112 これからの事 みやび視点
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「どういう、ことですか?」
加賀宮さんを「兄」と呼んだことで、予想通りシオンさんは激しく狼狽している。
対して加賀宮さんは表情を一切変えない。ある程度この流れは予想していたのだろうか。
「……シオン、先に戻ってろ。まだ長官に報告はするんじゃねえ」
「ちょっと! その前に説明してくださいよ。あなたはみやびさんのお母さんと因縁があるって言ってましたが、それって――」
「シオン!」
加賀宮さんのひと際大きい声が病室に響いた。普段冷静な彼が声を荒げるのは珍しい。その声で私もびくりと身がすくんでしまった。
「あとで話す。――気が向いたらな」
「絶対に説明してくださいよ」
2人はしばらく視線を交わし合う。そしてシオンさんは私に頭を下げ、渋々といった感じで病室を出ていった。
「さて」
加賀宮さんは椅子に座り直した。射貫くような視線で私をじっと見据える。
「ある程度記憶が蘇ったって言ってたな。――俺の事も思い出したのか?」
言いづらそうに言葉を繋げる。
その口ぶりでは彼の方も私が妹だと気づいてたみたいだ。彼は私の事をいつ妹だと認識したのだろうか。思えば出会った時から加賀宮さんは私の事をさりげなく気にかけていてくれた気がする。私が五行という人に絡まれた時にも、その後で加賀宮さんが彼を制裁したと聞いた。
「ええ。……面影ありますね。私の記憶の中のお父さんに似てる」
とはいえ、お父さんの方が今の加賀宮さんより年上だ。
そしてお父さんの方はいつも豪快な笑みを浮かべていた。豪傑という言葉が似合う人柄だった。
「お前もな。ガキの頃からまるで変っちゃいねえ。……ナギに写真を見せられた時には驚いたぞ。その後でやつに写真を見てどうして動揺したのかと詰問された時にはどうはぐらかそうかと難儀した」
そんなことがあったんだ。ナギは嫉妬深いからなぁ。
「そういえば、お兄ちゃん」と、昔そう呼んでいたので自然に口に出た。
一瞬驚いた顔をされた。しまった、やっぱりやめておいた方がいいかな。
「あ、この年でお兄ちゃんって呼び方は変だよね」
じゃあ以前のように「加賀宮さん」呼び? でも子供の頃の記憶が蘇ったからそれも他人行儀みたいでむずむずする。
「いや、いい。――お前に苗字で呼ばれる方が違和感があったからな」
そうなんだ。私もこっちの方が気が楽だけど。
気を取り直して、聞きたかったことを問う。
「私のカレーを気に入ってたのも、お母さんの味だから?」
私が作るカレーはお母さんから教えられた物だ。
確か、お父さんから教わったと聞いたからきっと加賀宮の家に伝わるレシピだったんだろうか。とはいえ、記憶の中のお父さんは台所に立つ人ではなかった気がするけど。
意外と不器用でお母さんに「邪魔だから座ってて」と叱られてた記憶がある。
「ああ、懐かしい味だった。――15年ぶり、だったか。当時お前はガキだから一人だけ甘口カレー食ってたな。そして『どうして自分だけが別のものを食べさせられるんだ』って、ぎゃーぎゃー喚いたこともあった。うるさかったから俺が1口やったら辛いってまた泣き叫びやがった」
「……覚えてない」
「炭酸飲料の時は覚えてやがったくせに」
先ほどの会話で責められたのを根に持ってるのか、軽く睨まれながら言われた。
「あれは大笑いされたんだから恨みに思うでしょ」
口に含んだ瞬間に口の中でぱちぱち弾ける刺激のせいで驚いたのを大爆笑されたからね。
いくら幼い頃の話と言っても覚えてるよ、そりゃ。でも不思議なことにその記憶も封じられていたせいか、炭酸飲料に苦手意識はないけど。
チーズは覚えていたのに。余程まずかったんだろうな、あのプロセスチーズ。
「カレーの件は後で母さんに叱られたから痛み分けだろ」
「私だけが一方的に被害被ってる気がするけど」
痛み分けじゃないよね?
しばしの沈黙の後。
「……これからお前はどうするつもりだ?」
「どう、と言われても……どうなるの?」
「当面の問題は、お前が保護者を亡くした未成年って立場だな。肉体的にはともかく書面では未成年だ」
そうか……未成年だとクレジットカードも作れないからな。
今借りている冷蔵庫とかの大型家電の契約もどうなるのだろう。3年で実家に戻る予定だったので、家電やベッドは全てレンタルだ。
お母さんの契約してるクレジットカードを使ってたもんな。
定職についていないのにどうやって契約したのか知らないけど。
――ん?
「ちょっと待って。今さらっと流したけど、私成人してるの? 今何歳なの?」
「俺とは5歳違いだから、今度の2月で20歳だな。だから『番いの託宣を受けた相手が未成年だ』とナギが嘆いてるのを見た時にはどうしてやろうかと思った」
「いや、そこはちゃんとフォローしてあげてよ」
とは言っても、そうすると私たちの関係をナギに説明しないといけないし、記憶が戻ってなかった私も突然「兄だ」と名乗り出られても困惑するだけだったろうけど。
「――めんどくさかった」
「面倒くさがらないで!」
お兄ちゃんが悪いわけじゃないけど、どれだけナギと私が苦しんだと思ってるの。……あれ? ということは私とナギはやっぱり「番いの託宣」の示す通り、番いだったってこと? でも「藤原みやび」と指定されてたんだよね? 本物のみやびちゃんはこの世には居ないらしいけど、もし生きていたとしても彼女はまだ17歳で未成年のハズ。うーん、わからなくなってきた。
今ここで結論が出るわけじゃないからとりあえず考えなくていいか。
「でもそっか……私が今住んでる所もお母さん名義で借りてるからなんとかしなきゃ追い出さちゃうかな」
家賃は私が振り込んでいるけど。
それに色々と考えなきゃ、実家をどうするのかとか。私の血で汚れたリビングは床の張替えとかしなきゃいけないだろうし、そもそもあそこ借家なのかもわからない。
もしあそこを購入していたとしたら、家の維持もしくは処分とかも考えないといけないのだろうか。
そして持ち家だったら、確か税金もかかるんだっけ? ややこしいな。そういえば役所にも書類を出さないといけないんだよね。
お母さんを亡くして悲しみに暮れている暇もないんじゃない?
「……その辺りは俺が未成年後見人となって動いたらなんとかなるだろ」
悩んでる私を見かねてお兄ちゃんが口を開いた。
「未成年後見人?」
「平たく言うと保護者を亡くした未成年を守る制度だな。母さんとお前は失踪して時間が経過してるから死亡したと見なされていて、もう戸籍では俺と母さんは繋がってないから色々とややこしいが……まぁ護国機関の力を悪用したらなんとかなるだろ」
「法律は守ってよね!?」
というか、どれだけ護国機関には力があるの? 未だこの組織の力というか全貌が良くわからない。私もだけどこの国の人間は「国防のための機関」とぼんやりとしか把握してない。あえて公開してないらしいのだけど、国民もそれを疑問に抱いてないということはなんらかの力が働いてるのだろうか。
「ちっ……めんどくせえ」
「面倒くさがらないでよ!?」
思わず突っ込んでしまった。こうして話していると、止まっていた時間の流れが再び動いた感じ。私はいつもこうやって兄にからかわれていたっけ。とはいえ、私が本気で泣き叫ぶような嫌がらせだけはしない人だったけど。
しばらく笑い合った後に、本題を思い出した。
「そうだ。本当の名前を教えてもらいたいんだけど」
「ああ、さっき言ってたな。だが、知ってどうする?……お前が望むのなら改名手続きが出来るだろうが、そうしたいのか?」
「うぅん。それはしないかな」
私はこの先も、藤原みやびとして生きていく。
あの子の分まで。
名前を変えたら、あの”みやびちゃん”が本当に死んでしまう気がする。
「そうか……。まず初めに言っておくことがある」
珍しく神妙な態度で私を見つめる。
「なに?」
「俺とお前とは血が繋がっていない」
「え」
それは全然想定してなかった。
私たち兄妹は全然似てないとは思っていたけど、お兄ちゃんはお父さんに似てるのからかと思った。
かといって私はお母さんに似てるわけではないけど。
でもナギも「自分は祖母に似ている」と言っていたから、私も隔世遺伝かなにかなのかなって。
「俺がガキの頃に朔夜母さんと赤ん坊のお前がうちに来た。……お前の実の父親が死亡して行くあてもない所を親父に保護されたと聞いた。母さんの作るカレーはお前の本当の親父さんから受け継いだものだ」
「……そうなんだ」
記憶の中の加賀宮のお父さんは勇壮な人だったから、路頭に迷っている母娘を放っておけなかったんだろうな。
私に対してもお兄ちゃんに対しても分け隔てなく愛してくれていたから普通に血が繋がってると思ってた。
「さて。お前の名前、だったか」
お兄ちゃんは私を正面から見つめ一呼吸置くと、とある言葉を告げた。
「――変わった名前」
漢字も聞いたけど、これでそう読むの? 無理やりじゃない? という感じだ。
「俺もガキの頃にそう思った。お前の親父が『いつか、真実の愛に逢えますようにという願いを込めた』と言っていたらしい。母さんはお前の命名の話をした時には『あの人はネーミングセンスが無いから』と困ったように笑っていたな」
「――っ!」
――いつか、真実の愛に逢えますように。
知ってる、私はその言葉を知ってる。生死の境をさまよっていた時に聞いた言葉。
もしかしたらお父さんが生前に私に繰り返し言ってくれていたのかもしれない。
愛されていた。顔も知らないお父さんに私は確かに愛されていた。
それがわかっただけで十分。
お父さんがつけてくれた名前は私は名乗る資格がないけど、その想いはちゃんと伝わった。
そしてお父さんが願った通りに私は逢えた、真実の愛に。
最愛の人に。ナギに。
また涙がこぼれ落ちてきた。今日の私は泣きすぎだなと思う。
私がむせび泣いている間、お兄ちゃんは何も言わずにいてくれた。
泣き止んでしばらくすると、立ち上がる気配を感じた。
「もう行くの?」
「ああ。思ったよりも長居したな。これでも色々と仕事が立て込んで忙しい身だからな。回せるものは全部壱番に押し付けてるが」
「え、それはやめてあげて?」
以前ちらっとナギが「弐番隊の仕事までうちにくる」と愚痴っていたけど真実だったのか。というかそれを認めてるの? ナギたちの上司は。
「……今あいつは腑抜けてるから喝を入れる為にもそれくらい構わねえだろ。それに俺はノラネコを追うのに忙しいんだよ」
「加減はしてあげてね」
「ちっ。……壱番がダメなら肆番にも振り分けるか」
お兄ちゃん、ちゃんと規定の仕事こなしてる? ある意味心配だよ。そしてさりげなく飛ばされてる参番ってなにか問題でもある隊なのだろうか。
「そういやさっき言いそびれていたが、頃合いを見計らってうちの長官がお前に会いに来るからな」
「長官?」
「杠葉っていうおっさんだ。正直、何を考えてるのか読めん。気をつけろよ」
「怖い事言わないでよ」
お兄ちゃんにそこまで言わせるとはどういう人なんだろうか。
「1対1で面会する事はないからそこは安心しろ」
私の考えが読めたのかすぐさまフォローされた。知らない人、しかも男性と密室で二人きりで会うのはちょっと嫌だからよかった。
「ナギがついてくれるの?」
まだ清拭止まりでシャワーも浴びれてないから会うのは躊躇うけど、そこは考えてくれるのかな。
「いや……そこは俺がねじ込む。あのおっさんは敵ではないが味方だとは断言しづらいからな。ナギには任せておれん」
言うだけ言うとさっさと部屋を出ていった。
1人残された部屋で「怖くなってきたんだけど?」と呟いたのだった。
一体何が待ち受けているのだろう。




