第三十六話
紳一郎さんは、目を大きく見開いたまま固まっている。
今日は紳一郎さんのいろんな顔を見るなあ。
いつもきちんとした大人の男のひとなのに、今は髪がクシャクシャで、子供っぽく見える。
なんだか胸の中がくすぐったくなってきた。
何て言ったらいいのかわからなくて、行動で僕の気持ちを伝えようと思ったんだけど。
いきなりキスなんかして変だったかな?
急に恥ずかしくなって、下を向いてモジモジしていると紳一郎さんが僕の腕を掴んだ。
顔を上げると戸惑ったような顔で僕を見詰めている。
「……君は、俺のことを嫌っているんじゃないのか?」
紳一郎さんは、躊躇うような口調で言った。
「え?」
どうしてそんなこと言うんだろう?
嫌いな人に自分からキスするわけないじゃないか!
「最初に君を脅すような真似をしたからな。好かれている自信はなかったよ。
俺に触れられても抵抗しないのは、契約の為に我慢しているんだろうと思っていた。
それに、最近おかしかっただろう?
抱きしめても体が強張っていたし、俺を避けているようだった。
さっき離婚したいと言われた時、とうとう俺との結婚生活に堪えられなくなったのかと思ったんだ」
「ち、違います!」
紳一郎さんを好きだってことに気づいて、意識しまくりだったんだよ!
「僕、変なんです。
紳一郎さんにキスされたらドキドキして、フワフワして、カチンカチンになっちゃうし、
傍にこられたら緊張して顔がまともに見れないし、言葉も出なくなっちゃうし、
こ、これって好きだから?」
だんだん声が小さくなってしまう。
自分でも何を言ってるのかわからないよ。
「わっ!」
掴まれていた腕を強く引っ張られて、僕は紳一郎さんの膝の上に乗っかってしまった。
……凄く恥ずかしい格好だ。
至近距離にある紳一郎さんの顔が、微笑んでいる。
「あの日、応接室で初めて君と話した時、からかいがいのありそうな男の子だと思ったよ。
俺の言うことににいちいち素直に反応して、困った顔がとびきり可愛くて」
「……………」
ついこの間、似たようなことを誰かに言われました。
「君にプロポーズを断られた時、どうしてあんなことを言ってしまったのか自分でもわからなかった。
プライドを傷つけられたせいかとも思ったよ。
自慢じゃないが、今まで振られたことなんかなかったからな。
……でも、違った」
紳一郎さんは真っ直ぐな瞳で僕を見て言った。
「君に、恋をしたからなんだ」
「え…?」
恋?
紳一郎さんが僕に?
紳一郎さんも僕を好きになってくれたってこと?
本当に?
紳一郎さんが目を瞠った。
「そんなふうに笑った顔を初めて見た」
え?そうだっけ?
……そう言えば、
この屋敷に来てから、心から笑った記憶があんまりない。
特に紳一郎さんの前では緊張してたから……。
「えくぼが出来るんだな。……今まで気づかなかったよ」
紳一郎さんはそう言って、人差し指で僕の頬を突付いた。
「望、
俺のものになってくれ。必ず幸せにするよ。約束する」
真剣な顔で言われて、僕はコクンと頷いた。
嬉しくて、胸がいっぱいで、涙が出そうになる。
紳一郎さんは嬉しそうに微笑んで、僕の体をギュッと抱きしめた。
唇を重ねられて、そのままベッドの上に優しく押し倒される。
「指輪の交換は、後回しにしていいか?」
「……はい」
そして、
その日僕は、紳一郎さんの本当の花嫁になったんだ。