012 驕り
あれから、約ひと月が過ぎ、次の満月の日が訪れた。
今日は灯籠祭りがあり、都は賑わいを見せている。
最近の碧砂国は天候に恵まれ、山の屋敷の辺りは雪が深く積もり、秘薬作りは一時休止し、春を待つことになった。
今は慧王殿下の屋敷で過ごし、先ほど兄から届いた手紙を読んでいた。
父は正式に兄に皇帝の座を譲り、義母と離宮へ移り住み平穏に暮らしているとのことだ。
義母は私にした罪を、父に話したそうだ。
父の心に芽生えた悪意を留める為に、私の成長を止めたことを。
そして、春燕も、私を貶める噂を広め毒を盛ったことを父に話したと書かれていた。
二人とも、私はこの世から去ったということを前提で話していたけれど、それでは辻褄が合わないこともあり、おそらく父は、私が生きていると気付いたかもしれないと兄は手紙に書いていた。
だけど、父はそれを口にすることはなく、自分を家族と思い打ち明けてくれた二人の罪は自分が背負い、義母と共に最期まで共に過ごすことを誓ったそうだ。
「読み終えたか?」
「はい。泰然様、急患の方は大丈夫でしたか?」
「ああ、もう良くなって帰らせた。今日は灯籠祭りだから医院は休みだ」
「そうなのですね。では二人で……」
「一緒にお祭りにいきましよ~」
言いかけた時、瑠麗が私の背中に飛びつきながら話に加わってきた。
「お前、わざと今、言っただろ」
「えへへ、バレちゃった~?」
悪びれた様子もない瑠麗に、泰然様は口を尖らせている。
「ねぇ、瑠麗、瑶琳は?」
「もう少し練習するって」
「そうか。じゃあ、俺達で湯圓を作るか」
「湯圓?」
「説明は、作りながらしよう」
瑠麗は瞳を輝かせながら泰然様について行った。
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「わぁ~美味しそう!」
完成した湯圓を見て瑠麗は声を上げて喜んだ。
湯圓は、黒糖と生姜を煮詰めた汁に、黒胡麻餡入りのモチモチとした真っ白な団子を入れた甘い食べ物で、家族の円満や、幸福を願う意味が込められているそうだ。
泰然様と二人で作る約束をしていたのだけれど、瑠麗も一緒に作れてとても楽しかった。
そして、慧王殿下と瑶琳も呼んで、五人で食卓を囲んだ。
「美味しい。お兄様って、料理もできるのですね。生姜が効いているところが好きだわ」
「雪蘭が好きなんだ。あ、えっと、生姜が、だぞ」
「なるほど、私も来年は一緒に作ります!」
瑶琳が湯圓を頬張りながら宣言すると、泰然様が、嬉しそうに頷いていた。
だけど、来年はこの場にいないであろう瑠麗だけは不貞腐れている。
「えー、私だけ仲間外れじゃない」
「瑠麗は来年、翡雲様の手作り湯圓が食べれるのではないかしら?」
「そ、そっか。それは楽しみだわ」
瑠麗が恥ずかしそうに俯いてニヤニヤすると、その肩を少し前からこっそりと近づいて着ていた翡雲様が後ろからポンッと叩いた。
「私も楽しみにしているぞ」
「ひゃぁぁっ、いつからいらしたのですか!?」
「瑠麗が自分だけ仲間外れだとゴネていたところからだ」
向かいに座る私と泰然様の方を見て、瑠麗は頬を膨らませている。
「もう、みんな知っていたのね。あ、でも、もしかして」
「そうだ。祭りに瑠麗を誘おうと思って、抜け出してきた」
「抜け出してって……」
瑠麗が心配そうにすると、慧王殿下が口添えしてくれた。
「大丈夫だ。私が仕事と理由をつけて屋敷に呼んだ。二人で楽しんで来なさい。だか、その前に」
慧王殿下が目を向けると瑶琳は勢いよく立ち上がった。
「是非、翡雲様もご覧になってください三人で舞を練習したんです」
碧砂国から戻ると、皆で何をしに行っていたのかと、瑶琳に尋ねられた。
瑠麗が、碧砂国の天災を鎮めるために、雨ごいの舞を舞に行っていたと話すと、瑶琳は興味津々で、自分も碧砂国の為に、舞を踊りたいと言ってくれたのだ。
そして、成り行きで、瑠麗も一緒に踊ることになった。
「ほう、瑠麗も舞うのか?」
瑠麗は翡雲を横目で見てニッコリと微笑んだ。
満月が空に浮かぶ。
私は今日、初めて誰かと一緒に雨ごいの舞を舞う。
もう龍神様はいないのだから、碧砂国のためを思って舞っても意味はないのかもしれない。
けれど、瑶琳の言葉が嬉しかった。
碧砂国の為に舞いたいと言ってくれたその純粋な気持ちが。
瑶琳は雨ごいの舞を毎日必死に練習した。
私はこの真剣な気持ちを、龍神様に届かないのなら、意味のないものかもしれないと考えてしまったことが、とても情けなく思った。
幼い頃は、私も瑶琳のように、母の真似をして、碧砂国のためと思い舞を練習していたのに。
あの頃は、それを無意味なものだなんて思っていなかった。母の様に美しく舞うことができれば、龍神様は喜んでくれるのだと思っていた。
そして母が亡くなり、私は舞姫になった。
母はもういないけれど、母と同じ場所で舞を踊れることが嬉しかった。
しかし、奇病にかかり、宮殿の人々から避けられるようになった。それでも、舞姫として民からは必要とされていると、自分を保つために心の中で言い続けてきた。
私は、龍神様に応えられるのは、舞姫である自分だけだと驕っていたのではないだろうか。
龍神様がいなくなったから、舞っても意味がないだなんて、心の中に舞姫としての驕りがなければ出てこない言葉なのではないだろうか。
こんな私だから、醜悪の公主などと、呼ばれてしまったのかもしれない。
雨ごいの舞を練習する時、私の様子がおかしいことに気付いた瑠麗に胸の内を話すと、彼女は笑って言った。
「また、つまらないことを考えていたのね。私は、雪燕は誠実だと思う」
「誠実?」
「雨ごいの舞は、私しか舞えないからって、ふんぞり返っていたの?」
「え? そんなことしていないわ」
「だよね。雪燕は、周りから虐げられようとも、真心を持って、舞姫という責務を真摯に全うしようとしていたと思う。だから、誠実だって言ったのよ」
瑠麗の言葉は、いつも真っすぐで心に響く。
今までも、彼女の言葉に、どれほど救われてきただろうか。
「それにさ、もう龍神様がいないのだから、雨ごいの舞をしても意味がないっていうのも、その通りだと思うわ。でも、瑶琳に舞を教えた雪燕は、誠実だと思うわ」
「そうかな。瑶琳が気持ちが、とても純粋なものに見えたから。その反対に、私の心は邪なものに見えてしまったの。それに……」
「それに?」
碧砂国に平穏が戻ったというのに、どうしてか、気が落ちてしまっていた。
「龍神の池の前で、龍神様とお別れをして、舞姫で無くなった時、心にぽっかり穴が空いたみたいに、虚しくなってしまったの。もう、雨ごいの舞を舞っても、誰も見てくれないし、誰にも届かない。そんな私に存在価値ってあるのかなって……」
春燕が新しい舞姫になったと聞いたときは、こんな風に思わなかったのに、どうしてなのだろう。
瑠麗は、励ますように私の手を握り微笑んだ。
「きっと心のどこがで、龍神様と繋がっていることに、気づいていたのかもしれないわね。雪燕は、舞姫でなくなったことが悲しかったのかな? 私には、龍神様という大切な家族と、もう二度と会えないだろうことが、寂しかったようにみえるわ」
「家族……、そうね。そうかもしれない」
「大丈夫、龍神様は、別の地へ向かっただけ。きっと今もどこかで、空から私たちを見ているわ」
龍神様はきっとどこかで私たちを見ている。
その言葉を聞いて、涙がポロポロと溢れ出た。
雨ごいの舞を舞っても意味がないと思ってしまったのは、一番舞を見て欲しかった龍神様が、離れていってしまっていたからだ。
私は、寂しかったんだ。




