006 醜いのは
「さあ、私は雲龍国の者ですので、勘違いかと思います」
春燕は私に気付いたのだろうか。
なるべく平静を装って笑顔で応えると、春燕は急に顔色を変えた。
「貴女、私が間違っていると言いたいの? 不敬罪で処罰されたいのかしら?」
キッと睨みつける瞳は昔と変わらない。
たとえ名前がかわっても、公主でも舞姫でもなくても、春燕は、私に昔と同じ目を向けた。
「私、さっき貴女の舞を見ていたの。その姿が、私の大好きな人にそっくりだったの」
「大好きな人?」
「ええ、その人は、つい最近亡くなったの。貴女よりもっと幼い姿で。でも本当は私と同じくらいの、いいえ、貴女と同じくらいの歳だったわ。そして、肌は化け物みたいに醜く爛れていたのよ」
そう言って気味悪くニヤリと笑う春燕。
まさか、私を……雪燕のことを、大好きな人と表現するとは思わなかった。
「その方は、どうしてそんな姿だったのですか?」
「えっ? それは……知らないわ。呪いだとか言われていたけれど、毒でも盛られたのではないかしら? 私の大好きな人は、みんなに嫌われていたから。でもね、みんなに嫌われているあの子が大好きだったわ」
嫌われているから好き。一体どういう意味だろう。
「可哀想だから、大好きだったと言う意味ですか?」
「可哀想とは少し違うわ。いい気味っていうか……死にかけの虫がもがいている姿を見て、いつ踏み潰そうかなあ、って考えている時と似ている感じ、かな? 優しいでしょ、私。苦しみが続かないように、とどめを刺してあげるんだから」
「その人にも、とどめを刺したのですか?」
「そうよ。私は優しいから」
にっこりと笑う春燕は優しさの欠片も感じさせない淀んだ瞳で私を見ていた。
なぜ、こんな瞳で、自分が優しいなんて言えるのだろう。
「私が知る優しい人たちは、自分を優しいなんて言いません。優しいって、誰かから言われる言葉だと思います。自分を表す言葉ではないのでは?」
「あらそう、また私を侮辱したわね。そうだわ、貴女を私の侍女にしてあげるわ」
「えっ……」
二人の従者が私の後ろに回り込み、両側から私の腕を片方ずつ捕縛し、身動きが取れなくなった。
「離してっ!!」
声を荒げるとパンっと春燕の平手が私の頬を打った。頬が熱く、血の味がする。
春燕は口角を上げて嬉しそうに笑みをこぼしながら私の顎を掴むと、爪が食い込むように力を入れた。
「黙りなさい。二度と生意気な口が聞けないように、声を奪ってあげましょうか? 貴女は私に不敬を働いた、罰を受けて当然だということを分かっているの?」
「…………」
「あら、罪を認めたくないの? そうだわ、貴女が私の大好きな人に似てるっていったでしょ。その人にはできなかったけど、貴女なら侍女だから何でもできるわ。杖で叩いて罰を与えることも、鞭で打って肌を抉ることも。そうだわ、熱い鉄の靴を履かせて踊らせるのも一興ね」
これが春燕の本心なの?
心がどんどん冷たくなっていく。
軽蔑とは、この感情のことを言うのだろうか。
「……ね」
「何か言った?」
「悪趣味ね」
「なんですって!?」
春燕は私を軽蔑するような目で睨むと、乱暴に手を離した。顎を抑えつけられていた手がなくなり、少し話しやすくなった。
「悪趣味だと言ったのよ。新しい舞姫は、碧砂国の民に愛される美しい公主だと聞いていたのに、間違いだった。貴女は醜い。心が醜いわ」
春燕はカッと目を見開くと、拳を震わせ、私の胸ぐらを掴むと怒鳴り散らした。
「醜いのはお前だろっ!! 醜悪の公主と民に呼ばれ、身体は育たず幼いまま、民から多額の税を貪り私欲を満たし、挙句の果てに皮膚が爛れ化け物に成り果て義理の母親にも捨てられた!!」
耳が痛い。金切り声が頭に響く。
これは私のこと?
それとも、春燕が描く、理想の雪燕のこと?
「それは誰の話? あなたは何に怯え、誰の話をしているの?」
春燕は私の胸ぐらを掴んだ手に力を入れ、もう片方の拳を振り上げた。
殴られる。
キツく目を閉じ衝撃に耐えようとした時、拳より先に、頭上を何かが風を切って通り過ぎた。
「い、いやあああっ」
「春燕様っ、くはっ」
「うっ……」
身体が急に解放され、春燕の叫び声と、従者の唸り声、そしてフゴフゴと荒い鼻息がほぼ同時に聞こえ、地面へと倒れかけた身体を誰かに抱き寄せられた。
薬草の香りがして、声を聞く前に誰なのか分かった。
「雪蘭、大丈夫かっ」
「泰然様……」
目を開けると泰然様の顔が目の前にあって、心配そうな深緑色の瞳を見たら、安心したのか身体の力が一気に抜けていった。
『雪燕大丈夫!? あの女は蹴飛ばして転ばせてやったから、次は地べたを引きずり回してやるわ。っと、その前に、ちょっと遊んでやるんだから』
リウリーは地面に倒れる春燕にわざと掠るように突進し、随分と遠くまで直進して行った。
春燕は泥だらけになりながら、リウリーを必死で避けようとしている。
「いやぁぁ、近寄らないで、ちょっと、起きなさいよ。ただの薬師に蹴られただけでやられないでよっ。猪がいないうちに早く起きてっ!」
春燕はうつ伏せで倒れる従者を泣きながら叩いて起こそうとしているが、彼らは意識を失ったままだ。
「首の骨を折ったから、二度と動かないぞ」
「ひぃっ、い、いや……」
「た、泰然様?」
「冗談だ、手加減したから、しばらくしたら起きるだろう。──お前、俺の雪蘭に何をしようとした?」
いつもの声と違う、怒気のこもった泰然様の声に、胸が痛む。
「な、何もしてないっ、その女が私に無礼を働いたから、注意していただけよっ! そ、そんなことより、あなたに用があったの。この前、翡雲様からいただいた薬、あなたが作ったのでしょう? 褒美を授けるわ。たくさんあげる、欲しいものはなんでもあげる。だから──」
「必要ない。それより大丈夫か? 鼻から血が出ている。その野生のイノシシは、お前の血が気に入ったみたいだぞ、逃げなくていいのか」
泰然様の視線の先、春燕の背後にはリウリーが戻ってきていた。フゴフゴと鼻を鳴らし、ギラギラと光る瞳は、獲物を狩る喜びを宿していた。
「う、嘘っ。お願い助けて。従者二人を卒倒させたのはあなたでしょ!? 責任取って私を守りなさい!」
「俺は忙しい。雪蘭が怪我をしている。治療を優先する」
「そ、その女はあなたの何だというの? 公主であり舞姫の私よりも優先すべきだとでもいうの!?」
「彼女は、俺の許婚だ。お前なんか比べる価値もない」
「ま、待って、置いていかないで。その女が悪いのよ。私から全部を奪っていた女に、そっくりなんですもの」
涙ながらに必死で訴える春燕に、泰然様は冷たい視線を向けて尋ねた。
「似ているというだけで、殴ったのか?」
「違っ……」
「二度と雪蘭に近づくな。分かったな?」
「わ、わかったから助けて……」
「ああ」
泰然様は懐から梨を出すと、リウリーの方へと投げた。リウリーはぴょんと飛びつき梨を貪る。
「その梨を食べ終えるまでに逃げるといい。では」
「へっ? 嘘、やだ……動けないの、待ってっ」
騒ぐ春燕を一瞥すると、泰然様は私に尋ねた。
「リウリーなら、酷いことはしないだろう。何か言っていたか?」
「地べたを引きずり回してやるって……」
「そうか、任せよう」
この辺りは泥が多くて、怪我はしないかもしれないけれど、少しやり過ぎなような気もしてしまう。
「あの、まだ梨はありますか?」
「ああ」
泰然様から梨を受け取り、私は春燕の所まで行き、それを彼女の手に握らせた。
「私はもう、この国には来ません。亡くなった方の影に怯える必要はありません。どうかこの梨で、窮地を乗り切ってください。さようなら」




