017 紅葉の木の下で(翡雲/泰然視点あり)
リウリーを追いかけ橋を降りる。すると、走っていった紅葉の木の裏でうずくまっているリウリーを見つけた。
「気を遣ってくれたのか?」
私はイノシシに何を聞いているのだろう。
しかし、リウリーは器用に首を縦に振って答えてくれた。
「そうか、お前にはいつも助けられてばかりだな」
私はリウリーの隣に腰を下ろし紅葉の木を見上げた。
一時期、泰然とうまく行かない時期があった。
あの屋敷にこもり数年が経ち、なんでも一人でできるようになってしまった泰然は、皇子である私が屋敷に来るのはいかがなものかと、使用人のみならず私まで屋敷に近づくなと言い出したのだ。
そんな時に拾ったのがこのイノシシだった。
この子の治療を言い訳に屋敷に押しかけ、なんとか入れてもらえたのだ。
それからも何度かこの子がいるおかげで屋敷に入れてもらえ、泰然との繋がりが途絶えずに済んだ。
しかし、いずれまた泰然に拒絶される日が来るのではと恐れた私は、料理の腕を磨き、泰然の胃袋を掴むことで屋敷通いが認められるようになった。
拒絶されるのは辛いことだ。
泰然とは、こうして関係を築くことができたけれど、今度はどうしたらよいものか。
「自信なんてこれっぽっちもないのにな……。今だって、はっきり断られるのが嫌で、いい人の振りをして逃げてしまった。雪蘭の心を掴むのは、私には無理なことなのだろうか」
『フゴゴ(そんなことない)』
リウリーは首を横に振ってポツリと言った。
励ましてくれたようだ。
「しかし、分かってはいたんだ。初めて雪蘭としての彼女と出会った時から感じていた。この娘は泰然を想っているのだなと」
とてもお似合いだと思った。
一人だった泰然の心の支えになれる人が現れたのだと、心の底から嬉しかったんだ。
ただ、その相手が雪燕にとても似ていて、それだけが心に引っかかっていた。
「雪燕に似ていると思っても、泰然を想う彼女が雪燕であってほしくなくて、ずっと彼女は雪燕じゃないと心の中で否定し続けてきたのだ」
だけど、彼女は本当に雪燕だった。
雨ごいの舞を見て確信した。
でも彼女は自分のことを、雪燕でした、と言ったんだ。
「あの頃には戻れないことはわかっている。でも、これからは雪蘭としての彼女の一番になりたかった」
でも、拒絶されてしまった。
「困らせたくなかった、嫌な気持ちにさせたいわけじゃなかった。でもやはり、彼女が望む未来に自分は居ないのだと、認めざるを得ないことが」
──辛い。
けれど、それを私が口にする資格はない。
私は雪燕が一番つらいときに、彼女に同じことをしてしまった。
ただそれが自分に返ってきただけなのだから。
『フゴ、フゴゴゴ(好き、私は翡雲様が好きよ)』
リウリーは、鼻を擦り寄せ、多分、慰めてくれて、そして舞い落ちた紅葉の葉を口で掴むと、私へ差し出した。
「くれるのか? ありがとう。では、私からも」
紅葉を受け取り、私も空を舞う紅葉を取りリウリーに渡した。口で受け取ったその紅葉を、リウリーは食べずにずっと口にくわえたまま、また私の隣にうずくまった。
「よしよし、ここは橋の上でもないし、お前と私は男女でもないから、結ばれることはないだろうが、こうして心は繋がれたのかもしれないな」
『フゴ(うん)』
ウリ坊と紅葉を交換した。こんなこと人に言ったら笑われてしまうだろうけれど、心が温かいもので満たされていく。
「リウリー、一緒に都に行かないか?」
『フゴッ?(えっ?)』
「宮殿に連れていけば、食材かと思われそうだが」
『フゴゴ?(えっ食材?)』
「大丈夫。すぐには食べられたりしないさ。まだリウリーは子供だからな」
『フゴー(えー)』
「はははっ、冗談だ。リウリーは宮殿へ連れて行っても、私が守る。ついてくるか?」
『フゴ!(うん!)』
リウリーは力強く頷いてくれた。
さっきまでは、紅葉を見ると泣きそうになっていたのに、リウリーと本当に会話ができているようで楽しくて、沈んだ気持ちは何処かへと飛んでいってしまった。
「よし、決まりだな。リウリーのおかげで気が晴れた。さて、今日は一日雪蘭を独占してしまったから、泰然にお返しをしなくてはならないな」
実は泰然に頼んでいたのだ。
雪蘭と二人きりになりたいと。
泰然になら、雪蘭を任せられる。あいつになら……。
橋の下で待っていた侍衛を呼び、私はある指示を出した。
****
知り合いの医師の店に顔を出した後、食材を買い付け馬車に積み、二人と待ち合わせている橋の近くに馬車を移動させた。
翡雲は気持ちを伝えたのだろうか。
二人仲良く手をつないで橋の上で待っていたら、何と声をかけたらいいのだろう。
そういうことも起こり得ることがわかっていながら翡雲の頼みを聞いたのだから、覚悟はしている。
覚悟? これはなんの覚悟だろうか。
雪蘭を都に送る覚悟?
彼女と離れる覚悟?
いつから彼女と離れることに覚悟などという気持ちが必要になったのだろう。
約束の時間まではまだあるので、露店通りを歩いていると、飴細工が目に入った。
ウサギの形をしていて、つい雪蘭を思い出し、リウリーの分もと思い二つ買った。
それから、蓮池に入るときはやはり靴があったほうがいいと思い、靴を探した。裸足だと滑りやすいし、あの靴は汚したくないと言っていたから、脱げにくく刺繍も華美でない靴を選んで買った。
町を歩いているうちに、気付いたら風車も買っていて、侍衛に「持ちましょうか」と声をかけられ、両手いっぱいに子供みたいなものばかり買っていることに気付き、恥ずかしくなった。
何をしているんだ俺は。
そろそろ橋へ行こう。あまり人通りの少ない待ち合わせ場所だが、夜になると逢引によく使われる所だと翡雲が言っていた。
大きな紅葉の木は遠目で見ても分かりやすく美しい。
小さな赤い橋は赤龍橋と名がつけられ、なんとも縁起がいい。
そうやって別のことばかり考えながら、二人が何をしていても大丈夫な様に気持ちを作り歩いていると、橋についてしまった。
しかし、橋の上には雪蘭が一人、紅葉の葉を訝しげに眺めながら立っていた。
その姿になぜかホッと胸をなで下ろし、俺は雪蘭の名を呼んだ。
「雪蘭、待たせたか?」




