126 月夜の襲撃 みやび視点
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バイトが終わり、店を出た時からつけられてると気づいた。変質者かどうか知らないけど、過去にこういうのに遭遇したことがあった。
ナギが送迎してくれるようになってからは無くなったけど。
歩くスピードを変えたり、スマホを触る為にわざと立ち止まったりして向こうの出方を探るけど、私の勘違いではなさそう。
今日はたまたまバイト仲間が体調不良らしく、店長からヘルプの要請がかかった。運が悪い事にナギが夜廻りで来れないってのを追跡者は知ってたんだろうか。
ナギが来れない日は代わりにお兄ちゃんが送迎してくれるようになったけど、タイミング悪く、お兄ちゃんも今日は夜廻りの仕事らしい。
緊急にバイトに入る事になったとナギに連絡したら「代わりに誰かつけるか」と持ち掛けられたけど、あまり面識のない人に迷惑はかけられないと断った。
いつもならこういうのに遭遇したらとにかく家を知られないようにわざと遠回りするとかして撒くんだけど面倒くさいな。
そしてやたらとタイミングがいい。というか、良すぎるのが気にかかった。
さりげなく空き地へと誘導しながら道路脇のミラーで相手を確認する。見覚えのあるパーカーだ。
「ねえ。何か用? この間の猫耳フードの人」
空き地に入ると立ち止まり、後方に声をかける。
「相変わらず勘のいい女。気配は消してたつもりだったんだけど」と不快さを一切隠さない呟きが聞こえた。声だけでは男か女かもよくわからないソプラノの声。
やはりあの時の猫耳フードの人だ。
「用があるのなら店に来てよ。こんなこそこそついてまわらないで」
「あの店高いんだよ」
「それは……ゴメン」
正直私もあの味であの値段設定は無いと思ってる。高いわりに結構繁盛しているけど。
飲食代が高額な分、賃金はこの周辺ではかなりいいので従業員としては複雑な気分。
「店長に言っといてよ、ケーキが冷凍の業務用丸わかりじゃんって」
どうしよう、返す言葉もない。そういやナギも「チープな味だ」って以前言ってたな。
「店へのクレームなら聞いたから、それじゃ」とそそくさと立ち去ろうとするが、鋭い声で制された。
「あんな店どうでもいいんだけど。……単刀直入に言うよ。ぼくらの仲間に入らない?」
このまま帰してほしかったのだけど、そうもいかないか。
というか、仲間って?
「ノラネコ、ってやつ?」
入院中に色々聞いたな。
最初に聞いた時には「……野良、猫?」と困惑したけど、護国機関が保護している異能力者たちを「籠の鳥」と呼んで、その”鳥”を狙う、異能力者の権利だか自由だか何だかを主張する集団を「ノラネコ」と呼んでるのだとか。
お母さんもその一員だったと聞かされた。もっとも、母が実際に何をしたのかは聴いてない。多分、お母さんも私に知られたくなかっただろうし。
「へぇ、全然似てないと思ったけど、人を拒絶するその目つき姐さんにそっくりだね」
目の前の少年?は、おどけたように言う。
お母さんはあまり誰かと関わる人じゃないと思ってたけど、この子は面識があるのか。
そもそもノラネコがどうやって統率を取ってるのかとか知らないけど。少なくとも私が実家に居た頃には外部の誰かと連絡を取っていた様子が無かったし、誰かが訪ねてくることもほとんどなかった。
私の知る限り接していたのは私の家庭教師のお姉さんくらいだ。しかも基本、勉強を教えてくれたらすぐに帰って行ってお母さんとなにか会話していたそぶりはない。
「似てるって初めて言われた」
子供の頃は若くて綺麗なお母さんが自慢だった。
だけど、私は全然似てないのが悩みだったりする。髪の色も肌の色も、あの美貌も似てないと感じてた。一時は血のつながりがあるのかも疑ってたくらい。
母の話題を出されて私が興味を持ったと思ったのか、彼に余裕の笑みが浮かぶ。
「名前わからないと不便だろうから名乗るけど僕はミケネコって呼ばれてる」
ノラネコという呼称もかなりアレだと思ったけどメンバーの名前もかなり特殊だ。というか彼らは自分でそう名乗ってるのだろうか?
その考えが読まれたのか「ミケネコという名称も護国機関によってつけられたコードネームみたいなものだよ。それをあえてぼく達が使ってるのは、あいつらに対する挑発ってとこかな」と、喉の奥でくくっと笑う。
護国機関の動きが筒抜けってことか。それがノラネコの異能力者によるものなのか、護国機関に内通者が居るのか。
「君が何を吹き込まれてるのか知らないけど、僕らよりもあいつら護国機関の方が非情だよ。人間よりも有能な異能力者らを籠に閉じ込め、繁殖させ、意に介せない鳥は異能力剥奪といって羽根をむしりとる。ね、どっちが悪なんだか」
生まれ持った自分の異能力を疎む人間だっているだろうに。彼らはそういう異能力者は異端だと思ってるのだろうか。だとしたら傲慢極まりない話だ。
「興味ないんで帰っていい?」
早く帰って寝たい。明日も学校だし。
「冷たいんだ~。君のお母さんはあいつら護国機関に殺されたのに何とも思わないわけ?」
「……あの人はそれだけの罪を犯したじゃない」
人を殺した。おそらく殺されてもしょうがない人間から、そして「みやびちゃん」のように罪もない子までもを。
――私の為に。
「そう。君の為にね」
「……」
「君がどうして子供の頃、転々と住まいを変えていったか知ってる? 君は子供の頃、その茶髪のせいでいじめられてた。そいつらがどうなったか……知ってる?」
私と距離を詰め、かがみ私の顔を覗き込むようにして言う。
顔にはあの天使のような笑顔。
「……」
封じられていた部分の子供の頃の記憶は生死を彷徨った時にある程度蘇った。
同じ年頃の子供たちに手ひどい苛めをされたこと。ピアスによって治癒の能力を封じられていた私は傷を負うこともあった。
泣いて家に帰ったらお母さんが抱きしめてくれて何かを決意したような表情で「お母さんが守ってあげるから」と繰り返し言っていた事。
私の周辺ではいつもそういう子供たちが行方不明になっていた。
時が経ち行方不明事件が人々から忘れ去られようとするときに、いつも転居していた。転居しなければいいのにと今となっては思うけど、おそらく子供の頃の私が消えた子供たちをずっと気にしていたのだろう。
その時に、もしかしたら心の奥底で気づいていたのかもしれない。
「子供たちが居なくなったのは、お母さんが関与している」と。
それが根底となって「自分が強くならなければ」と幼い頃の私は学校に通うことを望んだ。知識を身につけたい、人との適度な距離感での関わり方を学びたい、と。
「そうだよ。君の人生は沢山の人間の死で成り立ってるのに関係ないというつもり? それは虫が良すぎるんじゃない? ホンモノの藤原みやびちゃんもかわいそうだよね、君に戸籍を乗っ取られて」
たまたま誕生日が同じだったから。年下の彼女と仲良くなって、それを知って……彼女はお母さんに殺された。
「どうせ戸籍を乗っ取るのなら誕生日が同じ子を乗っ取ればいい」とお母さんが思ったのだろう。
私のせいで、みやびちゃんが、殺された――
いけない。また感情を操られる。
助けを求めるように、そっと左手の薬指に光る番いの指輪を撫でる。落ち着け、冷静になれ。
私にはナギがついている。なにもかも受け止めてくれる最愛の人が。
「……だからといって私がノラネコとやらに協力するのが贖罪にはならないと思うんだけど」
「姐さんは異能力者が自由に生きられる世の中に加担してたから、君がそれの代わりをするべきだと思わない? ねえ?」
あの人はたぶん他の異能力者なんてどうでもいい。私を守る事だけを考えて生きてきたような人だ。
めんどくさいな、話に乗るふりしてぶん殴ってやろうか。ミケネコは特に鍛えても無さそうだし、おそらく伸せる。
「ははは、君は本当に過激だね。……僕にその手はきかないよ。僕には君の考えが読めるからね」
銃を突きつけるように、自分の右手の人差し指をこめかみに当てる。前も思ったけど、この子、やっぱりそっち系の能力者か。
「君を味方にしてついでにあの目障りな警護隊のお兄さんもこっちにひき入れたいんだよね。あいつらには辛酸をなめさせられてるからね」
「あの人は味方を裏切る人じゃないと思うんだけど」
それともおそらく居るであろう記憶を操作する系統の異能力者の力でも使うんだろうか。その能力者がどこまで操れるかは定かじゃないけど。記憶を触ったとして、根底にある人格は変わらないだろうに。
「別に味方を攻撃してほしいわけじゃないよ、ただ僕らのスカウトに役に立って欲しいんだよね。こちら側には、他人の異能力を感知する仲間も居る。そんな異能力者に接触して、あの綺麗なお顔で女性異能力者を口説いて欲しいんだよ。僕の精神感応で感情を増幅すると楽そうじゃない? 君はあの忠犬君の人質ってとこだね」
「くだらない」
斬り捨てると、ミケネコは表情をさっと変えた。自分を否定されると激高するタイプか。年齢ははっきりとはわからないけど、まるで子供だな。
「ふーん……断るつもりなんだ」
「最初からそう言ってるけど?」
なんなら思考でもしっかりと拒絶している。
「まぁいいや、無理にでも連れて行くから。『式神起動』」
パーカーの左右のポケットの中から出した人の形を模した紙切れを両脇に投げ捨てると、それはあっという間に2メートル近い頭部が鬼の人型物体になった。
主人を護るように、ミケネコを挟むように2体立つ。
「……これ」
「そうだよ、君が姐さんと戦闘訓練に使ってた式神。打撃も通りにくいし、頑丈だし、結構きつかったでしょ? あ、もしかして忠犬のお兄さんにも内緒にしてた? 君が式神と戦ってたくらいのバケモノだって」
この子、本当にいちいち癇に障る。
お母さんも護符から式神を起動してた。月に一度の帰省の時、私はそいつらを相手に戦闘訓練をしていた。
ナギにも言わなかった、言えなかった秘密。
忍さんは何故これを操れるのかなど一切は口にしなかった。当時の私も疑問には思わなかった。その辺りも記憶が都合よく操作されていたのだろうか。
それにしても、忍さんはこれを借りてたってことか。ということはノラネコとやらに式神使いが居るのか。
もしかしたら今この場にも刺客が居るのかもしれない。注意しないと。
あの時の店内でもおそらく他の異能力者が居て店長たちの認識能力を阻害していた。目の前の子が1人で行動してるとは限らない。
見通しのきく空き地に誘導したつもりだったけど、ミケネコの仲間と思しき人影は見えない。
だけど、私にも味方は居ない――。




