011 笑って聞き流して(翡雲視点)
二人は無事に帰ってきた。
と、喜んだのもつかの間、雪蘭の両手首に巻かれた包帯を見て愕然とした。
よく見たら頬も少し赤い気がするし、顎の辺りにも傷が見える。
「そ、それはどうしたのだ!?」
「俺から話す。雪蘭は部屋で休むといい」
「はい、失礼します」
二人は互いに目を合わさず、なんとなく他人行儀な会話をした。
そして雪蘭はリウリーを抱いたまま部屋へ行き、泰然は俺ともあまり目を合わさず、部屋で話そうとだけ言った。
俺は泰然の部屋に入り、扉を閉めてすぐに尋ねた。
「告白でもしたのか?」
「な、なんでそんなことを聞くんだ!?」
「いや、二人ともなんか余所余所しいし、気まずそうな感じ? でも、振られたって雰囲気でもなく……何があったんだ?」
「……まず、新しい舞姫に遭遇したことから話す」
泰然は赤い顔で動揺しながらも、一呼吸おくと、春燕と出会い、雪蘭が何をされたか話してくれた。
春燕が言った言葉も聞かされた。
泰然の口から聞いただけでも、怒りがこみ上げてくる。
だが、何も言わずに聞いた。泰然の方がよっぽど怒っているように見えたからだ。
そして沈家での話も聞いた。
泰然は、緑淵との絆を大切にしていた。
それを潔く切るとは驚いた。
それに、父親のことを口にすることも、その名を使って誰かを制することもしない奴なのに、雪蘭のためならそれもできるのか。
「今話した中で、何か分からないことは?」
「雪蘭は大丈夫か?」
「そうだな、リウリーがいるから大丈夫だろう」
「そうか。それと、緑淵でのことは、叔父上には泰然から報告するのか?」
「そうだな。知らせを送る。送らずとも、父上の耳には入るだろうが」
叔父の配下は碧砂国のどこの町にも潜んでいる。ここから知らせを送るより、そちらの報告のほうが早いだろう。
「だとしたら、雪蘭のことも叔父上の耳に入っているのでは?」
「えっ……」
「なぁ、俺は応援してるぞ。叔父上に掛け合ってやってもいいし、雪蘭と、うまくいかなかったのなら、仲を取り持ってやるぞ? 何が駄目で振られたんだ?」
「別に振られてはいない。告白はして……」
泰然は瞳を泳がせながら言い淀む。
分かりやすい奴だ。
「したのだな」
「…………したつもりはなかったのだが、そうとも取れるようなことを言ってしまったことは、自覚している」
ああ、これは自覚して益々雪蘭のことばかり考えてしまって好きで好きでどうしたらいいか分からなくなっている状況だな。
泰然にも、こんな可愛い一面があったとは。
「おお、よしよし。頑張ったな!」
「やめろ、頭をなでるな。この話は忘れてくれ、翡雲は……」
「私がなんだ? 私のことは気にするな。──そうだ、夕食はどうする? 雪蘭を呼んでも大丈夫だろうか?」
「そうだな、そういえば何も食べていない。雪蘭にも声をかけよう」
泰然が雪蘭の部屋に声をかに言ったが、扉から出てきたのはリウリーだった。
どうやら疲れていたようで、もう寝てしまっていたそうだ。
あの春燕の雑言を聞いたのだ。
疲れて当たり前だ。
例え自分のことでなくとも、優しい雪蘭は苦しかっただろう。
そうだ、泰然が梨をたくさんもらってきたから、それで甘い物でも作ろう。
翌朝、梨の氷砂糖煮を作っていると、香りに誘われ食堂に来たのは泰然だった。
泰然は鍋をのぞき込むと、大きく息を吸い込み香りを楽しんでいる。
「昔、母上がよく作ってくれた」
「ほぅ、雪蘭に作ったのだが、たくさんあるから、泰然も食べていいぞ」
泰然は背中に隠し持っていた小皿を出した。
最初からもらうつもりだったのだろう。可愛い奴だ。
「雪蘭はもう起きただろうか。知っているか?」
「少し気が乱れていたから、針を打った。そしたら元気になったと言って、外へ舞を踊りに行ったぞ」
「おい、今日は剣舞は休みにすると昨夜泰然には言ったじゃないか」
「身体に問題は無かったから、本人がそうしたいなら、俺は止めない」
梨の氷砂糖煮を口に運びながら、珍しく泰然らしくないことを言った。
昨日告白をして、少し気まずい状況なのだろうか。
「見てくる」
「ああ、俺は食べ終わったら部屋へ行く。試したい調合があるから戻ったら教えてくれ」
「わかった」
やっぱり少し変だ。
泰然はいつも雪蘭の近くにべったりなのに。
特に外に出る時は、目を離すことすらないくらいだった。
皿に梨の氷砂糖煮を盛り、それを持って外へ移動すると、切り株の上にリウリーがいた。しかしリウリーは私を一目見ると、屋敷の中へと走っていってしまった。
梨の氷砂糖煮の甘ったるい匂いが苦手だっただろうか。
雪蘭は喜んでくれるといいのだが。
いつも剣舞の練習をしている草のない拓けた場所へ目を向けると、雪蘭が既に舞を踊っていた。
しかし、それは剣舞ではない。
薄紅色の衣と同じ色の扇を持ち、こちらに背を向け華やかに舞うそれは、私がよく知る舞だった。
龍神の舞だ。雨ごいの舞とも呼ばれ、碧砂国の舞姫が踊る舞。
雪燕がいつも私に見せてくれた舞を踊っているのは──誰だ?
皿を手から滑り落とし、地面に梨が零れ落ちた。
それを気に止めることもなく、私は彼女の元へ駆け寄り肩を掴み、顔を確認した。
「雪燕っ……」
「翡雲様、おはようございます」
「……雪蘭、すまない、間違えた」
「いえ」
俺はその場に崩れるようにして座り込んだ。
またやってしまった。
自分はどうしてこうも未練がましいのか。
本当に情けない。
「はあ、何度も申し訳ない。だがきっと、また間違えてしまうと思うのだ。君は本当に雪燕に似ているんだ。舞も、声も、瞳も。そうだ、文字も似ていた」
「それは──」
「いいんだ。気遣ってくれなくていいのだ。ただ、またこうして間違えてしまったときは、どうか笑って、聞き流してやってくれないか?」
雪蘭は、私の前に膝をつくと、そのまま額が地面につくのではないかと思うほど深々と礼をした。
「雪蘭?」
「申し訳ございません、私はずっと翡雲様に嘘をついていました」




