003 知識
媚薬、それは、性的興奮を高める薬、精力増強薬。
それって春燕は翡雲様に……。間違いかもしれないと思って、他の書物も調べてみようと思った。
食堂で夕食を作っていた泰然様に部屋で書物を読みたいと伝え、書棚から別の薬の書物を見繕い調べたけれど、やはり同じ事が書かれていた。
春燕は翡雲様に好意を持っていて、翡雲様に薬を盛ろうとした?
それとも、碧砂国の為に、翡雲様が他の方と婚約してしまうのを防ごうとした?
どちらにしても最低だ。袋が破れるまでは香りは別のものだったけれど、翡雲様に持たせておいて、いつでも使えるようにしようとしたのかしら。
春燕がそんなことをするなんて……。
失望していると、不意にトンと肩を叩かれた。
驚いて振り向くと翡雲様が立っていた。
「びっ……くりしました。あっ、」
これは見せちゃ駄目だ。慌てて頁を閉じようとしたけれど、翡雲様に止められてしまった。
「何を調べていたのだ? 私に隠したいことなんてことは……」
翡雲様は笑顔のまま固まってしまった。
「こ、これは、その……この薬に対処するには、どうしたらよいのか調べていました」
「おお、それは私も知りたいところだな。ははは……」
乾いた笑いが、なんとも居たたまれない。
「……すみません、まだ調べ始めたばかりで、何もわからなくて」
「そうか、ではこの件は泰然に聞いておく。さてさて、夕食作りの手伝いをしてくる。雪蘭は続けたまえ」
「はい」
よかった、なんとか誤魔化せた。
でも、もっと勉強しなきゃ。
こんな私の意見でも泰然様は聞いてくれるのだし、もっと知識に基づいて発言できた方がいいはずだ。
『雪燕、ご飯できたって~』
書物を読み漁っていたら、いつの間にか足元にリウリーがいた。椅子に飛び乗り、それから机の上に飛び、私が見ていた書物に目を通した。
『これ、面白い?』
「面白くはないけれど、もっと薬や毒について知りたくて」
『そんなに焦って詳しくなろうとしなくてもいいんじゃない?』
「どうして?」
『ほら、泰然が言っていたじゃない。雪燕は今まで気付かなかったことに気付いてくれるって。だから、今のままの雪燕の意見が欲しいんじゃない?』
たしかに、それも一理ある。でも、薬の知識があれば、もっとよい意見が出せるかもしれないとも思う。
「そっか、でも色んな薬があることを、もっと知りたい。私だけ無知だから」
『うーん。それなら一番簡単な書物から読んでみる? 私のお勧めは~』
****
それから毎日、充実した日々が過ぎていった。
朝は早起きして翡雲様に剣舞を習い、その後、朝食を食べてから、解毒薬作りの為に採血をする。
そして泰然様とリウリーと三人で秘薬作りの茸を探して山の探索、その間に翡雲様は昼と夜の食事を作ってくれている。
最近はリウリーの分も作ってくれるから、リウリーがの機嫌がすこぶるいい。
午後は主に三人で泰然様の部屋で調合をしている。
私は、すり鉢で薬草をすったり、煮込んでいる薬の時間を計って管理したり、処方薬の名称を札に書く仕事をしている。
泰然様は他にも、碧砂国の緑淵や雲龍国に納品する処方薬作りもしていて、翡雲様は、泰然様が秘薬作りに集中できるよう、他の薬の調合を手伝っていた。
これを泰然様は一人でこなしていたのだと思うと、凄すぎで言葉にならないほどだ。
そして、やっと泰然様の許可が出て、リウリーと二人で夜も外に出て、私の身体にどれくらいの毒の耐性があるか、徐々に滞在時間を長くして確かめている。
そんな日々を過ごし、明日は緑淵に薬を届けに行く日だった。いつも薬を頼むお得意様も多く、私は誰用の薬か、札に名前と薬名を書いていた。
すると、翡雲様が、他にも書いてほしいという薬の名が書かれた紙を持ってきた。
こちらは雲龍国の都の分だそうだ。
「これも頼む。必要な枚数は横に書いてあるから」
「はい、かしこまりました」
「字が……」
「あ、どこか間違っていますか?」
「いや、薬という字の草冠の部分が少し長い。あと、百の一の部分も」
指摘された通り、これは私の字の癖であった。
もう少し気をつけて書かなければ。
「もう少し短く書くように気をつけます」
「いや、何も間違っていないし、読みやすく綺麗な字だ。そのままでいい」
そう言って翡雲様は、私の肩を労うようにして叩くと部屋をあとにした。
どうしたのだろう。怒ってはいなかったと思うけれど、様子が変だったような。
仕事を終え、明日の荷物の準備は万端だ。
緑淵には、私と泰然様の二人で行く。
あとリウリーもついてくると言っていた。
泰然様が春燕の香袋の件を翡雲様の侍衛の方に報告済したことで、翡雲様は、しばらくの間、碧砂国への入国を禁じることと皇帝陛下から命が出たそうだ。
その命がなくても、翡雲様は行かない方がいいという意見は三人共一致していた。
明日はお留守番になり、拗ねてしまった翡雲様は、珍しく夕食の席で酒を飲んでいた。
といっても、まだ二杯目だけど、それだけでも十分、酔っているのが分かる、というか、目が据わっていた。
「明日は雪蘭も行かない方がいいのではないか?」
「でも、梓晴と、舞の練習を一緒にする約束をしています」
「だが、またあの女がいたら危険じゃないか」
翡雲様は酔った勢いで、杯を机に叩きつけるように置いて言うと、泰然様は面倒そうに見て尋ねた。
「どうした? あの女とは、舞姫のことか?」
「ああ、あの女は雪燕が嫌いだったから」




