五章8話 唯の仕返し(田嶋颯太)
リミッターを外して能力値フル使用の戦闘を続けた反動で動けない俺の目の前に青い半透明の壁が現れていた。俺に迫っていた肉塊の触手は壁に阻まれて俺まで届いていない。
「これは、飯本の結界?」
動けない身体ではそのぐらいしか確認できないが、こんな都合の良いタイミングで飯本が戻って来たのか?
「糞! 止めろ! うわああぁぁ!」
ええぇ、白山が結界の上を飛び越えて肉塊の方へ飛んで行った。
落下によるダメージは有るみたいだが、倒れたままなのはやばいと分かっているんだろうな。すぐに起き上がり触手の攻撃を避けたり打ち払ったりしながら逃げて来るが、結界に阻まれてこっちへ来れない様だ。
「てめぇ! 江ノ塚! ふざけんな!」
なんか江ノ塚に対して怒鳴っているが、どうして白山は向こうへ飛んで行ったんだ? と言うか、白山はふざけんな位しか言ってない気がするな、まぁ、そんな事はどうでも良い、今はどういう状況だ? 身体がまだ動かないから確認できないのがもどかしい、ぼちぼち朝霧が使ってくれた回復薬が効いてきそうなもんなんだが、能力値全開戦闘の反動には無効なのか?
「田嶋君、大丈夫?」
「朝霧、あんま近付くと危険だぞ……身体はまだ言う事聞かねぇな」
動かない俺の近くまで来た朝霧が、伊勢の伝令に寄こした黒犬2匹に指示を出して、結界の向こうに居る白山へ回復薬をぶっかけさせる。あの黒犬、ヤマトたちは伊勢の能力の筈なのによく言うことを聞くな、こっちは助かるからありがたいんだが。
「変な薬でも使った? 新見さんはあまりそういった物を作りたがらないのだけど……」
「奥の手で持ってはいるが、これは違う。俺らの能力値をフルに発揮した結果だ、慣れてないと反動が凄いらしいってのは今分かったんだがな」
「人は自らを傷付けない様に普段から力を抑えてるって話し? 火事場の馬鹿力?」
似たようなもんだな、俺らの場合は常識が邪魔して人外の力を発揮できてないって感じだけどな。
「そんなもんだ、それより、今どういう状況だ?」
ここから確認できるのは結界を背に江ノ塚への悪態を叫びながら肉塊と戦っている白山、触手に所々傷を負わされているみたいだが致命には至っていない。新しい傷がどんどん増えていっているから肉体的にも精神的にもダメージは蓄積されて来ているだろうなぁ。
あれはあんまり長く持たないぞ。
「江ノ塚君が張った結界で私たちは大丈夫。でも白山君だけは結界の向こう側へ放り投げられたわ」
江ノ塚が結界を張った? どういうことだ、あいつは炎系の術士だろう?
ここに来て思い至った。異世界召喚のタイプは相田の様に王道の勇者から、俺が主人公だと考えた高深のように初期状態が最弱だけど最強になる(と俺は思っている)奴、他にも目立った奴が居るんだった。
復讐者……元の世界に居た頃から虐められていた江ノ塚は、それになる条件が揃っている。最初からその心算なら目立たないようにするだろう。
「強奪能力か!? あいつ、飯本の能力を奪ったのか!?」
それだと飯本の方がやばいんじゃないのか? 結界能力が無ければ能力値が高いだけの女学生だぞ、この場合は容姿が優れていることは要らんトラブルの種だ、結界能力が有るから余裕で対処できているんだろうが、いろんな意味で飯本が危ない。
「大丈夫、江ノ塚君の能力は多分コピーの方、奪う能力じゃないわ」
そうか、強奪能力なら被害に会ってるのは白山たちか。
能力のコピーにも条件が有るんだろうが、どの道厄介な事には変わらない。
「江ノ塚を止めないとな、このままじゃ白山が死ぬ」
「いえ、今江ノ塚君を止めたら白山君が死ぬわよ」
は? 何を言ってるんだ? 江ノ塚を止めないと白山が一人で肉塊と……ん?
よく見ると白山への攻撃で致命になりそうなものは小さい結界が弾いている、これって……。
「江ノ塚が守っている?」
「そう言うこと、白山君を結界の向こうに放り投げる辺り、彼なりに思う所は有るんでしょうけど……少なくても今、白山君を死なせる気は無いみたいよ」
白山を向こうへ放り投げたのが江ノ塚って、あいつどれだけ能力を偽ってやがったんだよ。
ってことは、さっきの魔力切れも当てにならねぇな、演技か?
「ったく、身内の方に厄介なもん抱えたな」
ようやく身体が動くようになって来た。とは言っても、全力戦闘をすれば数秒もしないうちにまた動けなくなるだろうな。どの道、こんな状態では江ノ塚を止めるなんてのは無理な話だな。
やり返されるのは白山たちの自業自得だ。現状、この場で一番力を持っている江ノ塚に俺たちは手が出せない、ここは成り行きを見守るしかないのか?
「江ノ塚君も、気が済んだらあれも片付けてくれるでしょ」
それまで、白山が痛い目を見るのは仕方ないか。
「自業自得ってやつよ」
まぁ、江ノ塚が白山を殺さないかが心配だったが、朝霧にはそうならない未来が見えているみたいだな、もう解決したみたいな余裕が感じられる。未来予知も占いのうちか、便利なもんだ。
こっちはようやく通常に動けるぐらいに回復したな。朝霧に手を借りながら立ち上がり、改めて肉塊との戦いの様子を見る。
相変わらず肉塊の触手攻撃は限が無い、さっきの戦闘で少し減らしたとは言え、どう考えても物理特化タイプの白山一人に捌き切れる量じゃない。
「ほらほら、もっと頑張らないと死んじゃうよ」
とか言いつつ、致命傷から白山を守っている江ノ塚、見た感じは完全に悪役なんだけど……普段の白山たちがクズ過ぎて同情できない。
「この状況で遊んでやがる、江ノ塚ってこんな強かったのか……俺が必死にやってたのが無駄に思えてくるな」
「全力戦闘に関しては今後の課題ね、頑張って」
厳しいな、まぁ、慰めて欲しい訳でもないし、全力戦闘に身体を慣らすのは今後の課題だから間違ってないんだよな。
って、俺ももう終わった気になってるな。
白山は江ノ塚に文句を言う余裕も無くなって来てるみたいでひたすら剣を振るっている。
あ、また江ノ塚の結界が白山を守った。
「普段虐めてる相手に守られるとか、情け無いよね。
で、守ってあげてる僕に対して言う事があるんじゃないの?」
自分で白山を危ない状況に放り込んでおいてよく言うな。
「僕には理不尽な謝罪を強制するくせに自分はお礼も言えないの? それって人として終わってるよね、まぁDQNだから仕方ないか~。世界に何の益ももたらさないクズ、生きてて恥かしくない?」
煽る煽る、まぁ、よく有る感じだけど、普段江ノ塚が白山たちに言われてる事をアレンジして言い返している感じだろうか?
礼も謝罪もする余裕がなくなるように肉塊の触手攻撃を調整しているのは江ノ塚なんだがな。
既に言葉を返せないぐらいに満身創痍な白山だが、江ノ塚の仕返しは終わらない。
「江ノ塚~、その辺にしといたほうが良いんじゃないか~?」
一応、制止の言葉をかけてみるが、多分江ノ塚は止まってくれないだろうな。だが、これは江ノ塚が白山に直接手を出すまでの時間稼ぎだ。いざってなったら無理してでも止めないといけないから、少しでも身体を回復しておきたい。
動けるようになってからも服用している回復薬の効果が弱くなったと感じたら即次を飲む。肉塊は江ノ塚が簡単に片付けられるだろうから、その後、江ノ塚が白山にやりすぎる場合は、再び反動で動けなくなるとしても何とかしないといけないからな。
「聞いてないな……江ノ塚が密かに実力をつけてたことは認めるが、油断し過ぎだろう」
まぁ、城に残っている少ない兵士共は肉塊に殺られてるみたいだし、豚姫も動けないようにして来たから変な横槍が入るとは思えねぇが、現状では俺も回復しきっていないから不測の事態に対処できる人員が居ない事が不安だな。
「これだけ追い詰められているのに火事場の馬鹿力一つ出せないってどういうことなの? その程度が勇者の力だなんて本気で思ってないよね? でも、お前じゃその程度か……」
「江ノ塚の……癖に、……調子に……乗ってんじゃ……ねぇ!」
白山が辛うじてひねり出した言葉は江ノ塚の望んだようなものじゃなかった。てか、お前は何処のガキ大将だ。普段から調子に乗ってるのは白山の方だろう。
まぁ、異世界に来てからは相田が目立ちすぎていて白山は面白くない思いをしているようだが。
「まだそんな事言えるんだ? 馬鹿じゃないの? 今はどう考えても僕に媚を売る以外にお前が生き延びる方法は無いんだよ。まぁ、お前なんか生きてても邪魔だから死んでくれても一向に構わないんだけどね!」
江ノ塚が白山の守りに使っていた結界を少なくした。
「ぐおああぁぁぁ! くそ! くそ! くそ!」
江ノ塚の調整で辛うじて守られていた状態だったんだ。その守りが減れば当然のように白山の身体を触手の先端に付いた口が食い破る。白山が我武者羅に剣を振るい追撃を退けようとしているがあの傷では厳しいんじゃないか? あ、でも負傷したにしちゃ動きが良いな、ほんの僅かにだがリミッターを外せたか?
「ちょっと拙いわね……ヤマトお願い」
朝霧が白山の状態をヤバイと判断し、この場に連れて来ていた黒犬に回復薬を咥えさせて白山に使うように指示を出す。初リミッター解除ってことは、あのまま続けていくと俺みたいにリミッター解除の反動で動けなくなるだろうからな。傷も有るしリミッター解除も少しだけみたいだから回復薬を使い続ければ何とかなるか?
「朝霧、追い込まれたからか白山が少しだけリミッター解除状態になってる、放って置くと俺みたいに動けなくなるから回復薬を与え続けてくれ」
「分かったわ、トナミもお願い」
続けてもう一匹の黒犬にも回復薬を咥えさせて白山に向かわせる。良い具合に白山へ回復薬の届く時間差ができたか?
「良いアシストだよ、これなら僕が回復しなくてもいい……」
あいつ、回復能力までコピーしてるのか? まぁ、俺でも能力がコピーできるなら回復手段は優先してコピーするが。
意図せず、江ノ塚の復讐に協力しちまってるな。でも、江ノ塚の意識がこっちに向いた。
「江ノ塚! その辺で勘弁してやれよ! 馬鹿には何言ったって無駄なんだ! もう白山たちにお前をどうにかする事はできねぇって証明できただろ!」
「江ノ塚君、簡単に殺しちゃ面白くないって思うでしょ?」
朝霧の占いを信じるなら江ノ塚に殺す気は無い。
あいつは多分、今まで受けてきた苦痛を返しているだけ……こっちに気が向いた今、制止をかければ状況を見て止まってくれる筈だ。
「まぁ、正直白山の滑稽な姿を見るのにも飽きてきたところだしね……」
そう言って白山を完全に結界で包み込み触手の猛攻から守る。飽きたってことはもう殺しても良いかって意味かと一瞬思ったがまだそこまでの状況じゃないみたいだ。
あ、回復薬をかけようとしていたヤマトが結界に阻まれた。
もう何本か回復薬を使いある程度回復してきているとは言え白山の傷は癒えきっていない、そこで回復薬の供給を切るとか、細かい嫌がらせは続けるのか。
白山が結界で守られたせいで、触手の攻撃が一番近くに居たヤマトに向いた。
「ヤマト!」
って! ぼけっとしてる場合じゃねぇ! 朝霧の声でヤマトが危ない事を理解して駆け出すが遅過ぎた。
無数の触手がヤマトを貫き、ヤマトから小さな悲鳴が上がり、肉塊は触手で貫き捕らえたヤマトを喰おうと、他の触手の先に付いた口で迫る。
しかし、その口で齧られる前にヤマトは霧のようになって消えてしまった。
元々、伊勢が伝令として寄こした奴だから防御力が少ないんだろう素早さは手数で潰されたみたいだし。それと、構成要素は魔力か? 霧散して死体も残らねぇ。
「ヤマトー!」
「……それじゃ、豚王―肉塊―は燃えとけ」
ヤマトの消滅に悲痛な声を上げ駆けて行こうとする朝霧は、一匹戻って来たミナトによって止められた。
ヤマトの事など全く気にした様子の無い江ノ塚が肉塊に向って手を翳すと、肉塊の足元? 肉塊の下を中心にして炎が噴き上がり徐々にその範囲を広げ、肉塊を嫌な臭いを出して燃やしながら炎は天井まで届き、その天井も噴き飛ばしながら威力を増していく。
「BUHIIIII! AAAATUUUUUUIIIIII!」
肉塊が炎の中で叫んでいるが、その叫びは、召喚された段階で異世界の言葉を翻訳する機能が付けられているであろう俺たちにも意味有る言葉として聞こえない。ホントに人間止めちまってるんだよな。
肉塊を消し飛ばす事をおまけの様にして炎は威力強め範囲を広げ続ける。
「出せー! 江ノ塚ー!」
結界に守られているとは言え、その広がる炎柱に一番近い位置に居る白山は焦って結界を叩いている。
「五月蝿いよビビリが……結界で守ってやっているでしょ……なに? 炎側の結界だけ解除してあげようか?」
「ッ!」
お、終に何も言えなくなった。ようやく江ノ塚が本気で殺しにかかったら自分が簡単に死ぬってことが分かったか? 江ノ塚も白山を脅すことが目的だろうから大丈夫だろう。
「あぁ、でもその結界、炎は防いでも、結界内の温度の上昇は防ぎきれないから頑張って耐えてね♪」
江ノ塚がそう告げると同時に炎柱が白山を包む結界にまで及び範囲の拡大を止めた。
完全に狙ってやってる、何処までも嫌がらせは続けるみたいだな。まぁ、でも、白山が耐えられるぐらいで止めるだろう。
でも、その結界って飯本のコピーだよな? 結界内の温度の上昇が防ぎきれないって、豪い弱点じゃないか、ほぼ完璧な結界だと思ってたけど、そう言えば験してはいないな。これは、勇者の能力も色々穴が多そうだ。把握しておかないといざって時に命取りだな。 飯本の結界も、あの弱点があるなら中身を蒸し焼きにできるってことだからな。
暫くして炎が治まった後に最初に目に付いたのは汗だくの白山、そして、壁やら天井やらが盛大に破壊された為よく見えるようになった大空。
「終了っと……は~、随分見晴らしがよくなったねぇ」
肉塊は欠片も残っていないが、肉塊のあった場所には粉々になったガラスような物が風に流されていく所だった。
多分豚王をあんな肉塊にした魔法具だろうな、破壊できたならこの件は片付いたってことだ、豚王もキレイに消えたようだし……。
後は、回復した白山と未だに細かい嫌がらせを続ける江ノ塚がどうなるかだな。




