024 狼との攻防
枯れ木の中を覗くと、びっしりと生えた白く光る茸の合間に、光っていない茸があった。
「光っていないんじゃない。これが紫色の光の茸……」
『それっぽいわね。そういう匂いがするわ』
白い光が強くて、紫色に光る茸は霞んで見えた。
枯れ木の大木の中に入り、茸を採ろうと手を伸ばした時、外が騒がしくなった。
狼の雄叫びに、イノシシの荒い息が混ざる。
遠吠えが近くから、そして遠くからも聞こえる。
仲間を呼んでいるのだ。
『やっば、来たっぽいわね。数が増える前に戻りましょう』
「うん」
私は急ぎつつも丁寧に茸を採り、用意していた木箱に入れた。一つ、二つ、それからこっちにもある。
全部で三つ、紫色に光る茸を採取した。
まだあと二つあるけれど、このままにしておこう。
泰然様が用意してくれた鍋は三つ。
多くても茸は三つまで採取することにしようと話していたのだ。もし、道中何かあって茸を失っても、来月の満月に、また挑戦できるように。
私は木箱の蓋を閉め、布で二重にくるみ、それを背中に背負って胸のところで結び目をきつく締めた。
「採れたわ、外はどんな様子?」
『友達が狼を蹴散らしてくれてる。なるべく静かに行くわよ』
「うん」
この間紹介してもらったイノシシのそのまた友達も来てくれて、今日は五頭のイノシシが集まってくれた。でも、なるべく怪我はしてほしくないから、狼の数が増えてしまったら、逃げてほしいと伝えてある。
逃げるときは、狼の注意を引いて屋敷とは逆方向に逃げ、囮になってくれるそうだ。
イノシシさん達、勇敢すぎませんか。友達だというだけでこんなに助けてくれるなんて、今度見かけた時にお礼しよう。
なるべく水音がしないように、光る道の上を歩く。
屋敷側の池の畔で数匹の狼がイノシシに追いかけられている姿が見えた。
池から上がり、濡れて重くなった靴を履き替えた。
幸い、狼はこちらには気づいていない。
『この数ならまだ余裕、イノシシ達と合流するわよ』
「うん」
池を迂回するようにして走り、イノシシたちのところへ行こうとした時、脇の草むらがザワついた。振り返るよりも前へ走ることを選んだけれど、獣の唸り声に背筋がゾッとする。
『そのまま行って!』
後ろからリウリーの声がすると、狼の足音が止まり、ズシャッと地面に何かが叩きつけられる音がした。嫌な予感がして、背筋がビクッと強張った。
振り返ると、リウリーが金色の瞳の狼の前足に踏みつけられていた。後ろにも数頭の狼の影が見える。リウリーは背中から血を流し、狼の爪痕がくっきりと刻まれていた。
焦るな、落ち着け。
私は持っていた松明に火をつけ、狼へ向け一歩前に出た。
「離しなさい!」
狼は引くことなくこちらを睨み、牙を剥き出しにして唸り声を上げる。怯むな、引くな、自分。
震える手で爆竹を取り出し、松明で火をつけ狼に投げつける。パンッと何度も弾ける音がして、狼が後ろに退いたところでリウリーを拾い上げた。
大丈夫、傷は深くはない。それに、後ろからイノシシ達の足音が近づいてくる。
『ありがと……』
「しゃべらないで、少し我慢しててね」
布を開きリウリーを包んでいると、イノシシ達は私を通り過ぎて、爆竹で怯んだ狼の群れへと突進していった。
イノシシ達が気を引いてくれている内に、急がなくちゃ。
「いくよ」
『うん』
あとは屋敷まで走り切るのみ。
池を離れ山道を走る。山道には怪我をして足を引きずる狼が何頭もいた。でも、動ける狼はイノシシ達が引きつけてくれている。
走り抜けていくと、遠くに明かりが見えた。
屋敷の周りには篝火が焚かれている。
もうすぐだ。だけど、すぐ後ろまで迫る狼の足音と荒い息遣いが聞こえていた。
多分、追いつかれる。剣を抜くのは接近されたらだ。
その前に、もう一度、爆竹で牽制する。
私は松明を前へと突きだし後ろを振り返った。
炎に驚き立ち止まる狼に向かって、松明を揺らし牽制する。
リウリーを抱えているから左手は使えない。右手に持った松明を狼に向かって投げ、次いで懐の爆竹を火へ向かって投げつけようと思った。
しかし爆竹がない。もしかして落とした?
『雪燕、しゃがんでっ』
「えっ?」
この状況でしゃがんで何が出来る?
狼は火の前でウロウロと歩きこちらを睨みつけ、いつ飛びかかってくるか分からない。そして後ろからも数匹の狼が追いついてきて、前で立ち止まる狼を飛び越えこちらへ大きく跳ね上がった。
右手を剣の柄にかけたその時──。
「伏せろっ!!」
後ろから声がして、リウリーに覆いかぶさるようにして地面に顔をつけた。
ヒュッと何かが空を切る音がして、何頭もの狼が甲高い声で苦しむ声が耳に届いた。
顔を上げると、狼達に何本もの矢が突き刺さっていた。
「動くなっ、そのまま伏せていろ!」
また雨のように矢が降ってきた。狼達の悲鳴と逃げていく足音がして、そして、後ろから腕を引かれた。
「雪蘭っ、怪我はないか!?」
「泰然様っ」
振り返ると、濃い緑色の瞳と目が合った。
顔に布を巻き、なるべく毒を吸い込まないように対策はされているけれど……。
『喋らないで!』
「えっ?」
「歩けるか? 屋敷へ戻るぞ」
『泰然に、喋らないでって伝えて! 毒を吸い込んでしまう』
リウリーが、必死で声を上げた。
でも、泰然様には分からないはずだから、私が急いで通訳した。
「しゃ、喋らないでください、毒を吸い込むからって、リウリーが……。私は歩けます、早く戻りましょう!」
泰然様は無言で頷くと私を立たせ、二人で屋敷まで走った。
屋敷へ入ると、入り口の目の前で翡雲様が待っていてくれた。
「大丈夫か、二人とも!?」
「リウリーが怪我をしました。茸は手に入れたのですが、泰然様、手当てを──」
振り向くと泰然様が翡雲様へ倒れ込む姿が目に映った。
「た、泰然様っ!?」
「ゲホッ……ゴホッ……」
泰然様は真っ赤な鮮血を吐き、青白い顔でその場に崩れ落ちた。




