014 蓮池の枯れた巨木
リウリーに案内してもらい、蓮の大池の東側に来た。
空の青をそのまま映した水面に、緑色の大きな蓮の葉がたくさん浮かんでいて、空気が澄んだ綺麗な場所だ。
その池の真ん中には島があって、島と水面の境は苔で覆われ、その中央に枯れて朽ち果てた巨大な木がある。
「ほう、この辺りが浅いのだな」
私が靴を脱いでいると、泰然様はリウリーを抱え、さっそく池に足を入れていた。
「あっ、靴は脱がないのですか?」
「素足で入ったら怪我をするかもしれないぞ。あ、もう脱いだのか?」
「はい、靴を濡らすのも嫌で……」
泰然様と一緒に買ったこの靴は、履き心地がよくて、お気に入りになっていた。
「だったら、ほら」
泰然様はリウリーを降ろすと、私の前に背中を向けてしゃがみ込んだ。
これは、乗っていいと?
「いえいえ、そんな」
「あ、リウリーが行ってしまう。早く乗ってくれ」
「で、では失礼します」
私をひょいっと軽く背負うと、リウリーがザブザブ泳いで行く後ろを、泰然様は一歩一歩踏みしめながら歩いていく。
深さは脛辺りでリウリーが歩くには少し深過ぎるが、私たちなら簡単に進めそうだ。
「ん? 意外と……ふかふかしているな」
「ふかふかですか?」
「ああ、もっと泥で足を取られるかと思ったが、意外と柔らかく歩きやすい。藻なのか、水草なのか……」
そう泰然様が呟いている内に島へついた。リウリーは身体をブルブル振るって水気を取り私に駆け寄る。
『今歩いてきたところは、その巨木の上だったのよ。折れて池に沈んで、それが道になっているみたい』
「だからここだけ浅いのね」
『うん、木の表面は茸で覆われてるから、裸足で歩いても怪我しないと思うわ』
「えっ、先に言ってくれたらよかったのに」
『おんぶされた方が楽しいかなって』
「もう」
リウリーはいつもこうなんだから。
私が怒っている姿が面白かったのか、泰然様は何故か楽しそうに尋ねてきた。
「リウリーはなんと?」
「ここに来るまで、折れて池に沈んだその巨木の上を歩いていたそうです。表面は茸で覆われていて……きのこ?」
泰然様は私が動くよりも先に池に戻り、足元から真っ白で丸っこい茸を採り上げた。
「見たことのない種類だな」
「これ、使えますかね?」
「ああ、試してみよう」
「夜もとりあえず半刻ほどなら問題なく外にいられます。今夜、夜の池の様子も見に行っていいですか? リウリーも、そのお友達も一緒ですから」
「そうだな。取り敢えず、枯れた巨木も見てみよう」
やはり簡単には首を縦に振ってくれない。
夜はまだ、屋敷の前に出るだけで、リウリーと屋敷を囲う篝火の鑑賞をすることくらいしかしていない。
「間近で見ると、意外と大きいのだな」
「そうですね。きっと枯れていなかったら、龍神の池の畔に生えている御神木くらい立派な木だったと思います」
「御神木か……」
枯れて折れた巨木は泰然様の二倍くらいの高さまで残っていて、それより上の部分が池に沈んで道になったのだろう。
木の幹は泰然様と手を繋いで囲っても四分の一くらいしか囲えないほど大きい。
遠くからだと分からなかったけれど、洞窟の入り口みたいに裂けた部分があって、そこから巨木の中を覗くことができた。
「うーん、なんというか、枯れ果てているな」
「本当ですね」
さっき水中で見つけた茸が干からびてしまったような物が、空洞の中にびっしりこびりついていた。泰然様が指で突くと、それは砂のようにザラッと崩れてしまった。
「これも一応、茸だろうか。持ち帰ってみよう」
「はい」
粉を空の薬瓶に入れ、巨木の空洞から顔を出すと、リウリーが屋敷がある方角を見てフゴッと嬉しそうに息を吐いた。
待つように言ったのに。
「翡雲様だわ」
「おーい! 遅いから迎えに来たぞ~」
「全く、雪蘭、帰るぞ。ほら」
泰然様は、来た時同様、しゃがんで背中を私に向けた。
「あ、大丈夫です。裸足でも大丈夫だってリウリーが言っていたので」
「ああ、そうだったな」
ちょっと恥ずかしそうに立ち上がった泰然様は、私に合わせてくれたのか、自身も靴を脱ぎ裸足になった。
リウリーを先頭に、次は泰然様が裸足で池を進み、そして最後に私が池に足をつけた。
「きゃっ」
「大丈夫か?」
「思っていたより冷たくて」
こんなに冷たい水を泰然様は私を背負いながら歩いてくれていたのだ。
「やはり背負っていこうか?」
「いえ、すぐに慣れると思います。ひゃっ」
なにかが、ふにふにしてる。これは茸だろうか。
「気持ちいい。本当にふかふかですね」
下を見ながら歩くと自分の足が水面下に透けて見えて、白い茸のような影が揺れていた。
綺麗な水だ。山の湧き水でできた池なのだろう。
「そうだな。少しは慣れたか?」
「はい!」
顔を上げると、泰然と目が合った。
泰然様は、こちらを振り向いていて、私に手を差し伸べていた。
「この先滑りそうだ。手を」
「はい」
この辺りは白い茸も見えるけれど、大きな赤い傘の茸も生えていて、それがヌルヌルしていて滑りやすかった。
「おーい、雪蘭!?」
「えっ、きゃぁっ」
突然、近くから翡雲様に名前を呼ばれ、びっくりした私は足を滑らせてしまい、手を繋いでいた泰然様まで巻き込んで、派手な水飛沫を上げて池に尻もちをついてしまった。
泰然様は引っ張られて私に覆いかぶさるように前のめりに倒れ込み、私の目の前に、水を浴びた泰然様の顔があった。
「ご、ごめんなさいっ」
「ふっ、あはははっ。二人揃ってずぶ濡れだな。怪我はないか?」
「はい」
そう言って私の心配までして笑う泰然様の笑顔が眩しくて、濡れたはずなのに身体が熱く感じた。
「大丈夫か!? 二人とも、う、うわっ」
サブンっと波を立てて、助けに来たはずの翡雲が、私たち二人の手前で派手に池に沈んでいった。
浅瀬の道から外れてしまったのか、ブクブクと水面に泡が立つ。
「翡雲、おい、大丈夫か!?」
リウリーが猛烈な勢いで水中へ潜り翡雲様を引き上げ、泰然様がそれに加勢して救出し、事なきを得たけれど、一歩間違えたら危険だったかもしれない。
夜に池の近くに来るのはいいけれど、決して池には入らないようにと、泰然様に強めに言われてしまった。
しかし、池で採取した茸によって、秘薬作りが一歩前へと進むことになった。




