五章10話 【腹】黒【な】豚【王の国の】姫(江ノ塚航)
田嶋に説得される形で白山を弄るのを止め豚王だった肉塊を燃やし尽くした。
白山の泣き喚いて許しを請う姿でも見れれば面白いと思っていたんだけど、思い通りには行かないものだね。と、田嶋たちには余裕を装っているけど、正直魔力が限界だった。
書物から読み解いた英雄を再現し演じる程ではないけど、他人の能力を真似るのにも結構な魔力が要るんだよね。
召喚された当初から僕の能力は魔力効率が悪いのが分かっていたから、一人の時は殆んどの時間を魔力を増やす鍛練に費やした。それでも、飯本の結界を使い続け、白山の怪力を使い、寺坂の高威力炎術に過剰に魔力を込めて撃てば、もう魔力は殆んど残っていない。
まぁ、何が有るか分からないから、多少戦える程には残っているんだけど……。
「ドラゴンは無理だ……」
城の天井をふっ飛ばしたから空がよく見えるんだけど、なぜかドラゴンが雄叫びをあげながらこっちに向って来るのが確認できた。
あんなものを相手にできるほど魔力は残っていない。魔力の回復薬は一応用意しているけど、ドラゴンを相手にするとなると心許無い回復量だし……飯本の結界を張って逃げようか? いや、僕の能力で再現した結界だと本物よりも劣るものになる、それでドラゴンの攻撃を防げる気がしない……。
とりあえず解析しよう、田中の能力でドラゴンを解析にかける……。
見た目はファンタジーに出て来るドラゴンなんだけど……生命竜? あ、これは無理だね。何この生命力、今残っている魔力じゃどうやったって削りきれないよ。自己治癒(超)の能力持ちって、一撃で倒しきらないとすぐに回復するって事じゃないか、上手いこと白山を囮にして逃げよう。
ん? 誰かドラゴンの背中に居る?
威嚇するドラゴンの背中から誰かが手を振っているように見えるけど……あ、落ちた。
「高深!」
「高深君!」
ああ、本当だ。アレって一人で城から出て行った高深だね。
って言うか、生きてたんだね……今死にそうになっているけど、今までこの世界で生き残ってきたんだから、この位じゃ死にはしないだろうね……僕でも取れる手段は幾つかある。
落ちて来た高深がどんな手段を取るのか気になって解析してみたんだけど、剣から魔法を放って床を破壊して出来た穴に落ちて行った。何がしたかったんだろう? でも少ない魔力でこれだけの威力が出せるのか、凄いな。どんな技なのか解析でも名前が出て来なかったけど……僕の解析は田中の模造だ、解析し切れなくても仕方ない。でも、この解析があるおかげで、ロールを演じる以外の方法で他人の能力を使う条件の『能力の詳細を理解する』がほぼ満たせるんだから、解析について細かく説明してくれた田中には感謝だよね。
自分が壊した床の瓦礫に突っ込んだ高深は気になるけど、上のドラゴンが降りて来る勢いを増している。
このままじゃ規模の大きな穴がもう一つできそうだと思っていたのだけど、予想に反してドラゴンは上手く着地して見せた。
解析を続けているから分かるんだけど、ドラゴンの使う飛行補助の魔法に着地時の衝撃緩和と言うのが有るみたいだ。これは、種族固有の魔法かな? 僕じゃどう演じても使えそうに無いね。
ドラゴンの背には高深以外にも飯本、美波、伊勢と後誰か分からないけど身形の良い美少女が乗っていて、順に降りて来る。
この状況で新キャラねぇ……とりあえず解析をと思ったら、皆がドラゴンから降りているのに、一人背に残っていた伊勢が暴れ出した。
うわぁ……星月が作った武器とは言え、ドラゴンにダメージを与えているよ。アレは多分、前よりレベルが上がっているのと、リミッターを外している状態なんだろうね……。
田嶋が慌てて高深を呼びに行ったけど……多分、伊勢はすぐ限界が来る……リミッター解除は訓練しておかないとすぐに反動で身体が動かなくなるからね。僕も始めて剣王のロールを演じた時リミッター以上に能力値を使っちゃったから、すぐに動けなくなったからね。異世界人の補正された能力値とは言え僕の能力値は魔法系だから、歴史に残るような英雄を演じるにはリミッターのかかった能力値じゃ足りないみたいだ。まぁ、そんな欠点、何度もリミッター解除して身体を慣らす事で真っ先に潰したんだけどね。
穴から出て来た高深に呼びかけられた伊勢が弾かれたように高深に突進、いや、抱き付いただけかな。そこでリミッター解除の反動が来たみたいで嬉しそうな顔で高深に抱きついている……いや、別に羨ましくなんか無いよ……伊勢はぺったんこだし、誰か想い人が居るような女の子に興味は無いからね……でも、相田みたいに複数の女の子に好意を示されて気付かない奴は死ねって思う。
とりあえず、ドラゴンや高深の登場で僕の脅威が薄れているみたいだからアピールしておこう。
ドラゴンの背に乗って来た美少女が隣国エバーラルドの姫と名乗り、シルバーブルに対して周辺三国を代表して降伏を要求して来た。まぁ、僕たちの管理?(できてなかったけど)が豚王から変わるのは当然だけど舐められても鬱陶しいから丁度良いね。
「さっきまでそこに居たよ」
見よ! 僕のさり気無いアピール! 田嶋も良い感じにフォローをしてくれ……って!
なんで僕が豚王の代わりになる流れになってるの!? そんな面倒なのは黒豚姫に任せて置けば良いじゃないか、豚王の末路を報せて同じ様になりたく無ければ……って言っておけばマシな政をするでしょ?
他の皆だって豚王の代わりなんて拒否してるじゃないか! 黒豚姫が他国と通じてるっぽいから任せられない? そんなの、僕に任せる理由にならないよね!?
「ってな訳で江ノ塚頼む!」
「どう言う訳! 僕だって嫌だよ!」
ちょっと待って、黒豚姫が他国と通じてる? それって今攻めて来てるエバーラルド、マギナサフィア、セントコーラルのどこかじゃ……。
「私たちの中にそのような手を打っている国は無い筈ですが?」
それって、不味いんじゃないの? その三国じゃないとすれば残ってるのは……。
魔王の国、ゴルディリオンと考えるのが妥当? まさか、間に有る国を飛び越えて別の国が手を出して来てるとは考え難い。
「やべぇ! 豚姫んとこに行くぞ!」
田嶋も理解したのか急いで黒豚姫の所へ向うようだ。
ようやく、騒ぎを聞きつけてやって来た兵や大臣たちに事情を説明してエバーラルドの姫との話し合いを任せる。なんか、城の壁に防音とか衝撃吸収の術式が組み込まれているとかで、天井と壁の一画を吹き飛ばすまで騒ぎには気が付いていなかったらしいね、魔法で如何こうできる防音とかの技術も、盗み聞きとかの防止にはなるんだろうけど、こういう場合は気付くのが遅れるから考え物だよね。
田嶋たちは黒豚姫が居る食堂に向って行った。まぁ、僕も引き摺られて行ったんだけど……僕に王の代理をさせたいなら話し合いの方に残すと思うんだけど……まぁ、代理を引き受けない口実には良いかな。
「とか考えてるんだろうが無駄だからな、江ノ塚は今後俺たちとは切り離す」
「え?」
「お前、俺たちと、ってか、戦闘班の奴等と一緒に戦場に出たら今回みたいに白山たちに直接攻撃はしなくても、意図的に敵の攻撃を被弾させようとするだろ? まぁ、直接攻撃も簡単にできるだろうけど……そんな奴を皆と一緒にしておけるかよ。でも、お前の能力は無駄にしたくない、だからこっちで頑張ってくれ」
あ~、今回本性って言うか、隠していた復讐心をばらしたからね……でも、田嶋の案は聞けないよ。白山が一番のクズだけど、他にも思い知らせてあげないといけない奴は居るんだから……あいつらにも自分が僕より下だって分からせて、今までやってきた事を振り返って、いつ殺されてもおかしくないって言うのを分かってもらわないとね……。
なのに、あいつらから引き離されたんじゃ面白くないじゃないか……。
「僕のやりたいこと、分かってて言ってるよね? 僕がそれで納得するとでも?」
「国の庇護が無けりゃ、あいつらなんて街の不良、ただのゴロツキだぞ。異世界人だから能力値は高いけど今まで真面目に訓練もしてないからなぁ、江ノ塚みたいに隠れて猛特訓とは言わないが、真面目に訓練してた奴からしたらマジにゴロツキと大差無い。そんな屑共を懲らしめても結局は面白くないだろう? それより、豚王がボロボロにした国の復興とか、現代知識チートだったかで、やってみる方が面白いんじゃないか?」
「僕も引き篭もり予備軍のそっち系の人種だから本来なら無駄になるかもしれないそういった知識は多いけど……実際にやるとなると話は別だよ。元の世界ではそういう展開も憧れてはいたけど……この国でそれをやろうと思ったら相当なストレスが待ってると思うよ」
それに、僕がやらなくても今まで豚王の悪政の中で国を支えて来たまともな人たちが頑張るよ、異世界人なんて部外者が出しゃばるべきじゃない。
「そうか? 俺たちみたいな奴なら、なんだかんだ言いながら食いつくと思ったんだがな……つーかお前、思った以上によく喋るな。強引に押せば王になると思ってたんだがな」
「それを言う? まぁ、実力を見せた今、変にオドオドしてもしょうがないしね。僕みたいな奴は自分の立場が上だと思える場所なら饒舌になったりするものだよ」
田嶋とそんな話をしながら急ぎ食堂に辿り着いた。
高深が城から抜け出す手助けをしていた田嶋は、高深と積もる話も有るんだろうけど、リミッター解除の反動で動けない伊勢が高深にお姫様抱っこってやつで抱えられているのと、伊勢の邪魔するなって雰囲気を感じ取ってこっちに話しかけて来たんだろうね……。多分、伊勢はもう動けると思うんだけど……僕も空気を読んで関わらないでおこう。
「さてと、豚姫は大人しくしてるかねぇ?」
田嶋が麻痺させたって話だよね? でも、王族ならそれ位の耐性の備えはしてそうだけど……どうなんだろう?
で、その黒豚姫だけど……。
田嶋が麻痺させて転がしたって言う食堂に黒豚姫の姿は無かった。
「なぁ江ノ塚、こいつ誰だ?」
代わりに、背中に皮膜のある羽の生えた女の子が転がっていた。
「僕に聞かれても分かる訳が無いよ」
あ、解析してみよう。
種族とか名前が分かってもなんでここに居るのかは本人に聞かないと分からないんだけどね。