025 仇討ち(泰然視点あり)
泰然様が血を吐いて倒れた。
これは夜の毒の影響だ。
嫌だ、怖い。そんな言葉が頭の中を埋め尽くしていく。
翡雲様が泰然様を横に向けて寝かせ、背中を擦り血を吐き出させている。
「げ、解毒薬を飲ませてください。私は秘薬を作ります」
「出来るのか?」
「はい、あとはこの茸を裂いて、一緒に煮込むだけです」
「分かった、泰然とリウリーは、私が診る。そっちは任せた」
「はい」
泰然様、顔色が悪かった。
リウリーも傷は深くないものの、出血のせいか気絶していた。
私がどうにかしないと……。大丈夫、作り方は何度も、泰然様と一緒に巻物を読んだ。
最後は作業としては一番簡単だから、落ち着いてやれば出来る。
泰然様の部屋へ駆け込み、三つの調合鍋に火をつけ温度を上げた。
沸騰したら、裂いた茸を入れ、紫色になったら火を止め、透明になるまで混ぜるのだ。
黒に近い紫色、三つともいい反応だ。
でも、こんなに濁っているのに、透明になるのだろうか。
いや、今はやるのみ。考えるより動け。
レンゲでかき混ぜていると、不思議なことに色がどんどん失われ透明化していった。
「できた……」
残りの二つも、かき混ぜると、全て透明な液体になった。
これが、秘薬?
皿に秘薬? を移し替え、盆に乗せて泰然様のところへと急ぐ。
解毒薬は飲めただろうか。効果はあっただろうか。
もう、笑って身体を起こしてくれていたらいいのに。
大丈夫、大丈夫だと言い聞かせて着いた先には、翡雲様の膝の上で静かに寝ている真っ青な顔の泰然様の姿があった。
髪も爪も紫色に染まり、一目で危険な状態だと分かる。
「秘薬が、恐らく完成しました。飲めるでしょうか?」
「駄目だ、解毒薬もすべて血と一緒に吐いてしまった。それに、今は──息を……していない」
「そ、そんな……」
息をしていない?
その状態で、秘薬を飲み込むことができるのだろうか。
でも、よく考えるんだ。
私は似た光景を見たことがある。
兄が池で溺れたとき、あのときも兄は息をしていなかった。
「翡雲様、泰然様を床に寝かせてください。息を吹き込みます」
「息を?」
「兄が池で溺れたとき、慧王殿下がしていたのです。早くっ」
「分かった」
仰向けに寝かせた泰然様の顎を持ち上げ鼻をつまんで塞ぎ、血で濡れた口を開く。私は息を大きく吸い込んで、それを泰然様へと吹き込んだ。
駄目だ、でも、もう一度。慧王殿下は、何度もそうして兄は息を吹き返した。
だからきっと──。
「ゲホッ……」
血を吐き出した泰然を横に向け、私は背中を擦りながら名前を呼んだ。
「泰然様っ!?」
「ゴホッ、しゅ……」
「喋らなくていい。雪蘭が秘薬を煎じてきたぞ。飲め」
膝に泰然様の頭を乗せ、微かに開いた口へ蓮華で薬を流し込む。それを何度も繰り返した。
どうか効いてください。
どうか泰然様を助けてください。
誰へ祈るかも分からないまま、私は心の中でそう叫び続けた。
「雪蘭っ! 爪を見ろ」
紫色だった爪が薄桃色へと戻っていく。髪色はそのままだけど、頬にも赤みが差したように見える。
「雪蘭、よくやった」
翡雲様が、頭をくしゃっと撫でてくれた。泰然様の口元に顔を近づけると、微かに息がかかる。
良かった、呼吸をしている。そして心臓に手を当てると、トクンと鼓動を感じられた。
「よ、よかった……」
泰然様は生きてる。ホッと安心した瞬間、急な目眩がして、私は意識を手放してしまった。
****
「雪蘭!?」
そう叫んで身体を起こすと、隣で雪蘭が寝ていた。
寝台の横では、椅子に腰掛けたまま翡雲が寝ていた。その膝上には、包帯を巻かれたリウリーが寝ている。
ここは雪蘭の部屋だ。
「朝……」
「ん? 泰然、起きたか」
俺の声に反応して、翡雲が目を覚ました。
「翡雲、雪蘭に怪我は?」
「ない。それより自分のことを心配しろ。身体は平気か?」
「ああ、大丈夫だ。ただ……」
口の中が鉄臭い。
そうか、たしか狼を追い払い屋敷に戻ったあと……。
「昨夜のこと、覚えているか?」
「ここに戻ってからのことは、あまり覚えていない」
「そうだよな。簡単に説明するとだな、血を吐いて倒れたお前の代わりに雪蘭が秘薬を煎じた。できた秘薬は三つ。薬瓶に入れておいた。そのうちの一つを雪蘭がお前に飲ませようとしたが、お前は息をしていなかったんだ」
「えっ?」
「それで、雪蘭がお前を蘇生させて、それから秘薬を飲ませた」
「蘇生……?」
「慧王殿下の真似だそうだ」
「なぜまた父上の名前が……」
「まあ、後で雪蘭に聞いてみるといい。さて、元気そうだから部屋で寝てくる。リウリーが怪我をしている。薬を塗っておいたが診てやってくれ」
翡雲は大きな欠伸をしながら、俺にリウリーを託すと部屋を出ていった。
秘薬が完成した。全く実感がない。
谷の毒に効くことは証明されたが、疫病まで効くのだろうか。書物に書かれた通りの反応を起こして完成したなら、そうであるだろうが、実際に見ていないので、雪蘭の話を聞きたい。
それから、リウリーにも試してもらわなくては。
「二人とも起きてからだな」
雪蘭とリウリーが作った薬だ。
二人で試してもらおう。
リウリーの包帯を取り傷の確認をする。
痛々しい狼の爪痕がくっきりと残っていた。
命がけで雪蘭を助けてくれたのだろう。
「ありがとう、リウリー」
リウリーの傷には、薬は丁寧に塗り込まれていた。
このままもう少し様子を見てから、また後で処置をしよう。
雪蘭はまだ隣で眠っていた。
俺の息が止まっていたということは、彼女は命の恩人だ。
早く目覚めないだろうか。礼が言いたい。
随分と無理をさせてしまっただろう。
瞼にかかった紫色の髪に触れると、瞳がピクリと動いた。
「……ん? 泰然様?──た、泰然様っ、身体は大丈夫ですか!!」
雪蘭は、目覚めてすぐに大声を出して起き上がった。元気そうで何よりだ。
「ああ、お陰様で。雪蘭、ありがとう」
笑顔を向けてくれた雪蘭が可愛くて愛おしくて、抱き寄せようとしたが、腕の中のリウリーに阻まれてしまった。
「リウリー、起きたのか?」
『フゴッフゴフゴフゴッ!!(泰然、生きてるじゃない!!)』
起きて早々、リウリーも元気に騒ぎ出すと、雪蘭の胸に飛び込んでいく。
「リウリー、昨日は本当にありがとう。傷は痛むの?」
『フゴゴッ、フゴッ!? フゴフゴ~(秘薬で治ると思う。あるんでしょ!? 早く早く~)』
「何と言っているのだ? なんとなく急かしているような」
「はい、秘薬を試したいと言っています」
「そうだな。リウリーに試してもらおう」
二人で部屋に残り、秘薬を試すことになった。
さて、どうなるだろうか。
秘薬の残りの一瓶は、今俺の手の中にある。
皿に移し確認したところ、液体は透明だった。
これが秘薬。
長年、何人もの薬師が追い求めた万病に効く薬なのか。
しばらく眺めていると、雪蘭がパタパタと部屋まで駆けてきて俺を呼びに来た。
「泰然様の言った通りでした。リウリーの呪いが解けて、その……。詳しくは本人から聞いてください」
「呪いが解けたのか?」
「はい」
やっと、秘薬が完成した。
これで、母の仇討ちができた。
ほとんど雪蘭のお陰だけれど。
改めて礼を言おうとしたが、雪蘭は落ち着かない様子で俺の袖を引いた。
「翡雲様もお呼びして、食堂でお話したいことがあるんです。よろしいですか?」
「ああ、では起こしてから行こう」
礼は落ち着いてからにしよう。
俺は寝ていた翡雲を起こして、リウリーが待つ食堂へと三人で向かった。




