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醜い私にサヨウナラ〜捨てられ公主は深淵の谷で幸せになります〜  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第三章 元許婚が秘薬作りを理由に住み始めました

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005 私は公主であり舞姫(春燕視点)

 泰然(タイラン)という医師について調べてみた。

 彼は雲龍(ユンロン)国の薬師で、名は蘇泰然(タイラン)という。


 緑淵で一番大きな商家である沈家の当主が、医師不足のため呼んだという話だった。あの若さで薬師ということは家業を継いだのだろうか。

 身形は良かったし、年齢も若く翡雲(フェイユン)様と同じくらいと見える。


 私は彼の作った薬で怪我が治った。

 だから、泰然(タイラン)という薬師に会って礼をするのだ。


 そして、彼を饗しおだて、懐柔する!


 雲龍(ユンロン)国に知り合いはいない。

 彼のような薬師に私のよい印象を植えつけて広めてもらおう。

 両国の民心を得て、私と翡雲(フェイユン)様の婚約を勝ち取るのだ。


 私は絶対に翡雲(フェイユン)様と婚約したい。

 ただ彼に憧れていたという子供みたいな理由だけではない。

 もし翡雲(フェイユン)様を逃してしまったら、私は砂漠の小国や草原の遊牧民の王へ嫁ぐことになるだろうから。

 そんな小さな部族が作った野蛮な国は御免だ。


 町医者に尋ね、泰然(タイラン)が町に来る日と場所を聞いた。

 最近は町外れの元医師と仲がよいらしく、よくそこに馬車を停めて薬を渡し歩いているそうだ。


 私は今、教えてもらった家を訪ねに行くところだ。

 人通りがほとんどない。宿から二人の従者を連れて歩いてきたけれど、こんなに遠いなら馬車でくればよかった。


 目的の家が見えてきた。馬車も止まっている。

 しかし、家の前には二人の女性が舞の練習をしていた。


 一人は私と同じくらいで、もう一人は……雪燕(シュウエン)と同じ、十歳くらいの女の子だ。


 一瞬、その娘が雪燕(シュウエン)に見えてドキッとしたけれど、そんなはずはない。

 あんな下手くそな舞を雪燕(シュウエン)が踊るはずがないのだから。

 馬鹿みたい。冷や汗をかくなんて、どうかしてる。


雪蘭(シュウラン)様、どうだった!?」

「よくなったわ、でも……この時の、えっと……よく見ていてね」


 あの二人はなんなのだろう。

 舞を教えている様子なのに、口で説明もできないなんて。

 遠くてよく見えないけれど、まあまあ良さそうな服を着ていそうなのに、こんな辺鄙なところで練習しているだけあって、お金のない庶民が、指導力のない庶民に教えてもらってるだけね。


 見ただけで踊りが下手になりそう。

 そう思って顔を背けたけれど、従者の一人から「おお……」という感嘆の声が漏れ聞こえた。


「うわぁ、もう一回見せて、もう少しゆっくりがいい!」

「わかったわ」


 女性は頷くと、扇を手に手首をくるりと回しながら、自身も回転し流れるように舞ってみせた。


 髪も裙子も生きているみたいに優雅に流れ、まるで雪燕(シュウエン)が舞っているようだった。


 ただ手を伸ばしただけで人の目を惹きつける、あの白兎の舞姫のようで、全身に鳥肌が立った。


 誰よ、あれ。紫色の髪、私と同じくらいの背丈。

 雪燕(シュウエン)のはずがないのに、なぜか雪燕(シュウエン)に見えてしまった。


 私は震える手を握りしめて、従者に尋ねた。


「ねえ、あの人、雪燕(シュウエン)に似ていると思わない?」

「はい。──あ、いえ……雪燕(シュウエン)様はお亡くなりになられました。遺品も見つかっております。他人の空似ではないでしょうか?」

「そうよね……少し気分が悪い。宿へ戻る」

「はっ」


 私は背を向け宿へ急いだ。あの女から逃げなきゃ。

 少しでも早く離れなきゃ。そればかり考えた。


 でも、なんで逃げるの?


 雪燕(シュウエン)は亡くなった。

 崖から落ちて亡くなったのに。


 それに疫病だったのだから、もし崖下で生きていたとしても、長くは持たない。

 そう都中の者達が思っているけれど、私は知っている。

 あの疫病が偽物だってことを。

 あれは、私が贈った白粉の毒で爛れただけだ。


 医者にも母にも大袈裟に話した。

 雪燕(シュウエン)の顔が恐ろしいことになってしまった、と。


 医者に、疫病だ、熱も出ていると嘘をついた。どの医者も恐れて雪燕(シュウエン)に近寄らなかったから、バレなかった。


 でも、さっきの女は、私と同じくらいの背丈だった。

 あの子はなぜか十歳のまま成長しなかった。

 急に本当の年齢くらいまで成長するなんて、そんな病、聞いたこととない。


 あり得ない。


 そうよ、雪燕(シュウエン)のはずがないの。

 あの醜い肌が傷ひとつなく治るなんてあり得ないのよ。


 でも、泰然(タイラン)の傷薬だったら?

 私の傷も綺麗に治った。

 雪燕(シュウエン)がもし、何でも治せる薬師に拾われて生きていたら?

 いや、そんな薬師、この世のどこを探してもいやしない。


 じゃあ、私は何を恐れているの?

 私はこの国の公主であり、舞姫なのよ。


 なぜ、ただ雪燕(シュウエン)に似ているだけの女に、怯えて逃げなくてはならないの? 


 私は足を止めた。そして振り返り、従者に命令した。


「さっきの娘、よい舞だった。まるで亡き姉上を思い出させるかのようだ。都へ連れ帰ることにする。父も母も姉上を恋しがっている。似た舞を見せれば喜ぶだろう」

「かしこまりました」

「待て、私が合図したら捕縛して」

「はっ」


 私は公主よ。逃げるなんてあり得ない。


 もっと近くであの女を確認する。

 確認? 何を確認したいのか、自分でもよく分からないけれど、もしあの娘が私の邪魔をする女に似すぎていたら……。


「始末しなきゃ」


 戻る途中、先ほど舞の練習をしていた少女と出会った。


「こ、こんにちはっ。どうしていらっしゃるのですか?」


 ああ、この顔には見覚えがある。

 舞が下手なくせに、金持ちの娘だからと、私の前に舞を踊っていた商家の娘だ。


「まあ、こんなところでお会いするなんて、奇遇ですわね。私、薬師の泰然(タイラン)という者を探しておりますの。先日、翡雲(フェイユン)様からいただいた傷薬が、その泰然(タイラン)というものが作った薬だそうなのです。よく効く薬でしたので、ぜひお礼を言いたくて」

泰然(タイラン)様ならあちらですよ、春燕(チュンエン)様!」


 商家の娘が指さした先にはさっきの女がいた。

 真正面から見ると、より似ている。

 雪燕(シュウエン)というより、あの子の母親に。


「あ、雪蘭(シュウラン)様、実は春燕(チュンエン)様が──」


 面倒な説明を商家の娘が私のかわりにすると、雪蘭(シュウラン)と呼ばれた女は私に軽く会釈をした。

 そして商家の娘に手を引かれ私の前へとやってきた。


「ありがとう、後はこの者に道案内を頼みます」

「じゃあ、私は失礼します」


 商家の娘を追い払うと、雪蘭(シュウラン)は嫌な素振りも見せず、ニコリと私へ微笑んだ。


「では、ご案内いたしますね」

「待って、貴女、前に何処かでお会いしませんでしたか?」


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