023 要の材料
今日は満月だ。天気が良く、雲一つない空だ。
これから私は秘薬作りの要である茸の採取を行う。
狼が出た時のために、爆竹と撒き菱と松明を持ち、剣舞で使い慣れた剣を腰にさす。
護衛はリウリーと、そのお友達のイノシシさんの予定だ。
秘薬はほぼ調合済みで、あとは最後の材料を入れて煮込むだけの状態の鍋を、うまくいかなかった時のために三つほど、泰然様が準備してくれている。
茸が紫に光るのは満月の夜だけ。秘薬の書によると、夜の内に収穫して満月が輝いている間に調合しなければならないのではないかと思われている。
池の島はほぼ水没しているから、火を使うことはできない。屋敷に持ち帰って作らなければならないのだ。
暗くなってから屋敷を出ようと思っていたけれど、泰然様の提案で、日が沈む前に枯れ木の中へ泰然様も一緒に行き、日が落ちる前に泰然様は屋敷に戻り待機する。という流れになった。
「なんだか、昨日見た時より大きくなっていませんか?」
「ああ、でかくなっているな」
池を歩いた時も思ったけれど、ふかふかした感じが、もっと、もこふわっていうか、もこぷにというか、質量が増えて弾力性が増していた気がした。
島に着き、枯れ木の中を覗いてそれが茸の成長のせいだと確信した。
桃色の丸い茸が成長しても、巻物が置かれていた場所には生えておらず、ぽっこり穴が空いているように見えた。
「これが全部、紫に光る茸なのでしょうか?」
「どうだろうか、祖父が亡くなってから、五年くらい経つ、それまでにも増えたのか、それとも、この中の一つだけなのか」
「私が見て、確かめます」
「……無理はするなよ」
「はい、リウリーがいますし、私、足は速いので大丈夫です」
「確かに俺よりも速い。翡雲から剣舞を習い、剣も扱えるかもしれない。しかし、もし狼に遭遇しても、逃げろ。自分の身の安全を一番に考えろ。数が多ければ、この島で朝まで待つことも考えてくれ。狼は水が苦手だ。この島には来れない」
ここに来るまでに何度も確認しあった言葉だ。
それでも心配なのか、今一度確認するかのように泰然様は言った。
「分かっています。ですが、リウリーのお友達も手伝ってくれているので大丈夫ですよ」
「やっぱり残ろうかな」
山道で待つイノシシ達へ目を向けると、泰然様はそう呟いた。
「えっ、駄目ですよ」
「雪蘭の血液から作った解毒薬を飲んだから、おそらく少しは」
『あんなちょっとの量じゃムリでしょ』
「量が少なすぎるってリウリーが言っています」
「余計なことを……」
自慢げな顔のリウリーと泰然様が睨み合っている。
「私なら大丈夫です。呪われていても、毒の白粉で肌が爛れても、この谷に落ちても、こうして生きている強運の持ち主ですから」
安心させようと思って言ったのに、泰然様はもっと不満そうな顔をして、そして私をギュッと抱きしめた。泰然様の胸に顔が埋まってしまうくらい強く抱きしめられて、少し苦しい。
「た、泰然様っ?」
「このまま離したくない」
切ない声で耳元で囁かれた。
私だって、ずっとこのままだったら幸せだけど。
「……私は、大丈夫ですよ」
「ん?」
「泰然様の力になれるのが嬉しくて、少しも怖くなんかないんです。だから私が戻るのを待っていてください」
身体をそっと離し、私の目を見つめて、泰然様は根負けしたのか、ため息をついた。
「わかった、寒くないか?」
「はい、泰然様がくださった手炉もありますので」
手にすっぽりと収まる手炉には炭が入っていて、ここに来る前に泰然様が用意してくれたのだ。
「そろそろ陽が落ちます」
「ああ、屋敷で待ってる」
泰然様の背中を見送ると、徐々に陽が落ち、辺りが暗くなっていく。狼が現れたとき、私がいる場所に気付かれないように、松明は火を灯していない。でも、暗くなればなるほど、月明かりが存在感を増す。
完全に日が落ちたとき、リウリーが池の島に戻ってきた。ちゃんと屋敷に戻るか心配だったので、泰然様の後をこっそりつけて屋敷まで見送ってきてもらったのだ。
『ちゃんと戻ってたわよ~。二人とも熱々ね』
「良かった。ありがとう、リウリー。私……絶対に茸を採って屋敷に戻るわ。泰然様のことが、すごく好きなの。だから。泰然様の夢を、一緒に叶えたいの」
『大丈夫、絶対に私が守ってあげるから』
フゴフゴと鼻息を荒くして、自信たっぷりのリウリー。
「リウリーは、なんでそんなに私のことを助けてくれるの?」
『うーん、普通に雪燕のことが好きだし。あとは、これは私にも必要だから……自分のためでもあるのよ』
──アオーーーーン。
その時、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。
『げ、もう来た。多分だけどね、狼も、この茸を狙ってるのかもしれないの』
「えっ、そうなの!?」
『うん、泰然に言ったら絶対に止められると思ったから黙っていたわ。ごめんなさい』
「ううん、先に言ってくれていても、私も泰然様に言わなかったと思う」
だから、狼は満月の夜に現れるんだ。
でも、水が苦手だから、ここへは来られないのね。
『雪燕、ありがとう。──あ、満月だわ。満月って、生き物たちが活性化するそうよ。この茸もそうなのかもね』
「生き物が活性化……確かに、私も満月の晩はいつもワクワクしていたわ」
『そうなの? やっぱり雪燕って面白いわよね。可愛くてたおやかで大人しそうなお嬢様って感じなのに、身体を動かすのが得意で野生児っぽい感覚をもっててさ。そういうところ、好きよ』
見た目と中身が違って、チグハグだから面白いってことかしら。
「今のは、褒めているの?」
『もちろんよ。雪燕とは、ずっと友達でいたいな……。あ、その前に、イノシシなんかと友達だなんて思ってないか』
「友達って思ってもいいの?」
『えっ、私のことどう思っていたの?』
「なんでも相談できる先生とか、お姉さんみたいに思っていたわ」
『ふふ~ん。お姉様って呼んでもいいわよ』
「ふふっ、友達がいいな」
『了解! あ、あれ見て』
リウリーが鼻先で示したのは池の方だった。
振り返ると、池の上に白い光の道ができていた。




