中編⑩『突入準備完了』
「黒木、そろそろおきて」
赤沢のささやきによって目覚める。
時刻は午後3時、作戦開始時間は午後4時から。
これから装備を着なおし最終確認を行うにはちょうどいい時間だ。
黒木は小さな子供用二段ベットから一気に飛び降りる。
「状況に変化なし、三人組はずっとあの家の中にいるのは確認済みだ」
「了解です、最初の作戦でいけそうですね」
最初の作戦とは黒木がリビングのガラスを突き破り、突入するものだ。
「そうね、玄関口から回り込んであそこで待機して」
赤沢が庭の一角を指さす、そこはちょうどリビングから死角になる。
「どうせ、カーテンで向こうからはこっちは見えないんだけどね」
赤沢は軽く笑みを浮かべる。
「だが、V班が到着する前に察知されたら作戦が泡になる。絶対に気取られるな。
黒木、砂利、小石には気をつけろ、結構な音がでる」
「わかりました、気を付けます」
黒木は黙々と装備を着込む。
プレートキャリアーを着て、重い防弾プレートを着込む。
一味は銃こそ絶対に持っていないが、相手が取り乱し包丁等で刺されることは想定される。
そういう意味での防弾装備だと赤沢に説明された。
確かに一理ある、破れかぶれの老女の一撃でも刺し傷は負いたくない。
だから重いプレートも黒木は受け入れた。
重いプレートキャリアの上からマガジンポーチ等を取り付ける。
黒木はMOLLEと呼ばれる結合システムにもやや慣れた。
元々手先は不器用ではないので、今後はもっと速く、正確に作業できるだろう。
MOLLEは体に合った場所に装備を取り付けられるから、割と気に入っている。
首周りに防刃スカーフを巻くと黒木の身支度は終わった。
ここまで30分掛かった。
軍人、特殊部隊隊員ならシゴキの対象になる速度だが、黒木には十分な速さだ。
ヘルメットは作戦開始時に着けることにした。
アレは重すぎる、今からつけると首を痛める。
黒木は二階の踊り場に置いてあった姿見で全身をチェックする。
鏡の中にはグレーの都市迷彩に包まれた見た目だけの兵士がいた。
「うん、昨日と比べるとまぁまぁの見栄えね」
赤沢は姿見で装備を確認する黒木の後ろから近付き、感心したようにつぶやく。
「昨日はリカちゃん人形みたいだったけど、今日はちゃんと筋肉付いた感じがする」
「リカちゃん人形の男って、意外とマッチョじゃないですか」
黒木は隣家の幼馴染が持っていたマッチョなリカちゃん人形を見たことがある。
あれは黒木とは真逆の体系の持ち主だ、思わず苦笑する。
「たしかに、なら昨日はシルバニアファミリーね」
特能関連製品の即効性プロテインの効果は絶大なようだ。
「ご歓談中、失礼します。そろそろ最終確認の儀にて御座います」
恭しく気取った植山が割って入った。
「三人組は依然、目標の一軒家に立て籠もり、もといひきこもり中。
作戦はアルファ、リビングと玄関からの同時突入、いいわね」
赤沢は壁に貼り付けたアジトの玄関とリビングを指し示す。
「今回の作戦は警視庁ERTの大使館警備交代に便乗してる。だから、突入時間は午後5時ジャスト。これより前でも後でも都合が悪い。余程の事が無い限り、午後5時は動かさない」
「余程の事ってなんですか」
こういう曖昧な点を残すと後々失敗の原因になる事ぐらいは素人の黒木でもわかる。
「先ず三人同時に外出する場合ね、この場合は桜ちゃんだけ救出して後日逮捕かな」
「ま、そうだな。外出が二人までの場合は」
「予定通り決行、残りの目標は今日中に補足して逮捕」
他に何があるだろうか。
「勿論V班、中国大使館側でトラブルがあった場合は柔軟に対応……する他なし」
「それ作戦中止に関してはそれ位だな」
植山は思い出したかのように双眼鏡を覗き込んだ。
「無線のコールサインね。私はヤマザクラ1、黒木はヤマザクラ2。二人で突入班。
おっさんはオオワシ。車両班つまりERTはV班。黒木、絶対に名前は出さないこと、良い? 」
「了解です、他になにか符丁は使いますか」
「黒木を混乱させたくないから、今回はこれだけでいいわ」
赤沢は細かいところに拘ってきたが、ここは妥協した。
いい大人三人がコスプレして子供部屋で遊んでいるようだが、これはゴッコ遊びじゃない。
相手は老女とは言え、一応本当の突入作戦なのだ。
「結局、作戦開始前にどうやって一味を一か所に集める? 」
「康子に電話をかけてもらう。それで分け前についての話を持ち掛けさせる」
その手はありだと思った。
「三人は相談しに、一か所に集まるわけですね」
「そゆこと、更に都合の良いことに連中はリビングで話し合いをする傾向がある。
これはここ数時間の監視でも顕著な傾向だ、恐らく話題から全員がリビングに集まる」
植山が誇らしげにビシッとリビングを指さす。
「はいはい、おっさんのお手柄お手柄」
赤沢はぞんざいには扱わないものの、彼の得意顔を受け流した。
「じゃ、リビングで三人を制圧できた場合はどうすればいいですか」
黒木はいよいよ自分の任務について踏み込んだ。
「私がプラスチックカフス、手錠みたいなものね。それを掛けるから、あんたは怒鳴ってて」
怒鳴っててとはまた抽象的な命令だが、やってみるだけやってみよう。
「その後は私が桜ちゃんを捜索するから、あんたは三人の監視を続行。桜ちゃん確保して、V班が到着したら車両に移送、多分連中腰が抜けてるから支えて歩かせて」
確かに犯人は両脇をがっちり固められて移送されるイメージだが、これじゃ介護だ。
「万が一、偽装電話かけても連中が一か所に集まらない場合、黒木はリビングと玄関から連中が
逃げないよう監視してて」
地図上、玄関とリビングは一本道だ。
「その場合、赤沢さんはリビングに来る前に、その途中にある部屋を、えーと」
「クリアリング」
赤沢が素早く補足する。
「そう、クリアリング。それまでの部屋をクリアリングするわけですね」
「そういう事、だからあんたはリビングで見張っていれば、逃げ出す場所は無いはず」
「ま、他の窓から逃げ出そうってなら俺が連絡入れるよ」
植山が自分の胸をドンと叩いた。
「うん、時間だな。一応指揮官は俺ってことで良いな、赤沢」
植山は時計と赤沢の顔色をうかがう。
きっと彼女はその地位を欲しがっているだろうということは黒木も感じていた。
「ええ、それでいいよ」
植山と共に、黒木は驚いた表情で赤沢をうかがう。
「だって、指揮官って前線に出れないじゃない」
ぴしゃりと赤沢が言い切った。
成程という顔で植山と黒木は顔を見合わせる。
「ではこれより作戦を開始する。ヤマザクラは配置に着け」
植山は真剣な顔で命令を下す。
「了解」
赤沢と黒木は同時に返答する。
赤沢はサブマシンガンを片手に子供部屋を出て静かに階段を下りた。
黒木もそれに倣い動作を最小限にとどめる。
赤沢と黒木は割った窓を開き、そっと外に出る。
家の周りは低い木で囲まれているが、すり抜けようとすると音が出る。
だから監視地点から目標の玄関まで結構な距離があった。
二人は無人の街をクリアリングしながら進む。
本来、その必要性はないが黒木を現場の空気に慣れさせるため『敢えて』しているらしい。
赤沢が前方、そして曲がり角を警戒する。
黒木はそれに合わせ、時に後ろ脚で進む。
無論サブマシンガンを構えての行動だ。、
進み、立ち止まり、しゃがみ、警戒し、立ち上がり、また進む。
これを延々と繰り返してようやく目標の家の玄関までたどり着く。
時刻は4時30分ちょっと過ぎ、V班からは『予定通り』連絡はない。
何かあった場合のみ事前に連絡することになっている。
赤沢は背負っていたショルダーバックを玄関の脇に隠と目で黒木に合図する。
黒木は無言でうなずき、自分の潜伏ポイントへと向かう。
都合の良いことに、途中に砂利は無くレンガ畳の小道があった。
そこを中腰の体制で通り抜け、庭へと向かう。
庭は思っていた以上に開けていた。
監視地点となっている子供部屋も丸見えだった、ただしレースのカーテンで中は伺えない。
最初から決めていた視界となるポイントについて一息つく。
軽く深呼吸をし、肩を回す。
一息ついたら盗聴器の設置だ。
黒木は作業がしやすいよう、サブマシンガンをスリングで肩に下げる。
ただ、ぶつかって音が立たないようブラブラしないよう程度に紐を締める。
そして慎重に盗聴器を取り出した。
目標は二か所、リビングと頭上のキッチンに繋がる小窓だ。
最初に頭上のキッチンに取り付けることにした。
『こちら、ヤマザクラ2、これより虫を取り付ける、オオワシ、支援求む。オワリ』
小さい声で無線に吹き込む。
本体に着いた両面テープのシートをはがし、準備を整える。
『こちらオオワシ、了解。キッチン、リビング目標を認めず、オワリ』
傍に誰もいない好機を逃さず、黒い箱を外壁に取り付けた。
そしてそこから伸びた細い電線のようなマイクを透明なテープで窓に貼り付ける。
『こちらオオワシ、ヤマザクラ1、虫はキッチンのみで良い。現状で十分判別可能。オワリ』
幸いだった。
突入前にはなるべく動きたくない。
黒木は中腰の姿勢のまま、その場で待機することにした。




