第4話 異なる世界で
全てを思い出した、混乱した私を見て、神崎さんはしばらく黙り込んでいた。
たぶん、私が落ち着くのを待ってくれていたんだろう。
──あれから、3日も経っている。
神崎さんは、その間に先にあの人達、ドレナグシュさんとマグガンさんに話を聞いたそうだ。
そして、それを私が目覚めたら伝えるように言われている、と。
「厄介なことになってんの。とんでもなくね。
私もまだ詳しく聞いてないし、何かゴチャゴチャ沢山言われて良く分かんないから。大体、大まかにしか説明できないけど」
ほんと、馬鹿みたいに信じられない話。と付け足して、神崎さんは苦々しく顔を歪めた。
そして黙り込む私をチラリと見た後、ゆっくりと神崎さんは口を開いた。
あぁ、こんな神崎さんは珍しい。いつも彼女は明るいから。──それだけのことが、今起こっていると言うことなんだろうか。
「──この世界の名前は、アウシュトラーゼ。で、この名前は、この世界の神様の名前だって」
「…神様?」
「創世神なんだってさ。世界を創った神」
神崎さんは私を見ずに、窓の外、空を疲れたように見つめながらぼそりとそう言った。
その様子に、何かがあったんだと確信をする。
その目が、どこか思い詰めたようなそんな暗い色を宿しているから。
──どうして、何があったの…?
そう、声に出して聞くことが出来たらどれだけ良いか。ギュッと唇を引き結んだ。
「この世界には、魔法がある。で私らをここに喚んだのも、まあ、召還術とか言うのらしい。で、この魔法ってのは魔力が必要で、さらに言うと精霊ってのがいるんだって」
上手く説明できない、を眉を寄せ唸りながら神崎さんは私へ説明を続けた。
神崎さんも、まだ整理しきれていないのだろう。
それも当然。今この状況でさえ、到底信じられるものじゃない。あり得ないこと、だ。
──でも、しっかり向き合わないといけない。
情報は、大事だ。これから自分の身を守っていくためにも。憶測でしかないけれど多分、ここには危険が溢れているだろうから。
何一つとして、知ることのない見も知らぬ場所。……それが、こんなにも不安を感じるものだとは。いや、想像するよりも、もっと。だってここは、世界すらも違う場所だ。
常識だと思っていたことが、一切通じないんだ。怖くてたまらない。
救いはきっと、神崎さんがいることだろう。お互いに、どんな感情を抱いていようと、知っている人が側にいることがこんなに安心することだとは知らなかった。
そして多分、だけど。彼女とはこれから沢山関わることになる。……私たちは二人でここへ来てしまったのだから。
だからこそ、これから与えられる情報はきちんと整理しなければならない。整理して理解して考えておかないと、いけないだろう。
これから何が起こるかなど、自分では想像もつかないことだから。
「何て言うか、取りあえず私らが、何でここに召還されたかっていうとさ、──聖女、何だって私らは」
その言葉を聞いて、私は目を見開いて茫然と、神崎さんを見つめた。
自分で言うのヤだけど。テンプレな事に。と苦々しく告げた神崎さんは、眉を寄せたまま何処かを睨み据え、口元を歪ませて私に伝え続ける。
でも私は、ただ茫然と何とか話を聞き逃さないようにする事しかできなかった。
──聖女…?なんて、なんて自分には不釣り合いな言葉だろう。
その役目を、私も持っているというの…。神崎さんだけじゃなく、この私も?
思わず、ギュッと手を握りしめた。
帰りたい。でも、帰れないと、そう断言されたことをどうしようもなく願う。
神崎さんの信じられない、でも、事実であるだろうその言葉はどうしようもなく、心をかき乱した。
荒れる心を押さえつけて、何とか神崎さんの声に耳を澄ませる。でも、やっぱり心が晴れてくれるような事は、無かった。
──この世界の名前は、アウシュトラーゼ。この世界を創ったと言われている神の名前を持つ世界。
地球から見て、異世界と喚ばれる場所に位置する。
また、文明から人種まで多くのことが異なる世界であるここには、“魔法”と言うものが存在している。
この、魔法を扱うためのエネルギーを“魔力”と言い、これは人が生まれつき多かれ少なかれ必ず己の中に持っているもの。
さらに言えば魔力とは自然界の全てのものに宿っている。
生き物、木、草、花、水、そしてその空気中、全てに魔力は宿り世界を巡っていという。
また、それら自然界に満ちる魔力を司り管理する者それを“精霊”と呼ぶ。
そしてさらに、精霊全てに力を送り、この世界全てに満ちる魔力を調節し、供給し、均衡を保つものが存在する。
──その名を、“蒼樹”。
世界の中心に位置し、全ての大地に根を張る大樹。蒼銀に輝くその木は、世界を護る、母なる木。
その木は世界中に根を張り、また、大樹を囲むように姿を同じくした樹木が点在している。
その数は全部で6カ所。
丁度、大樹を中心とした円を描くように、大地に根を張っている。
そして、世界の中心たる大樹を護り、司る国がある。その国の名をヴァルシュトナ。
──私たちを、召還したこの国のこと。
また蒼樹は、その大役からか、何百年かに一度異変をきたす。
それは世界を揺るがし、また絶望に陥れる異変を起こした。時に人に影響し、自然に影響し、魔力に影響する。
そして、その蒼樹を癒し平穏へと世界を導く存在、それをこの世界の人々は“聖女”と呼んだ。
聖女とは、世界の救い手、闇を払う者、黒髪の乙女ともよばれる存在。
世界の節目には、その姿が歴史の中にしるされてきた。
──そして、今現在も、世界は危機に瀕している。
話しの終わりに、神崎さんは顔を何処か諦めたような顔をして“世界を救えだって。私らに”と締めくくった。
──どこの、物語だろう。最初に思ったのはそんなことだった。
ただの、女子高校生に、世界を救う何てそんなことが出来るのだろうか。だってそんなことは、そんな現実味のないことが──…。
いや、神崎さんなら、もしかしたら出来るのかも知れない。
何でも出来てしまう人だから。そして、いつの間にか人を引きつけて止まない人。
…でも、なら私は……?
「私は、やるから」
急に響いた声にハッとする。恐る恐る彼女の方へ顔を向けると、やっぱり私の方は見てなかったけど、彼女は真っ直ぐに何処か遠くを見るように前を見ていた。
「帰れない。ならここで生きていくしかないんだ。なら、与えられた役目くらいこなしてみせる。──その為に、その為だけにここに呼ばれたんだから」
最初に迷いに一瞬、その瞳が揺れた。
彼女を見て、その真っ直ぐと前を見て憧れを抱く。彼女のようになれたらと、何度願ったことだろう。
「聖女は、この世界にとっての希望。その存在があるだけで救われる人が居る」
戸惑いも、迷いも、躊躇いもあるのだろう。
揺れる彼女の目を見て思う。
「その存在が無くなれば、それだけで全てを諦めてしまう人が居る。──だから、逃げるわけには行かない」
恐怖も抱いている、その目はやっぱり、諦めを抱いたまま。
きっと、彼女は逃げることを諦めた。だから、こんなに真っ直ぐに前を見ている。
3日。たった3日で彼女は、覚悟を決めてしまった。──たった、一人で立ち向かうことを。
なにが、彼女をそうさせるのか。…分からない、けど。
「帰る方法も、完全に諦めた訳じゃない。私は、探してみようと思う。──あんたは、どうすんの」
ふいに、こちらを見た神崎さんの目に、竦んでしまった。
私も、彼女と同じようにしなくちゃいけないんだろう。その為にここにいるのだから。
でも私なんかが望まれて、居るの?神崎さんが、いるし…。
それにもし、そう期待されているとしても……──重すぎる。
そう思うのに、あまりに真っ直ぐなその目に、目を反らせなくて、知らずに手が震えた。
前回に引き続き、遅くなってしまって申し訳ない限りです。
なんとかちまちまと、頑張りますのでよろしくお願いいたします。