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後編①『一味の連行』

 赤沢が階段の上に立つと同時にERTの隊員が家に侵入してきた。

彼らは黒木達と同じくワザとらしく、盛大に掛け声をかけ突入してきた。


彼らの役割は『スリ一味を精一杯脅し立て、かつ迅速に連行すること』。


 『スリ一味を脅す』

これは特能省警備局捜査一課と警視庁捜査三課からの公式に近い『依頼』である。

警備局捜査一課はケチなスリ一味なんて眼中に無いが、犯人はとっちめたい、

警視庁捜査三課は特殊能力者が関わるから手は出したくないが、同じく目的。

特殊能力の絡む組織犯罪対策と窃盗、盗難と分野の違う二つの組織が目的を一にした。

結局、一課、三課の相応の位の人間が警視庁警備部にコンタクトをとったらしい。

最終的な一味への対応は特能省警備局が引き継ぐこととなった。

これに関して隊員達は上司が貸を作る為に無駄働きさせられたことになる。


 『迅速に』

これは外務省からの『圧力』である。

ベイジンパニック以降警戒が高まり続ける中国大使館周辺で余計な作戦は罷りならん。

それが彼らの主張だった。これが特能省の作戦であれば外務省も黙っていたかもしれない。

これに関してはどの役所も外務省に『はいそうですか』と従うほかない。


 『連行すること』

これは都庁相談室からの完全に非公式な『依頼』である。

そもそも相談室では三人を連行するだけのマンパワーが無い。

出来たとしてもたった三人ではスリ一味にこのお遊戯の真相を見抜かれるのがオチだ。

そうなれば『威圧』するという目的を達成するどころか、再犯を招きかねない。

そこに丁度銃対隊員石川のコネクションがあって初めて本オペレーションが成立した。

従って、相談室とERTには『完全に非公式』な借りがある。

対価は大疎開後、滅多にお目にかかれない『大宴会』である、ジェリーの店は予約済みだ。


 結果として様々な組織の思惑が入り乱れることとなった。

だがERTの隊員は粛々、否誠実に取り組んでいる。

だからこそ黒木以上に緊迫感のある動作と声で作業をこなしていく。

「目標はこの三人ですか」

一人の隊員が黒木に尋ねる。

「そうで……」

マズい、化けの皮がはがれる。

「そうだ、連行しろ」

相手も黒木の演技を心得たとバラクラバ越しでもわかる位ニヤリとして返す。

「了解、移送はV班が引き継ぎます。おらぁ、貴様ら立てェ」

腰も立たぬ三人は両脇を抱えられ、無理やり運ばれる。

この家にいるのは赤沢、黒木、そして黒木に話しかけたERTの隊員合計三人。

この部屋に久方ぶりの静寂が帰った。


 「変な頼みを聞いてくださってありがとうございます」

黒木は隊員に一礼する。

「貸は返してもらう、そう決まってるんですよね。これ以上変な頼みはもう一生ないだろうな」

隊員は鼻で笑いながら返す。

「はいはーい、怖い人たちはもういませんからねー安心してねー」

二階から赤沢の猫なで声が聞こえる。

「そいつが今回の人……奪還目標ですか」

隊員が笑っている、彼は笑い上戸なのかもしれない。

「そうそう、待ってて一緒に今降りるから」

赤沢が階段を下りる。

彼女の手の中には小さいゲージに押し込められた一匹の猫、桜ちゃんがいた。


 「逃げちゃったらこまるからかわいそうだけど、もうちょっとおとなしくしててね」

赤沢がかごを頭位まで持ち上げ話しかける。

にゃーんと桜は応答した。


 今回のオペレーションに特能省警備局が乗り気じゃなかったのはここが原因だ。

「資産が取られたとか、人質ならウチも直ぐ動くよ。でも『猫質』じゃ、ちょっとね……」

相談室手帳のホットラインで対応する係員は困惑していた。

「まぁ、確かに犯罪組織って言えばそうなんだけど。ロートルのスリ一味でしょ、うーん」

係員から引き継がれたもう少し格上らしき人間も唸る。

結局、一課からの返答に30分も時間がかかった。特能が絡む事件では異例の長さである。

大抵我先にと権限を奪い合って、それから面倒な所を押し付け合う。


 「残念だが警備局は現在、東和会残党への取り調べ、検挙で手が回らない」

それが返答だった、大変居心地の悪そうな声だった。


 「え、いやいや、いや特能でしょ、捜査一課なら話別だよ。でも捜査三課よ、ウチ。動けないよ」

これは警視庁捜査三課の返答、こっちは完全に上滑りした声。


だから相談室が動いた、驚いたことに相談室員には捜査権と逮捕権があった。

赤沢は嬉々としてそれを使ったのだ。


 一人部屋に残されたERTの隊員が盛大にくしゃみをした。

「自分、猫アレルギーで鼻水が止まらないんですよ」

彼はヘルメットを脱ぎ、鼻水でべとべとの目出し帽を脱いだ。

恐らく事前に準備していたポケットティッシュで鼻水をかむ。

坊主で、細いが筋の通った顔立ちだった。確実に黒木より若い。

「班長め、絶対この事知ってて突入班に組み込んだな」

彼はもう一度くしゃみをする。

「頑張りなさい、新米君」

赤沢が猫のゲージを彼に向ける。

「赤沢さんの、お嬢さんですよね。やめてくださいよもう」

赤沢は朗らかな笑い声をあげる。

サディストだ。


 「収容終わったそうです、お疲れ様でした」

ビシッと敬礼をしたところで、彼はもう一発くしゃみをかました。

「かっこ悪―い」

意地悪な笑みを浮かべた赤沢は、きれいだがゆっくりとした動作で敬礼した。

黒木は塩梅が判らず、ギクシャクとした変な恰好の敬礼になった。

「これ、絶対つけてないといけないんですよ。嫌だなぁ」

彼は鼻水に濡れた目出し帽とヘルメットを被る。


 クラクションが響く。

「ようやく出発です、多分出来る限りノロノロやってたんでしょ。もう」

彼は不満をこぼすと「それでは」と玄関に走っていった。

黒木はその後ろ姿を見てようやく彼の名前を聞いてないことに気が付いた。

どうせ、明後日にはジェリーの店で再会するのだ、その時でいいか。


 桜ちゃんを覗けばこの部屋に黒木と赤沢以外は居なくなった。

「あー、明日有給使いますよ、僕」

黒木はヨーロピアンで派手なソファーへと倒れ込んだ。

「残念でした、明日も出勤です」

赤沢は黒木のプレートキャリアーの部分にドスンと腰を下ろす。

「うぐぇ」

腹部、胸部への一撃により、声にならない悲鳴が漏れる。

防弾プレート越しだから、色気も何もない。

このタイミングでは赤沢の肉体はただの重量物である。

「その程度の筋肉じゃまだまだ、有給なんて使わせないから。明日もトレーニング、トレーニング」

赤沢は腰を浮かせ、はしゃぐ。


 「黒木ぃー赤沢に襲われてるのかぁ! 大丈夫かぁ! 俺が助けるぞぉー! 」

やけに間延びした植山の声が響く。

無線ではなく、拠点から大声で叫んでいるのだ。

「赤沢美咲ぃー、貴様をパワハラとセクハラの現行犯で逮捕するぅー! 貴様にはぁ、黙秘権とぉ」

「はいはい、黙秘権を行使しますぅー」

たわいもない会話に、ついさっきまでの突入劇がかぶり笑えて来る。

『なー』

「早くここから出せ、トンチキめ」

桜が視線で訴える。


 一味の目を気にする必要もなくなったので、二人は生垣を跨いで拠点へ戻る。

玄関を開けて植山が待っていた。

いつの間にか、いつものSUVが我が物顔で止まっている。

「どのタイミングで車回したのよ」

赤沢が驚き、呆れる。

「ERTの兄ちゃん達が突入した後、だらだらしてたら猫ちゃんが可哀そうだろ」

植山がゲージを指さす。

「ほらほら、撤収撤収。康子の家に直行するぞ」

三人は二階の子供部屋から物騒な品々を運び出す。

二往復で秘密基地は片付き、ここにもようやく平和が訪れた。


撤収間際、植山は形だけ申し訳なさそうに、つぶやく。

「窓ガラスは……明日にでも業者呼ぶか」

無論、即日窓ガラス交換をしてくれる業者なんか東京にいない。

植山は一応、ピッキングの逆の手順で鍵を掛けた。

三人はSUVに乗り込み仮設監視所を後にする。


 「黒木、お前の情けない突入の瞬間はバッチリ動画に取ったからな」

植山が鼻で笑う。

「どこら辺がですか」

黒木としては、現状のベストを尽くしたつもりだったのだが。

「ドスを効かせようとしすぎてて変な声になってる。あれ笑わせにきたんじゃないのか」

なんでそんな声聞こえて……

「盗聴器ですか、アレでも本気でやってみたんですけどね」

ふてくされて答える、というか今疲れたか不満な声以外出せない。

「ま、鼻水まみれの新人くんも面白かったけどね」

赤沢が話題のタネを増やす。

が、次第に黒木の意識は薄ぼんやりとし、ついに寝てしまった。


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