影響だ。

 嫌だ、怖い。そんな言葉が頭の中を埋め尽くしていく。


 翡雲(フェイユン)様が泰然(タイラン)様を横に向けて寝かせ、背中を擦り血を吐き出させている。


「げ、解毒薬を飲ませてください。私は秘薬を作ります」

「出来るのか?」

「はい、あとはこの茸を裂いて、一緒に煮込むだけです」

「分かった、泰然(タイラン)とリウリーは、私が診る。そっちは任せた」

「はい」


 泰然(タイラン)様、顔色が悪かった。

 リウリーも傷は深くないものの、出血のせいか気絶していた。


 私がどうにかしないと……。大丈夫、作り方は何度も、泰然(タイラン)様と一緒に巻物を読んだ。

 最後は作業としては一番簡単だから、落ち着いてやれば出来る。


 泰然(タイラン)様の部屋へ駆け込み、三つの調合鍋に火をつけ温度を上げた。

 沸騰したら、裂いた茸を入れ、紫色になったら火を止め、透明になるまで混ぜるのだ。

 黒に近い紫色、三つともいい反応だ。

 でも、こんなに濁っているのに、透明になるのだろうか。


 いや、今はやるのみ。考えるより動け。

 レンゲでかき混ぜていると、不思議なことに色がどんどん失われ透明化していった。


「できた……」


 残りの二つも、かき混ぜると、全て透明な液体になった。

 これが、秘薬?

 皿に秘薬? を移し替え、盆に乗せて泰然(タイラン)様のところへと急ぐ。

 解毒薬は飲めただろうか。効果はあっただろうか。


 もう、笑って身体を起こしてくれていたらいいのに。

 大丈夫、大丈夫だと言い聞かせて着いた先には、翡雲(フェイユン)様の膝の上で静かに寝ている真っ青な顔の泰然(タイラン)様の姿があった。


 髪も爪も紫色に染まり、一目で危険な状態だと分かる。


「秘薬が、恐らく完成しました。飲めるでしょうか?」

「駄目だ、解毒薬もすべて血と一緒に吐いてしまった。それに、今は──息を……していない」

「そ、そんな……」


 息をしていない?

 その状態で、秘薬を飲み込むことができるのだろうか。

 でも、よく考えるんだ。


 私は似た光景を見たことがある。

 兄が池で溺れたとき、あのときも兄は息をしていなかった。

 

翡雲(フェイユン)様、泰然(タイラン)様を床に寝かせてください。息を吹き込みます」

「息を?」

「兄が池で溺れたとき、慧王殿下がしていたのです。早くっ」

「分かった」


 仰向けに寝かせた泰然(タイラン)様の顎を持ち上げ鼻をつまんで塞ぎ、血で濡れた口を開く。私は息を大きく吸い込んで、それを泰然(タイラン)様へと吹き込んだ。

 駄目だ、でも、もう一度。慧王殿下は、何度もそうして兄は息を吹き返した。

 だからきっと──。


「ゲホッ……」


 血を吐き出した泰然(タイラン)を横に向け、私は背中を擦りながら名前を呼んだ。


泰然(タイラン)様っ!?」

「ゴホッ、しゅ……」

「喋らなくていい。雪蘭(シュウラン)が秘薬を煎じてきたぞ。飲め」


 膝に泰然(タイラン)様の頭を乗せ、微かに開いた口へ蓮華で薬を流し込む。それを何度も繰り返した。


 どうか効いてください。

 どうか泰然(タイラン)様を助けてください。


 誰へ祈るかも分からないまま、私は心の中でそう叫び続けた。


雪蘭(シュウラン)っ! 爪を見ろ」


 紫色だった爪が薄桃色へと戻っていく。髪色はそのままだけど、頬にも赤みが差したように見える。


雪蘭(シュウラン)、よくやった」


 翡雲(フェイユン)様が、頭をくしゃっと撫でてくれた。泰然(タイラン)様の口元に顔を近づけると、微かに息がかかる。

 良かった、呼吸をしている。そして心臓に手を当てると、トクンと鼓動を感じられた。


「よ、よかった……」


 泰然(タイラン)様は生きてる。ホッと安心した瞬間、急な目眩がして、私は意識を手放してしまった。



 ****


雪蘭(シュウラン)!?」


 そう叫んで身体を起こすと、隣で雪蘭(シュウラン)が寝ていた。

 寝台の横では、椅子に腰掛けたまま翡雲(フェイユン)が寝ていた。その膝上には、包帯を巻かれたリウリーが寝ている。

 ここは雪蘭(シュウラン)の部屋だ。


「朝……」

「ん? 泰然(タイラン)、起きたか」


 俺の声に反応して、翡雲(フェイユン)が目を覚ました。


翡雲(フェイユン)雪蘭(シュウラン)に怪我は?」

「ない。それより自分のことを心配しろ。身体は平気か?」

「ああ、大丈夫だ。ただ……」


 口の中が鉄臭い。

 そうか、たしか狼を追い払い屋敷に戻ったあと……。


「昨夜のこと、覚えているか?」

「ここに戻ってからのことは、あまり覚えていない」

「そうだよな。簡単に説明するとだな、血を吐いて倒れたお前の代わりに雪蘭(シュウラン)が秘薬を煎じた。できた秘薬は三つ。薬瓶に入れておいた。そのうちの一つを雪蘭(シュウラン)がお前に飲ませようとしたが、お前は息をしていなかったんだ」

「えっ?」

「それで、雪蘭(シュウラン)がお前を蘇生させて、それから秘薬を飲ませた」

「蘇生……?」

「慧王殿下の真似だそうだ」

「なぜまた父上の名前が……」

「まあ、後で雪蘭(シュウラン)に聞いてみるといい。さて、元気そうだから部屋で寝てくる。リウリーが怪我をしている。薬を塗っておいたが診てやってくれ」


 翡雲(フェイユン)は大きな欠伸をしながら、俺にリウリーを託すと部屋を出ていった。


 秘薬が完成した。全く実感がない。

 

 谷の毒に効くことは証明されたが、疫病まで効くのだろうか。書物に書かれた通りの反応を起こして完成したなら、そうであるだろうが、実際に見ていないので、雪蘭(シュウラン)の話を聞きたい。

 それから、リウリーにも試してもらわなくては。


「二人とも起きてからだな」


 雪蘭(シュウラン)とリウリーが作った薬だ。

 二人で試してもらおう。


 リウリーの包帯を取り傷の確認をする。

 痛々しい狼の爪痕がくっきりと残っていた。


 命がけで雪蘭(シュウラン)を助けてくれたのだろう。


「ありがとう、リウリー」


 リウリーの傷には、薬は丁寧に塗り込まれていた。

 このままもう少し様子を見てから、また後で処置をしよう。


 雪蘭(シュウラン)はまだ隣で眠っていた。

 俺の息が止まっていたということは、彼女は命の恩人だ。

 早く目覚めないだろうか。礼が言いたい。

 随分と無理をさせてしまっただろう。


 瞼にかかった紫色の髪に触れると、瞳がピクリと動いた。


「……ん? 泰然(タイラン)様?──た、泰然(タイラン)様っ、身体は大丈夫ですか!!」


 雪蘭(シュウラン)は、目覚めてすぐに大声を出して起き上がった。元気そうで何よりだ。


「ああ、お陰様で。雪蘭(シュウラン)、ありがとう」


 笑顔を向けてくれた雪蘭(シュウラン)が可愛くて愛おしくて、抱き寄せようとしたが、腕の中のリウリーに阻まれてしまった。


「リウリー、起きたのか?」

『フゴッフゴフゴフゴッ!!(泰然(タイラン)、生きてるじゃない!!)』


 起きて早々、リウリーも元気に騒ぎ出すと、雪蘭(シュウラン)の胸に飛び込んでいく。

 

「リウリー、昨日は本当にありがとう。傷は痛むの?」

『フゴゴッ、フゴッ!? フゴフゴ~(秘薬で治ると思う。あるんでしょ!? 早く早く~)』

「何と言っているのだ? なんとなく急かしているような」

「はい、秘薬を試したいと言っています」

「そうだな。リウリーに試してもらおう」


 二人で部屋に残り、秘薬を試すことになった。

 さて、どうなるだろうか。

 秘薬の残りの一瓶は、今俺の手の中にある。

 皿に移し確認したところ、液体は透明だった。


 これが秘薬。

 長年、何人もの薬師が追い求めた万病に効く薬なのか。


 しばらく眺めていると、雪蘭(シュウラン)がパタパタと部屋まで駆けてきて俺を呼びに来た。


泰然(タイラン)様の言った通りでした。リウリーの呪いが解けて、その……。詳しくは本人から聞いてください」

「呪いが解けたのか?」

「はい」


 やっと、秘薬が完成した。

 これで、母の仇討ちができた。

 

 ほとんど雪蘭(シュウラン)のお陰だけれど。


 改めて礼を言おうとしたが、雪蘭(シュウラン)は落ち着かない様子で俺の袖を引いた。


翡雲(フェイユン)様もお呼びして、食堂でお話したいことがあるんです。よろしいですか?」

「ああ、では起こしてから行こう」


 礼は落ち着いてからにしよう。

 俺は寝ていた翡雲(フェイユン)を起こして、リウリーが待つ食堂へと三人で向かった。






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