001 媚薬とは(春燕視点あり)
私は今、初めて馬車の手綱を握っている。
泰然様の隣に座り、二人で手綱を握り、揺れで落ちないようにと背中に腕を回され肩をしっかりと掴まれながら。
小石を車輪が踏んで、馬車が少し揺れると、後ろからゴンっと何かがぶつかった音がした。
これで二度目だ。
「翡雲様、大丈夫なのですか?」
「毒抜きはしたが、完全に抜くのは無理なものだ。放っておけば明日には戻っているだろう」
さっき泰然様が針を指した後、翡雲様は汗をかきながら、うずくまっていた。
泰然様は心配いらないと言っていたし、春燕が翡雲様を害するとは思えないけれど心配だ。
リウリーが一応付き添ってくれているけれど、翡雲様だけにした方がいいみたいで、私は今御者の席に座っている。
「そうなんですね。媚薬とは、どのような毒なのですか?」
「びっ、媚薬だと知っていたのか?」
「リウリーが教えてくれました。翡雲様、とても苦しそうでした。何かできることがあれば……」
「なにもしなくていい。あまり近づくこともしないでやってくれ。今夜は錠をかけて早めに休むといい。媚薬とは……、後でリウリーに聞いてみてくれ」
「はい」
私はなんて無力なんだろう。薬や毒の知識にも乏しい。
そう言えば泰然様の部屋には毒に関する書物があった気がする。つい、薬の勉強をしたくて薬草や調合に関する書物ばかりに目がいってしまっていた。
もっと毒に対する知識も深めていかねば。
毒を知れば、毒を制することにつながるかもしれないのだから。
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緑淵の宿屋の寝台に寝転び、私は小さな薬瓶を抱きしめた。
翡雲様から薬瓶をいただいた。
やっぱり、私の舞を見て心が動いたのだ。
あんなに酷い言葉をかけられたけれど、全部帳消しにしてあげる。
きっと、私を振り向かせるために、あえて嫌われるようなことを言っていたんだわ。
それか、密仙国の姫と婚約をしなければいけないから、私に嫌われたかったのかもしれない。
どっちでもいいわ。私の気持ちを大衆の面前で素直に受け取ってくれたのだから。
民は私の味方。
私が舞姫であることも、翡雲様と婚約することも、皆が祝福してくれる。
私と翡雲様の相思相愛が民に広まれば、きっと父も婚約を推し進めてくれるだろう。
ああ、全て私の思惑通りに事が進んでいる。
「雪燕がいなくなってから、いいことばかりだわ。やっぱりあの子は疫病神だったのよ。ふふふっ」
薬瓶を翡雲様だと見立てて口づけをした。
これは二人の思い出の薬瓶。大切にしよう。
「でも、翡雲様に薬を塗っていただきたかったわ」
翡雲様は、薬瓶を渡すとすぐに去ってしまったのだ。
まあ、あれだけ皆に見られて、恥ずかしいのは分かるけれど。
結局、薬は町医者に塗ってもらった。
町医者は薬瓶を見ると、泰然様の傷薬はよく効くのですぐに治ると言っていた。
雲龍国の名医で、町にもよく薬を売りにくる方だそうだ。
泰然、どこかで聞いたことのある名前だ。
「そうだわ。泰然って、あの時の医師だわ」
私が翡雲様と見つめ合っていた時、倒れそうになった若い女性を支えていた医師が、そう呼ばれていたのを思い出した。
そう言えば、その泰然の方に顔を向けた途端、翡雲様は私から香袋を受け取ったわ。
泰然という医師はとても端正な顔立ちをしていた。
そうか、他の男なんて視界に入れるなって嫉妬したのね。
「やだ、翡雲様ったら可愛すぎじゃない」
泰然か、今度会った時は、翡雲様との仲を進展させたことを褒めてやろう。
ただ、一つ残念だったことは、翡雲様に香袋を渡してしまったことだ。
あの香袋には高値で買った媚薬を入れていた。まさか翡雲様が受け取るなんて思っていなかった。
丸薬のような形状で、相手に飲ませたり、すり潰した時に出る香りでも効果が得られる物だそうだ。
だから、普通に持っている分には何も起こらないはず。
「あーあ、同じ宿に泊まれたら使えると思ったのに、残念。まあいいわ。満月の日に必ず彼は私の舞を求めて宮殿に現れる。その時に試してみましょう」
ちゃんと効くだろうか。
一応、また新しいものを用意しておこう。楽しみだわ。




