014 双燕
「ですが、いつ珊麗様とそんなお話を?」
「先週、瑠麗を訪ねて、珊麗様が屋敷にいらしたのだ」
「えっ?」
先週といえば、瑠麗と瑶琳と舞の練習ばかりしていた。全然気付かなかった。
「相談事があったようなのだが、舞の練習に打ち込む瑠麗を見て、相談するのはやめたようだ。あんなに一生懸命頑張っているのに、自分はただの色恋沙汰でこんなところまで来てしまい、恥ずかしくなったと言っていた。それで、代わりに俺と父上が相談相手になったんだ」
「泰然様と慧王殿下が?」
二人に珊麗様が相談をしている光景が全く想像できない。
しかも、相談事は色恋のことだと言っていたような。
「ああ、それが……俺達が碧砂国の宮殿を離れたあの後、仁峰様は、珊麗様を追いかけたそうなんだ」
「お兄様がですか?」
「ああ、緑淵で珊麗様と別れただろう。あの時、仁峰様からの文が届いていて、珊麗様は緑淵で仁峰様を待っていたそうだ。そして密仙国まで一緒に行き、珊麗様との婚約を申し出たそうだ」
珊麗様とは緑淵で別れたけれど、兄を待つためだったんだ。そういえば、別れ際の珊麗様は、少し落ち着かない様子だった。
「それで、婚約はできたのですか?」
「ああ、押しかけてきた仁峰様のことを、大婆様が大層気に入ったらしい。珊麗様は、剛様の魅了を解き、彼は自らの意思で国へ帰ったそうだ。次期女帝は瑛麗様になるとか」
次期女帝をも変えてしまうなんて。
お兄様は、どうやって皆の心を動かしたのだろう。
「お兄様……そんな大胆な方だったなんて。ですが、お兄様からの手紙には、何も書かれていませんでした」
「きっと、手紙を出した頃は、どうなるのかまだ分からなかったからだろう。珊麗様は、考えさせて欲しいと言って、一度仁峰様を碧砂国へ帰してから、剛様のことや、次期女帝について調整したようだ。先週いらした時も、まだ迷っている様子だった」
「では、まだ兄は珊麗様が嫁いでくれるか分からない状況なのでしょうか?」
「どうだろうか。大婆様は婚約を認めてくださったから、珊麗様の気持ちが整うのを待っているのではないだろうか。密仙国の姫は一つの国に、一人との約束だが、皇后はもう長くない。今頃、珊麗様は碧砂国に着いた頃だろうから」
それなら今頃、兄は珊麗様を迎えているところだろうか。二人とも優しくて真面目で面倒見が良く、お似合いだと思う。
「そうなのですね。あ、でも、そんなおめでたいことなのに、どうして泰然様は私に教えてくださらなかったのですか?」
「珊麗様から口止めされていた。瑠麗を驚かせたいから黙っていてほしいと。雪蘭には伝えようと思ったのだが、最近ずっと瑠麗とばかり一緒にいるから……」
寝るときまで一緒であった。と泰然様は不満そうに呟いた。
最近は、舞の練習もだけれど、瑠麗がそろそろ国へ戻ってしまうから、昼夜問わずに一緒にいた。
もしかして……。
「それは……妬いているのですか?」
「そ、そうだな。瑶琳と瑠麗にばかり構うから」
「ふふっ」
恥ずかしそうに言う泰然様が可愛くて、つい笑ってしまった。
瑠麗が言っていたのだ。
きっと泰然様は瑠麗に嫉妬しているだろうけれど、ここにいられる間は私を独占して、思う存分に泰然様に嫉妬させてやるつもりだと。
私自身も、正直なところ瑠麗といると心が落ち着く。あの山の屋敷で、右も左も分からなかった頃、一緒に過ごしたリウリーとは、不思議と心の奥で繋がれているような感覚がある。
そろそろ離れなくてはいけないと思うと、寂しいのだ。
だから、今だけは……。
「後少し……瑠麗が滞在している間は、あいつを優先してやってくれ。そうしたいのだろう?」
「……はい。ありがとうございます」
どうしていつも分かってくれるのだろう。
泰然様は少し悔しそうに笑って、私の頬に手を当てた。その指先は冷たくて、手のひらは温かい。
「その後はずっと、俺が雪蘭を独り占めするから。──そろそろ婚儀の日取りを決めよう」
「えっ? それって……」
「ああ、俺たち二人の婚儀だ」
「は、はい」
落ち着いたら、と言ってくれていたけれど、ついに、そうなんだ。
嬉しい。
でも、婚儀をした後と今では、何が変わるのだろう。
「それから、これを雪蘭に」
泰然様が差し出したのは銀の簪だった。
翡翠の大きな玉を銀の蓮の花で包み、振ると揺れる二本の鎖の先には、それぞれ銀色の羽の鳥が付いている。何の鳥だろうか。
「綺麗な鳥ですね」
「それは燕だ。仲睦まじく飛び交う二羽の燕は、夫婦の絆を象徴するという」
「夫婦の絆……」
それに私の名前の鳥だ。鳥の瞳は赤い宝石と、翠色の宝石で、まるで私と泰然様みたいだ。
「つけてもいいか?」
「はい」
泰然様は、イチョウの簪を髪から抜き取り、燕の簪を髪に刺してくれた。
「この簪、よくつけているな」
「はい、簪はあまり持っていないので。それにこれは……大事な思い出が詰まったお土産なんです」
「翡雲がくれたのだろう? 実は瑠麗から聞いたのだ。もっと早く贈れば良かった。いつも気が利かなくてすまない」
泰然様は申し訳なさそうに言うと、苦笑いでイチョウの簪を指でくるくると回している。
気が利かないなんてこと、これっぽっちもないのに。
「いえ、そんなことはありません。泰然様からは、いつもたくさんいただいています」
「いつも?」
「はい、今日だって湯圓を一緒に作ったり、こうしてお祭りを楽しんだり。舞の稽古が終わるのを待っていてくれたり、お腹が空いている時に、お夜食を持ってきてくれたり。そして、ただこうして隣にいて、泰然様と目が合うだけで、声をかけてくださるだけで、いつも胸がいっぱいになります。それなのに私の方こそ、いただいてばかりで何もできなくて……舞姫でもない、公主でもない、本当の名前すら言えない私が……泰然様の側にいてもいいのか──」
いつも不安になる。そう言葉にする前に、泰然様に抱きしめられていた。耳元に熱い吐息がかかる。
「いてくれないと困る。これからもずっと。──俺の夢を一緒に叶えてくれるのだろう? 秘薬作りも雪蘭が叶えてくれた。両親のような家庭を築くことも、君とじゃないと叶えられない」
「私も、泰然様の夢を一緒に叶えたいです」
言葉を返すと、泰然様は少し体を離して、私の瞳をじっと見つめる。出会った時と変わらない、意志の強そうな濃い深緑色の瞳は熱を帯び、恥ずかしくて視線を外してしまいたくなるのに、吸い込まれるように見つめ返してしまう。
「目が泳いでる。……なんでそんなに可愛いの?」
「えっ?」
頬に添えられた泰然の手は、さっきよりも熱く、親指でそっと唇をなぞられる。そして優しく微笑み、泰然様は口を開いた。
「雪蘭……我愛你」
「私も……」
言い終わる前に唇を泰然様のそれで塞がれた。




