111 名前 みやび視点
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「入るぞ……少しは落ち着いたか?」
加賀宮さんはノックと共に入ってきた。……ノックの意味が無いな。事前に後で来ると言われてたからいいんだけど。
加賀宮さんが私にカップ入りのオレンジジュースを差し出してきた。
最近よく見かける生絞りの自販機のものだ。350円と500円と2種類あるやつ。街で見かけたことがあっても買ったことはなく、その違いがいまだよくわからない。
ひとしきり泣いて体の水分が枯渇した気がしたのでありがたく頂く。……美味しいな、これ。
「ふぅ」
人心地つけた。
正直、お母さんのことを思うとまだ涙が出てきそうだけど。
2人にまた心配をかけるから今はダメだ、我慢しないと。彼らは何か用事があってきたみたいだしこれ以上時間を取らせるわけにはいかない。
「あの、みやびさんは自身が異能力者だと知っていたんですか?」
言いづらそうにシオンさんが口を開いた。
「いえ。……あの時までは全然。生死の境をさまよったせいか封じられた記憶がある程度蘇ってそれで自分には治癒の能力があるという事を思い出しました」
知っていたら、異能力者を取り締まる立場のナギと呑気に付き合えてない。
もし自分のその記憶があったのなら、ナギに打ち明けられていただろうか。保護された異能力者がどういう扱いを受けるのかとかわからないけど、どうせろくなことにはならないだろう。
……私はこの後どうなってしまうんだろうか。
「異能力は、個人差は有れどある程度成長してから目覚めると言われていますが、あなたはいつ……?」
「明確な歳は覚えてませんが子供の頃、庭で遊んでいた時に兄が弱ってる小鳥を見つけてきました。かなり衰弱していたのですが、その子に対して『早く良くなって欲しい』と強く念じたら、回復して飛んで行ったことがありました。それを母に知られた時にはすごく叱られました。人前で使ってはいけない能力だ、って」
あの時のお母さんは叱るというよりも、ただただ悲しそうな顔をしていた。お母さん自身も異能力を持っていたから、娘である私に異能力が備わっているだろうと予想していたとはいえ、受け入れられなかったんだろう。
自分に異能が備わってると何故わかったかと聞かれたとしても「そう感じた」としか言いようがない。「治癒」の能力を使った時には、何の疑いもなく自然と「私ならこの子を治せる」と確信を持っていた。
他の異能力者もそうなのだろうか。
「……お兄さん?」
シオンさんが初めて聞いた単語に軽く首を傾げた。
それは思い出した記憶の欠片。幼かった私の傍らには少し年上の男の子が常に居た。私が他の子供にからかわれた時にすぐに飛んできて、その子たちを全員殴り倒した子。
「私には兄が居ました。兄の存在も忘れていたのですが。……子供だった私に炭酸飲料を飲ませてそれでむせたらお腹を抱えて大笑いしていたような酷い兄です」
加賀宮さんが腕を組み、天井を見上げる。
「基本優しかったのですが、何故か何度か食べ物関係で酷い目にあわされました」
学校給食でしか出ないという動物の形のプロセスチーズを学校には通ってなかった私が何故食べた記憶があるのかと思ったけど、思い出した。兄が学校から持ち帰ってきたものだ。
それが善意か悪意かは本人にしかわからないけど。
「……もうその話はいいだろ」
加賀宮さんが苦い顔をして会話を止めに入った。
「では、このピアスは?」
シオンさんが小さなジップロックに入れられた私のピアスをかざす。刑事ドラマでよく見る証拠品を扱うみたいだな、と思った。
あの時に左耳につけていたイヤーカフはスマホが置かれていたチェストの引き出しに入れられていたけど思い返すとそういえばピアスは無かったなぁ。
私が病院に搬送されたあの後、シオンさんに回収されていたのか。
「母に、誰かが傍に居る時にはずっとつけてろと命じられてました。ナギと2人きりの時でも一切外していません」
普段は寝る時には外すけど、ナギが泊まりに来た時には就寝の時も外さなかった。
女性の装身具についてあまり詳しくないナギはそれが普通だと思っていたみたいだけど。
「これが異能力を封じるってのは知ってましたか?」
「それもあの時に思い出しました。母には『異能力が意志とは関係なく暴走してはいけないから』と言われていました。だからナギに『外して』と頼みました。もう腕も動かす余力もなかったので。それを外すと自分の体が治癒されるってわかったから。……それまでは父の形見か父から母に贈られた物なのかな、だったらいいななんて思ってつけてました」
……馬鹿みたい、と小声でつぶやいてしまった。
聞こえなかったのか、聞こえないふりをされたのか、2人はそれについて追及しなかった。
「――こんな小型で強力な封じの霊石は私ですら見たことがありません。あなたのお母さんはどこでこれを?」
聞き馴染みのない単語。霊石ってなんだろうか。異能力を封じるものなのだろうけど、そういう物だとは知らなかった。……そういえば、あの時の忍さんは身に着けてなかったな。たまに外出する時には確か欠かさず付けていたみたいだけど。
「知りません。母は秘密が多い人でしたから」
お母さんの素性も知らないんだなと改めて思った。家系も過去もまるで知らない。
あの時お母さんはみやびちゃんの戸籍を奪ったと言っていた。そして彼女の母親の戸籍もその時に乗っ取ったのだろう。
つまり、藤原忍という名前はお母さんの本当の名前ではない。そして私の名前も。
――本当の名前……知りたい。
ある程度記憶が蘇っても、何故か名前だけは思い出せない。薄いモヤがかかってるようだ。どういうことなんだろうか。
兄たちと暮らしていたあの頃には普通に名前を呼ばれていたはずなのに。
シオンさんは俯いて何かを思案している。
あまりにも私が母の事を知らなさ過ぎてここで得られる情報はもう無いと思ってるのだろうか。未だ万全ではない私の体も案じて早く話を切り上げてくれようとしているようだ。
加賀宮さんに「もう行きますか?」とアイコンタクトを送っている。彼もそれに対して軽く頷き返した。
「じゃあ、私たちはこれで」と2人とも席を立つ。
「今はとにかく、ゆっくりなさってください。お大事に」
「あ、ハイ……あの、私からも一つ、聞いてもいいですか?」
ナギはどうしているのかというの話も聞きたいけれど、今はそれ以上に知りたい事があった。
「? ええ。我々に答えることが出来るのなら」
「むしろ、加賀宮さんじゃないとわからないと思います」
「それはどういう?」
シオンさんは困惑している。
私と加賀宮さんはナギを通さない限り、直接的な接点が無いと思ってるから。
ここで言うべきではないかもしれない。でも後でチャンスがあるのかもわからないから言わずにはいられなかった。
じっと加賀宮さんを見据える。
彼は私が何を発言するのか、ある程度予想していたようだ。
それを見て、意を決して口を開いた。
「私の本当の名前を教えて。――ジン、お兄ちゃん」
私は10数年ぶりに兄の名を呼んだ。




