002 剣舞(翡雲視点あり)
翌朝、外から金属がぶつかり擦り合う音がして目を覚ました。
昨夜リウリーは部屋に戻ってこなかったので、結局、媚薬がどんな毒か分からなかったし、泰然様も翡雲様のことで忙しそうで、書物を借りることもできなかった。
一晩で良くなるとは言ってたけれど、翡雲様は回復されただろうか。
ところで、この金属音は一体なんだろう。窓から外を見ても、音の出どころが分からなかったので、私は外へ出てみることにした。
『あ、おはよー』
外に出るとリウリーがいた。切り株の上に寝そべり、リウリーが見ていたのは泰然様と翡雲様だった。
双剣を持ち互いに舞うようにして剣を合わせていた。
「すごい」
『あら、どっちがすごい?』
「どっちだなんて……二人ともすごいわ。泰然様って剣舞も得意なのね。翡雲様の剣舞は何度か見たことがあるけれど」
『ふーん、泰然なら、毎朝稽古してるわよ。いつもは一人でやってるから気づかなかったのね。朝の稽古ついでに薪を割るのが日課よ』
「知らなかった」
日課ということは、私が寝ている間に毎日していたということになる。薪割りだって手伝いたいのに。
『翡雲様は、ここへ来ると大抵寝る前に泰然と酒を嗜むから、朝からあんなに動いているのは初めて見たわ。昨日は泰然に睡眠薬を飲まされたから、たくさん寝たのね』
「あっ、昨日リウリーが言っていた媚薬ってどんな毒なの?」
『あ、知らないんだ。泰然には聞かなかったの?』
「聞いたけれど、リウリーに聞いてって」
『ふーん、泰然の部屋の薬作りに関する書物を見れば書いてあると思う。調べてみたら?』
「えっ、教えてくれないの?」
『うん。私、結構ムカついてるのよ。あのクソ女、あんな薬を盛りやがって。次に会ったときは突進して転ばせて地べたを引きずり回してやるわ』
想像すると、とても痛そうだけれど、リウリーは本気みたいだ。
「そんなに酷い毒なのね……」
『うん、でももう元に戻ったし、異母妹の仕業だからって雪燕は翡雲様に謝ってはダメだからね』
「どうして?」
『……今は雷雪蘭だからよ。もう忘れた? 春燕を見て、自分が雪燕だって意識したの?』
たしかにリウリーの言う通りだ。
間近で春燕を見て、自分が雪燕であることを嫌でも自覚させられていた。
「ありがとうリウリー。雪蘭だって、忘れていたわ。雪燕は死んだのに」
『大丈夫? 今日から翡雲様も一緒に住むのよ』
「大丈夫。私は秘薬作りに専念するわ。薬の勉強もする。それで、早く秘薬を完成させる」
『頼もしいわ。山中の護衛なら、このリウリーに任せなさいね』
「うん」
リウリーとの話に夢中になっていると、こちらに気づいた翡雲様が駆け寄ってきていた。
「おっ、雪蘭! 早起きだな!」
「はい、私も昨夜は早く休みました。翡雲様は、大丈夫ですか?」
「へっ? あ、うん。治った治った、ははは」
どこか気まずそうに笑う翡雲様は、まだ不調を抱えているのかもしれない。
「本当に大丈夫ですか? まだどこか──」
「どこも変じゃないから、気にするな。昨日のことは全て忘れてくれ」
「……はい、あっ、あの。私もあれ、やりたいです」
泰然様が薪割りを始めていた。
私はそれを手伝いたかったのだけれど、翡雲様は違う意味で捉えていた。
「よし、では私とやってみよう! はい」
「えっ」
渡されたのは双剣の内の一本で、翡雲様は私の前でもう一本の方を構えている。
「ほら、真似してみて」
「えっ、こ、こうですか?」
「そうそう、サマになってるよ。じゃあ、真似してそのまま動いてみて」
いきなり剣舞の稽古が始まってしまった。
一瞬、この剣で薪を割るのかと思ってしまった。
もちろん剣舞にも興味津々だけれど、今は薪割りがしたいのに。
しかし、薪を割っていたはずの泰然様はいつの間にか翡雲様の真後ろに立ち、眉間にシワを寄せ怒った様子だった。
「おいっ、翡雲」
「泰然、雪蘭は筋がいいぞ」
「全く、いきなり剣を持たせるな。危ないだろ」
「えっ、剣を握ったことがないのか?」
なぜか意外そうな顔をして翡雲様は私に尋ねた。
「はい、すみません」
「おお、それは失礼した。泰然の母は剣舞が得意だったから、雷家の女子は嗜むものかと勘違いしていた」
「母上が剣舞を始めたのは父と結婚してからだ。舞は元々得意ではあったが、父の剣に憧れて始めたと言っていた」
「そうだったのか」
そうか、泰然様のお母様が得意だったんだ。それを知ったら、なぜだかもっと剣舞に興味が湧いてしまった。
「あの、私もやってみたいです、剣舞……」
「では、まずは剣の持ち方からだな」
「はい!」
****
雪蘭に剣舞を教えた。
剣を持つのは初めてだと言っていたのに、二振りもすれば無限に剣回しができていた。
身体を回転させながらもうまく剣を扱えていたし、身体が小さいからか回転も早く、教えたばかりとは思えないほど見事だった。
その舞い姿は、泰然の母親を思い出させると同時に、どうしても雪燕と重なって見えてしまう。
昼食の後、泰然の部屋へ薬を取りに行った。
春燕から取った香袋は、泰然が壺の中に保存しておいてくれている。壺には「証拠品」と書かれた札が貼られ、泰然の部屋の一番奥の棚に置かれていた。
壺を見ていると、あの女の顔を思い出す。
香袋を差し出された時、春燕を無視して受け取らず、恥をかかせてやろうと思った。
しかし、春燕の手当てをしてほしいと、泰然が町の者に詰め寄られていた。
雪蘭の具合が悪いのか、泰然にもたれかかるようにして支えられていて、そのせいか泰然は今すぐここを去りたいといった顔をしていた。
だから──いや、それだけじゃない。
春燕に雪蘭を見せたくなかったんだ。
瞳も声も顔つきも雪燕と似ている。
髪色も背格好も違うのに、重なって見えてしまう雪蘭を春燕の目に晒したくなかったのだ。
しかし、あの女が、香袋に媚薬を忍ばせているとは。
憎らしげに壺と睨み合っていると、扉が開く音がした。
パタパタと軽快に駆ける音から、雪蘭が部屋に来たのだとすぐに分かった。
彼女は部屋の奥にいた私に気づくことなく、書物が並べられた棚に直行し、持っていた書物を机に置くと、他の書物を調べだした。
頁を捲り、探していたものが見つかったのか、指で文字を追いながら読み、溜め息とともに肩を落とす。
驚かそうと思い忍び足で近づき肩にトンと手を置くと、雪蘭は肩をビクつかせ、くるりと振り返った。
元々大きな瞳なのに、驚いたせいかもっと大きくさせた赤い瞳と目が合った。
「びっ……くりしました。あっ、」
雪蘭は私だと気付くと慌てて頁を閉じようとした。なんとなく気になって、閉じられないように手で頁を抑えて尋ねた。
「何を調べていたのだ? 私に隠したいことなんてことは……」
頁を見て、意地悪しなければよかったなと、このあと少し後悔することになるとは、思っていなかった。




