016 大切な人
緑淵とは比べ物にならないくらい露店通りは人で溢れかえっていた。
飴細工の店もある。ここはウサギの形の飴で可愛らしい。隣のお店では風車が売っていて色鮮やかだし、他にも目を引くものばかりだ。
「飴でも買っていくか?」
「えっ?」
また欲しそうに見ていただろうか。恥ずかしい。
「そうか、子供扱いされるのは嫌なのだったな、では簪はどうだ?」
「いえ、いりません」
「せっかく来たのだから、何か土産を買っていこう」
「土産ですか?」
「それを見たら、今日のこの日をまた思い出せるだろう。これなんてどうだ?」
「イチョウの葉の簪ですか?」
イチョウの葉の形に細工された銀の簪に翡翠の玉がついていて、綺麗な簪だ。ここへ来る途中の銀杏並木を思い出す。
「よし、これにしよう」
私がずっと見ていたからか、そう言って翡雲様は私の髪に簪を刺してくれた。
「次は何か食べよう」
「は、はい」
町中でも芸を披露している人がいたり、楽団が演奏していたり、賑わう町を一通り楽しんでから、泰然様との待ち合わせ場所に向かった。
そこは水路にかかる小さな赤い橋で、外門から近い場所だからか、さっきまでとは打って変わって人通りが少ないところだった。近くに大きな紅葉の木があって、赤い葉を散らし、水路を彩っている。
人が少ないので、リウリーも翡雲様の背中の袋から飛び出てきて、さっき買った饅頭を食べながら一緒に橋の上から水路を流れていく紅葉を眺めた。
「泰然様、まだみたいですね」
「早く会いたいのか? 雪蘭はいつも、泰然ばかり見ているな」
「そうですか? 泰然様を見ていると、とても勉強になるんです。薬の取り扱いとか、人との接し方とか。泰然様は優しいから、私も泰然様みたいになりたくて、だから、ずっと見ていたくなるんです」
「確かに優しいが、あまり面倒見がいい男ではないんだけどな」
「そうですか? 私の身の回りのものとか一緒に選んでくれたり、買い方を教えてくれたり、手伝いがしたいと言えば、私でも出来そうな書き物のお仕事をくださったり、もう何から何まで助けていただいてばかりですよ」
「へぇー。全部……私がしてやりたかったな。谷で倒れていた君を、私が一番に見つけたかった。もう過去は変わらないけれど、これからは全部、私がしてもいいか?」
「えっ?」
翡雲様は、ひらりと舞い落ちる紅葉を空中で捕まえると、私へと手渡した。
真っ赤に染まった紅葉は、すべすべしていて触り心地が良く、小さくて可愛らしい。これもお土産だろうか。
「雪蘭、昨日話しただろう? この場所で互いに紅葉を贈りあった男女は結ばれるといわれているんだ。受け取ってくれて嬉しいぞ」
そう言って、翡雲様は私をフワリと両腕で包み込むように抱きしめた。翡雲様の鼓動が大きく早く耳に響く。
「これからは私をずっと見ていてほしい。そして、私が雪蘭を一番近くで見ていたい」
それは私と男女として結ばれて、妻に迎えたいと言う意味だろうか。
「それって……」
尋ねようとしたら身体を少し離されて、見上げると翡雲様と目が合った。私を求めるように熱のこもった瞳に驚いて目が離せないでいると、私の肩に添えられていた彼の手に力が入り、私の顔に翡雲様の顔が近づいてきた。
「いやっ……」
考えるより先に、咄嗟に叫んで顔を背けてしまった。
すると、翡雲様の手が肩から離れ、彼は欄干に腕を乗せ項垂れてしまった。
その背中が寂しそうで、申し訳ない気持ちになる。
「ご、ごめんなさい。驚いてしまって……」
「すまない、急ぎすぎてしまった。いや、違うな」
翡雲様は困った様に笑いながら、私の頭に手を置いた。戸惑いと緊張から、私の身体はビクっと身構えてしまった。
「今日は付き合ってくれてありがとう。もう嫌なことはしないから、そんなに構えないでくれ。さっきのことは、忘れてほしい」
私は小さく頷いて答えた。何か気の利いたことが言えればいいのに、言葉が出てこない。
「泰然のことが好きか?」
「えっ……?」
「ははっ、自覚していないのかもしれないが、顔に好きだと書いてあるぞ?」
「そ、そんなことあるわけ……」
「それが、あるんだよな。でも、言わなければ気持ちは伝わらない。──人はいつか死ぬ。それは明日かもしれないし今日かもしれないし、百年も先の話かもしれない。だから伝えられる内に言った方がいい。私は雪蘭を応援するぞ」
「応援……してくださるのですか?」
じゃあ、さっきの翡雲様は、私をからかっただけで、泰然様への気持ちを気づかせようとしてくれたのだろうか。
「もちろんだ。大切な人には、幸せになってほしいからな」
大切な人。そう呼んでくれるなんて。
雪燕の許婚が、翡雲様で本当によかった。
一緒になることはできないけれど、今も昔も、翡雲様は私の心を支えてくれる大切な人だ。
気持ちはちゃんと伝えた方がいい。
翡雲様にも、ちゃんと伝えなければ。
「翡雲様、ありがとうございます。私も翡雲様に幸せになってほしいです。翡雲様は、今も昔も、私を私として認めてくださって、いつも私の心の支えなんです」
「そ、そうか? もしや、気持ちを言葉にしたほうがいいと言ったから、実践してくれているのか?」
「はい、そうです。翡雲様は、いつも自分に自信があって、気持ちを真っ直ぐに言葉にできて、とても強い方です。ずっと尊敬しています」
「自信か……」
翡雲様は天を仰ぎ紅葉を見つめ、私は先ほど受け取った紅葉に視線を落とすと、足元をツンと突かれた。
「リウリー? あっ……」
リウリーに目をやると、彼女は走り出し、橋を駆け下り紅葉の木へと走っていってしまった。
「リウリー!?」
追いかけようとしたら、翡雲様に腕を掴まれ止められた。
「私が追いかける。雪蘭は、泰然を待っていてくれ」
「わかりました。お願いします」




