第三十五話
居間には紳一郎さんの姿はなかったけど、
テーブルの上に蓋が開いたままのブランデーの瓶とグラスが載っていて、
ソファーにはスーツの上着が脱ぎ捨てられていた。
寝室かな?
「紳一郎さん?」
おそるおそる寝室のドアを開けると、床の上にワイシャツやネクタイが散らばっていた。
バスルームを使っている気配がする。
僕はそれを拾い上げ、軽く畳んでベッドの上に置いた。
「…………」
な、なんだかドキドキしてきた。
ベッドに腰掛けて胸を押える。
よく考えたら、僕って告白するのも初めてなんだ。
なんて言おう。
まず、晶子さんとのことを疑ったこと、もう一度謝ったほうがいいよね。
えーと、それから、離婚はしたくないって言わなくっちゃ。
ううん、それより前に紳一郎さんを好きだってことを言ったほうがいいのかな?
ドアの開く音がして、僕は慌てて立ち上がりベッドから離れた。
バスローブを着た紳一郎さんが、髪を拭きながら出てくる。
「紳一郎さん」
僕が声をかけると、紳一郎さんは俯いていた顔を上げて僕の方を見た。
「……望」
「あ、あの、ごめんなさい!」
僕にいきなり謝られて、怪訝そうな顔になる。
「……何のことだ?君が謝ることは何も無いだろう」
「晶子さんのこと……」
「……ああ、そのことか。別にいいよ。君が俺のことを信じられなかったのも無理はないさ」
紳一郎さんは自嘲気味に言って、ベッドに腰掛けた。
乱暴な手つきでまた髪を拭き始める。
「あの……」
紳一郎さんの顔を見たらますます緊張して、何から話したらいいのかわからなくなってきた。
「これは?」
紳一郎さんが小さい箱を手にした。
応接室でアンリさんが僕に投げて寄こしたものだ。
さっきシャツを畳んだ時に、邪魔だったからベッドの上に置いたんだった。
「け、結婚指輪です」
「…………」
紳一郎さんは複雑な顔をした。
「無駄になってしまったな。…俺のほうで処分しとくよ」
「え!?」
処分?
捨てちゃうの?
「だ、駄目です!」
僕が大声で叫んだので、紳一郎さんは驚いた顔をした。
「紳一郎さんが嫌じゃなかったら、その指輪、僕にください!」
「え?」
「だから、僕、あの……えーと」
言いたいことはたくさんあるのに、うまく言葉にならない。
……告白って難しい。
こんなことなら、もっと練習しとくんだったよ!
紳一郎さんは変な顔をしている。
「…………」
僕はベッドに腰掛けている紳一郎さんのところに行って真正面に立った。
そして、
彼の唇にそっと自分の唇を押し付けた。




