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醜い私にサヨウナラ〜捨てられ公主は深淵の谷で幸せになります〜  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第三章 元許婚が秘薬作りを理由に住み始めました

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008 忠告

 沈家に着くと林殿が出迎えてくださった。

 急な来訪だった為、当主である沈千燈(ジンチェンドン)様は食事中とのことだ。


 私達の膳も用意してくださるとの話だったが、泰然(タイラン)様はそれを丁重にお断りし、ご挨拶だけしていくことを伝え、中へと案内された。


 沈千燈(ジンチェンドン)様は豪華な食事が並べられた円卓で私たちを待っていた。沈様の隣には梓晴(ズーチン)も座っていた。


泰然(タイラン)様、よくぞおいでくださいました。よかったら、一緒に食事をしましょう」

「沈様、急いでおりますゆえ、食事は結構です」

「まあまあ、そう言わず。娘も、そちらの雪蘭(シュウラン)様にお世話になっているとのことで、是非にと言っているのです」


 泰然(タイラン)様が困っているので、私は彼の袖を少しだけ引っ張り「大丈夫です」と小声で伝えた。


「では、少しだけ」

泰然(タイラン)様のおかげで、この町は医師が増えました。皆、泰然(タイラン)様の薬に助けられ、学びたいと思ったからです。これからもどうぞ、ご贔屓に」

「そのことだが、今日で緑淵に来るのは最後になる」


 泰然(タイラン)様の言葉に、沈千燈(ジンチェンドン)様は驚いて勧めようと手に持っていた酒の盃を円卓の上に落としてしまった。


「それはなりませぬ。泰然(タイラン)様がいなくなれば、また医師たちは去っていくでしょう」

「そのようなことはないでしょう。薬についても、この町の医師達でも作れるようになっています。私に薬を頼んでいた方々には、町医者へと通うよう、お伝え願えますか?」

「しかし、そんな急に……なにか、こちらに不始末でもありましたでしょうか?」

「いえ、沈様のせいではありませんが……」

「な、なんですか!? 良ければおっしゃってください」


 泰然(タイラン)様が言葉を濁すと、沈千燈(ジンチェンドン)様は必死で食らいついてきた。


「先ほど、碧砂(ビーシャ)国の新しい舞姫に、雪蘭(シュウラン)が人違い、というか、ある人に似ているという理由で暴行されました」

「なっ……」

「頬が赤いけれど、もしかして……」


 沈千燈(ジンチェンドン)様も、梓晴(ズーチン)も口を開けたまま驚いている。泰然(タイラン)様は私の頬に目をやったあと、二人へ言った。


「はい、頬を叩かれ馬尾雑言を浴びせられました」

「そんな馬鹿な!? なぜ春燕(チュンエン)様はそのようなことを? そんな方ではありません。人違いとおっしゃいましたが、罪人と間違えられたとでもいうのですか?」

雪蘭(シュウラン)は舞が得意なのです。それで、前舞姫の雪燕(シュウエン)様と間違われたようです」

「ああ、雪燕(シュウエン)様って、すごく傲慢な方だったのでしょう? きっと春燕(チュンエン)様も苦労されたのだわ。あ、でも、だからといって、似ているだけで雪蘭(シュウラン)様を傷つけていいって意味ではありません」


 慌てて取り繕うも、梓晴(ズーチン)様の言葉に、泰然(タイラン)様の顔つきは鋭さを増すばかりで、沈千燈(ジンチェンドン)様が頭を下げた。


梓晴(ズーチン)が失礼なことを申しました。お許しください」

「……いえ、新しい舞姫はこの国に必要な存在ですよね。それを擁護しようとするのは当たり前の反応ですので、聞き流します。ただ、その新しい舞姫が、俺を捕縛するように県令に訴えるかもしれないので、お話ししました」


 県令に訴える? 従者を倒してしまったから、罪に問われるかもしれないのだ。

 私はどうしてそこまで気がまわらなかったのだろう。


 沈千燈(ジンチェンドン)様も訳が分からないといった様子だ。


「なぜ泰然(タイラン)様を?」

「舞姫の従者を二人気絶させ、野生の猪に追われていた舞姫を放置したからです。さすがに、雪蘭(シュウラン)に暴行した相手を猪から助けたいとは思えませんでした。信じがたい話かもしれませんが、舞姫が俺を訴えた場合、このような背景があったことだけは覚えておいていただきたい。どうせあの舞姫なら、ことを大袈裟に訴えるでしょうから」

「罪人になるかもしれないから、もう緑淵にこれないということでしょうか?」

「ああ、俺には成し遂げなければならないことがある。舞姫の戯言に付き合っている暇はない」

「まさか、そんな……」


 沈千燈(ジンチェンドン)様は落胆し大きなため息をついた。梓晴(ズーチン)は私の手首に巻かれた包帯を見ると、ハッとして口を開いた。


「そうだ。私……私が雪蘭(シュウラン)様を春燕(チュンエン)様に紹介しました。もしかして、あの後に……」

梓晴(ズーチン)は何も悪くないわ」

「その腕の包帯……見せて」


 梓晴(ズーチン)は震える手で包帯に手をかけ解くと、赤黒い手形の痣を見て小さく悲鳴を上げた。


「こんなの酷い! お父様、春燕(チュンエン)様、酷すぎるわ」

「しかし……」

「舞姫を裁くことはできない。そうですよね」


 泰然(タイラン)様の言葉に沈千燈(ジンチェンドン)様は頷いた。


「ああ、勘違いだった、で済まされるだろう」

「そんなのおかしいわ、お父様っ」


 納得のいかない様子の梓晴(ズーチン)を見ると、泰然(タイラン)様は忠告をした。


「お気をつけください。あの新しい舞姫は嘘をつき、前舞姫の悪評を流し陥れ、今の地位についた。平気で人を陥れることができる穢れた心を持っている」

泰然(タイラン)様、さすがにそれは言い過ぎなのではありませんか?」

「それは、ご自分の目でお確かめください。では、失礼いたします」


 泰然(タイラン)様が席を立ち、私もそれに続く。

 しかし、部屋の扉の前にの使用人が立ちはだかり、私達を通してはくれなかった。


「ま、待ちなさいっ。春燕(チュンエン)様に害をなしたとあれば、帰すわけにはいきません」

「お、お父様、何をおっしゃっていますの!?」

「ここは碧砂(ビーシャ)国なのだ。私が従わなければならないのは碧砂(ビーシャ)国の皇族なのだ。このままもし泰然(タイラン)様がこのことを父君に報告し、国交が途絶えてしまえば大変なことになる。お帰りいただくわけには行かないのです」


 泰然(タイラン)様は小さくため息交じりに沈千燈(ジンチェンドン)様を見据えて言った。


「……残念です。父の友人だと思い、私が見た、在るがままを忠告したのですが」

「それは……」


 沈千燈(ジンチェンドン)様は返す言葉が見つからない様子だった。きっと泰然(タイラン)様にこんなことをしたくなかったのだろう。


「緑淵に、父の配下の者がいるのはご存じですか?」

「…………」

「親不孝はしたくありません。帰ってもいいですか?」


 いつも通りの声色なのに、その言葉には重みがあり、沈千燈(ジンチェンドン)様は扉の前にいた使用人に手で合図をした。


「通して差し上げろ」








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