scene.6 アンナさん美しく若返る
天に伸びた木というか新芽はこちらの都合よく成長を止めた訳ではなかった。そんな事もあり僕等がしがみついていた場所は空の大地を通過して更に100メートル程上の位の高さまで至っていた。
そこから見える景色は地上のそれとは少し趣が違っていた。
空の大陸には地上と同じように平原があり、山脈があり、森林があり、大きな湖があり、大地を分けるように走る太い川があった。よく見ると手前の方には町や道らしきものまで見える。ただ平らな土地なのか地平線が確認出来ず、遠いものは霞んで見えている。
そして、目の錯覚かもしれないが、山脈の奥に、天まで届くような山らしきモノが中央に聳え立っているような気がした。光の陰影の違いが僅かに見て取れるのだ。
「ね、ねえ、アンナさん、この空の上の大陸って、一体どの位の広さがあるんだい?」
僕は周囲を見回しながら問い掛ける。横に見える景色も正面の景色も相当な広さを感じずにはいられない。
「何でもヨーロッパ全域と同じぐらいの広さがあるみたいだよ」
「えっ、そ、そんなに広いの?」
「ああ、前に来た時にそう聞いたさね」
「そ、そいつはやばいね……」
空の上にそんな巨大な物が浮かんでいるなんて驚きだ。
「さてと、下に降りて空の大地を踏みしめようじゃないか」
「あっ、うん」
アンナに促され、僕らは木を下へと降りていった。
伸びた樹の蔓と空の大地の高さが同じになっている所まで降りていくと、雲のような上部に、土というか大地があった。その大地には草や木も生えていて、そこへ移ってみると普通に地上の森にいるような感じである。
「あっ、ねえ、アンナさん、そういえば僕等が登って来た魔法の樹ってこのまま放置なの?」
僕は気になった疑問を問い掛ける。
魔法の世界に来れたのは良いが、樹を伝って大勢の人々がどんどんこの世界にやって来てしまうというのは余り良くない気がする。
「いや、日が暮れたら消えて無くなるよ、飽くまでも一時的な魔法の架け橋だからね」
「成程ね」
ちょっと安心だ。
「さてと、じゃあ、天空の大地に降り立った事だし、先ずはどこかの王国にでも行こうかね」
「王国?」
「ああ、この上には、あたしらが住んでたヨーロッパと同じように幾つもの国や幾つもの王国があるんだよ」
「へえ~」
「ただね、王都とか人の暮しているような場所は比較的平和なんだけど、それ以外の場所は無秩序地帯なんだよ、森とか林なんかは特にね。なんで油断は禁物だからね」
アンナは厳しめな表情を作り上げる。
「わ、わかったよ、アンナさん……」
無秩序地帯だと聞いて改めて周囲に視線を送ると、高い木々が眼前の視界を塞ぎ欝蒼感が強かった。100メートル上の豆の木から見る見晴らしの良い景色とは随分と雰囲気が違う。何だかちょっと怖さも感じずにはいられない。
「よ、よし、と、とにかく、早く、その王国だかに向かおうよ……」
僕はちょっと不安な気持ちが浮かんできて先を促した。
「そうさね、明るいうちには着きたいね」
そんなこんなで出発し、しばらく森を掻き分け進んで行くと、岩肌から水が染み出し、その下に泉が出来ている場所に至った。とても澄んだ綺麗な泉だった。
「おや、こんなところに泉があるよ、折角だから、ここで水分補給をしようかね。それと水筒に水を足しておこうじゃないか」
確かにヨトゥンヘイム山登山の後半ぐらいから、水の補給も出来ず、余り水を飲んでいなかった。
「そうだね」
僕は泉の淵に近づき水を手酌で掬い喉を潤す。
水は水なのだが何やら清涼で高貴な感じの味がした。さすが空の大陸の水だ。
「アンナさん、な、なんか、僕、元気が出て来たよ」
五臓六腑に水が染みわたったせいか、疲れが消え、何やら元気が湧いてくる。
そして、ほぼ空になっている水筒にその水を汲んでいく。
「さてと、あたしも喉を潤しておくかね」
僕の横でアンナも手酌で水を口にする。
「ん? あら、この感じ…… なんか変だわね…… 若しかして、これ…… あら、あら、あら……」
なにか様子が変だ。アンナの声が段々と甲高くなっていく。
「ど、どうしたのアンナさん?」
僕は横をみて唖然とした。
「おっ、おわああああああああああああっ! ど、ど、ど、どうしたのアンナさん! 何なの! その姿は一体?」
赤かった。バサバサの白髪だった髪の色が赤くなっていた。そして、肌がぷりぷりになっていて皺が全て消えていた。
「こ、これは……」
「ア、アンナさん! どうしたんだよ、若返ちゃってるよ!」
正直二十代の年齢だ。髪や肌が若返っているだけじゃなく、線も細くなり若い女性の体付きになっていた。胸もかなり豊満で立派だ。正直綺麗で可愛い。本当に可愛い。
「あら、あら、あら、これはウルズの泉だったみたいだね」
「な、なんだよ、そのウルズって!」
僕は余りの変化に声が上擦ってしまう。
「ウルズの泉は強力な復活浄化作用があって、体力とか怪我を回復させてくれる効果があるんだよ、そして稀に若返り効果も……」
「若返り?」
マジか……。その作用でアンナが若返ったっていうのか。二十代位に。
凄い……。いや、とんでもないぞ。
僕は唖然としたままアンナを見詰める。
「あら、良いわね、あたし若返っちゃったわ、ラッキー! うふふふふ」
本気で若いぞ、もう老婆ではない。完全に若い娘っ子だ。
「よ、良かったね、アンナさんって、若返ると綺麗だったんだね…… うごっ!」
瞬間、アンナの肘が僕の腹に刺さっていた。
「ハンス! あたしゃ、若返る前から綺麗だったでしょが!」
「ゴホゴホゴホ、あっ、ああ、う、うん、綺麗だったかな。年相応にだけどさ……」
僕はむせ込みながら取り繕う。
「とにかく儲けものね、若いと体のキレも違うからね……」
体力も回復し、更にアンナが若返るというとんでもないことが起こったが、僕らは先を進んで行く。




