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後編②『姫の帰還』


 「黒木、そろそろ起きなさい」

赤沢に起こされるのは本日3回目。

1回目は朝、2回目は作戦開始前、3回目は今。


 「作戦中に寝るなんて悪い人よねー、お姉ちゃんが懲らしめてあげようか」

赤沢は膝に乗せたかごの中の桜に話しかける。

にゃー

「『彼は我にとって大恩ある御仁、丁重にもてなすがよい』と桜ちゃんは言ってますよ」

黒木はあくび混じりに返す。

「しかしですな、姫。かの者、姫様の護送中に眠りに耽りまして、処断を待つ身であり」

赤沢も黒木の冗談に乗る。

「左様。黒木、まだ任務中であるぞ」

そうだ、桜ちゃんを康子の家まで送り届けるのが任務だ。

「姫、大変失礼いたしました。赤沢侍従長、平にご容赦を」

黒木は平身低頭した。


 結構眠り込んだつもりだったが、10分も経っていない。

一味は康子の家と行き来できる範囲に拠点を構えたんだ。

そうじゃないと、脅して仲間に引き入れようにも移動が面倒くさい。

ただでさえ交通の便が悪い昨今の東京、年寄にはつらかったろう。


 康子の家に到着した。

赤沢か植山が車内で電話でもしていたからか、

康子は玄関先で一行を待っていた。

「桜―」

康子はゲージを抱え上げた。

「本当にありがとう、ありがとうね」

奪還の依頼主である彼女は涙を流し、頭を下げる。


 「でも、凄い恰好ね。とりあえず、お茶でもどうぞ」

確かに赤沢と黒木の恰好は兵士のソレだ。

しかも、サブマシンガンもスリングで下げたままだ。

その姿のままで康子の促されるまま敷居をまたぐ。

植山が後ろ手にドアを閉めると、康子は桜をゲージから出した。

桜は一目散に小さな棚の上に駆け上る。

「あの仔、あそこがお気に入りなの。いっつもあそこにいるの、ね」

康子は桜に問いかけ、桜はにゃーと鳴く。


 康子は三人にお茶を振る舞い、羊羹を出す。

それが終わると彼女はすぐさま、桜に餌をやる。

缶詰に入った上等な餌だ、更にそこに焼いた肉を加えた。

桜はそれに飛びついた、、むしゃむしゃと音をたてて喰らい付く。

「もうもう、やんちゃなんだから……」

康子は微笑みながらその姿を眺める。


 康子は桜の食事を眺めながら煙草盆を出す。

彼女は長いキセルに刻みタバコを詰めて、炭で火をつける。

ぽっ、ぽっ、ぽっと煙を吐き出すと、紫煙を旨そうにくゆらせる。

「桜が帰ってくるまで、願掛けで禁煙してたのよ」

元スリ師は照れ笑いを浮かべる。


 「俺達も吸っていいか」

植山が黒木に目配せする。

「勿論どうぞ、ちょっとまって灰皿だすから」

煙草盆にはキセルの為の竹筒しか置いていない。

康子は戸棚から灰皿を出した。

植山と黒木は紙巻タバコを取り出す。


 二人は監視所に仕立て上げた他人の家、まして子供部屋で喫煙はしなかった。

トレーニング中はそんな暇なかったから黒木にとって久々のタバコだ。

相談室に来てからわずかであるがタバコの消費量が増えた黒木にとって、

この一服は無上に心地がよい。


 「それで……その三人はどうなったの」

灰を竹筒に落とした康子は不安げに問う。

それもそうだ、赤沢と黒木の姿はものものしい。

3は2人に射殺された、と言われても信じるだろう。

「ダイジョブだよ、多分。特能省捜査一課が身柄抑えてる、刑期はそうだなぁ……」

植山が思案する、そこで彼の手帳にホットラインが掛かる。

「噂をすれば、特能ソウイチだ」

植山は電話に出る、三人は植山を真剣に見つめる。


しばらく植山は通話をしたが、それほど剣呑ではなさそうだ。

途中で植山は新たなタバコに火をつける。


「特能ソウイチが半年ほど脅したら検察が即刻不起訴で解放するとさ、意外にも」

植山はさほど驚いた風でも語り、灰皿にタバコを放り込む。

「そもそも自分の人間で検挙してない容疑者、それもケチなスリを裁判沙汰ってのもな」

植山は茶菓子に出された羊羹を頬張る。

「確かに他にも特能事件はある。それにまだ特能事件を扱える検察官も限られるしな」

植山は口に羊羹を入れたまましゃべり、茶で一気に流し込む。

「だから特能ソウイチに認めらえる半年の拘留を使って精一杯脅してやるらしい」

「あら、勾留期間がずいぶんと長いのね、ひどいんじゃない」

康子はかわいらしい声と裏腹に、流石元犯罪者と言うべきワードをさらりと出す。


 元スリ師は新しい刻みタバコをキセルに詰め、火をつける。

「さっきも言った通り検察がアレでな。それで特能警備局は検察の肩代わりもしてるワケ。

半年の勾留期間で取り調べして、ほとんど出来上がったレポートを検察に渡すんだな」

植山が嫌そうに語りながら、タバコをもみ消す。

「昔は警察で長くて2日だったわよね、それで検察に移って。今ってすごいのね」

煙を吐き出しながら、康子は驚いたような声を出す。

黒木は法学を教養としてかじった程度だから、この話について行けない。


 「昔はね、警察が身柄確保したら48時間以内に取り調べて、24時間以内に検察に送検。

それから検察が捜査して刑事裁判起訴、不起訴が決まるわけだけど」

黒木の状況を察したらしい赤沢が説明を始める。

「赤沢さん、そういう話もできるんですね」

黒木は呆けたように驚いた。

「馬鹿じゃないの、仕事の話じゃない。それともあたしが射殺するこしか考えてないとでも」

赤沢に容赦なく頭を肘でグリグリされる、案の定痛い。

タバコを落とさないように何とか灰皿に押し入れる。

「その警察の取り調べ48時間ってのが半年まで長引いて検察もこなすんだな特能は。

もう刑法とか、人権とか今まで警察が積み重ねたモノは一体何だったんだって感じだ」

植山が茶を啜る。


 こういうポイントが警察と特能省の諍いの原因なのかもしれない。

警察のこれまでの実績、誇りを踏みにじり、制限や束縛からはすり抜ける。

その上、有能な人材は奪っていく。

つまり残された者は無能の烙印を押されたようなものだ。

残されたものの特能への怨嗟は想像に難しくない。

これが組織レベルの対立となるとその確執は黒木には想像もつかない。

植山と赤沢も心なしか暗い顔をしている。


 「まぁ、そういうこともあるのね、お茶のお替りいかが」

康子はどことなく張り詰めた空気を察したのだろう、

「あぁそうだわ、羊羹無くなちゃったけど、御煎餅いかが」

洋菓子の様な煎餅を勧めてきた。

「気を使わせて悪いな、有難くいただくよ」

植山はパリパリと音をたてて食べる。


 黒木は今になって羊羹に手を出した。

事案関係者からの供与にならないか、と不安になった訳ではない。

ただ、身体的疲労が極度に達したために食欲が湧かなかった。

椅子に座り込み、ようやく食欲が顕現を始めたのだ。

甘さが悲鳴を上げることすら止めた筋肉に染み渡る。

すかさずほうじ茶を飲む。


 「ま、安心しな、ばぁさん。連中はしばらく出てこれん、猫も返ってきた。な」

植山はこの話をまとめに掛かっている。

植山は康子に気づかれぬように黒木と赤沢に目配せをした。

黒木は新たに取り出したタバコに火をつけることなく、これを仕舞う。

「桜ちゃんはケガ一つないのは確認済みだ。だろ、猫ちゃん」

餌を食べ終えた桜はいつの間にか。定位置に戻っている。

植山の問いに、なーと鳴いて返した。

「あとから特能省警備局捜査一課が来ると思うが、素直に全部しゃべりゃいい」

「でも、そうすると私も、あの人たちも厄介なことにならない」

康子は不安げに問う。

捜査に対しどこまで協力をすべきか、元スリ師は図りかねている。

「いや、最初に言った通りの既定路線の捜査だ。ばーさんが何言おうと関係ないさ」

植山は力強く康子に念を押す。


 「じゃ、そろそろ私たちも撤収します。さようなら桜ちゃん」

赤沢は桜を撫でる。

「あら、もっとゆっくりしていけばいいのに」

康子は心底残念そうだ、今回の件で三人は恩人なのだからもてなしたいのだろう。

「残念だが、帰るまでが作戦なんだ。戻って山ほど報告書やら書かなきゃならねぇ」

植山が嘘をつく、相談室が書くべき報告書はごくわずかだ。

それも特能省捜査一課の参考文書に過ぎない。

黒木は何故植山と赤沢が撤収を急いでるのかわからないが、同調する。

「そういう事で、何かあったら連絡ください。いつもみたいに」

「あら、残念。今回の件は本当にありがとうございました」

一同に康子が礼をする、それを見届け三人はリビングを後にする。


 「それじゃあな、ばあさん」

SUVの窓を開け、植山が軽く手を振る。

三人から康子が見えなくなるまで、彼女は頭を下げていた。


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