scene.4 空に浮かぶ大陸へ行こう
それから少しして、僕の体調は落ち着いてきた。
因みにハンスの母親の遺体は僕が寝込んでいる間に土葬形式で埋葬されていた。疫病などの恐れで遺体をそのままにしておけないという事情があったらしい。
母親の墓参りなどを済ませ、その後、家財の整理や片付けを経て、僕と祖母アンナはオーデンセの家を後にした。
僕も転生してきている身だし、祖母アンナと二人きりだしオーデンセという町に固執する必要性も感じられないからだ。別の町へ向かうのでも良いが、僕は祖母アンナが提案してきた人魚や妖精が住む世界というのに興味を持った。
お世話になった隣人などから祖母アンナは妄想癖や虚言癖があるという事を聞いて、その不思議な世界が本当にあるのか疑わしく思う所もあったが、今後ハンス・クリスチャン・アンデルセンとして童話を書くのであれば、実際の人魚や妖精を見ておいた方が確実だろう。話の内容にリアリティーが出てくるからだ。
そんな考えもあり、僕は祖母アンナの案内で不思議な世界であるイルミンスール大陸の入口へと向かう事にしたのである。
船でオーデンセからスカゲラク海峡を北上しノルウエーのクリスチャニアへと到着し、そこから馬車で陸路を北上し麓の村まで連れて行ってもらい、その先は徒歩で進んでいく。そこからかなり歩いた所で、アンナの説明するイルミンスール大陸の入口である山の姿を捉えたのだ。
「アンナさん、あれかい? あれがヨトゥンヘイム山なのかい?」
祖母アンナからは、中身がハンスじゃないなら自分の事はアンナさんと呼びなと言われ、僕はアンナさんと呼んでいた。因みに僕はそのままハンスだった。コウズケ タクムは言い辛いらしい。
「ああ、そうだよ、あれがヨトゥンヘイム山だよ、巨人の国の名前を冠したスカンジナビア山脈の山だよ、これからあの山頂に行く必要があるのさ、世界樹の幹の部分になるからね」
隣に立ち竦む白髪の老婆がニヤリと不敵に笑う。
聞いた所によるとアンナの年齢は60歳前後らしい。それなのに髪も紫色の可愛いリボンで二つに束ねゴスロリ風の可愛らしい服を着ていた。なんか凄くギャップがある。
そもそもゴスロリ風は山登りをするような格好ではないぞ。
「ねえ、アンナさん、改めてだけど本当に空に浮かぶ大陸は存在するのかい? そして木とか蔦が伸びて行けるようになるって話も途方もない感じがするけど……」
僕はちょっと小首を傾げる。
「ふん、論より証拠さ、兎に角、四の五の言っていないでさっさと行くよ」
アンナは自信満々といった感じで促してくる。
「り、了解だよ…… ところでさ、アンナさん、その空に浮かぶ大陸の名前なんだけど、なんでイルミンスールって呼ばれているんだい?」
「そんな事まではあたしは知らないね、昔に現地の人達がそう呼んでいるのを聞いたのさ、昔ザクセン人が信仰していた祖神イルミンからきているのかもしれないね、古ザクセン語だとイルミンスールはイルミンの柱って意味になるからね」
「じゃあ、その大陸に住んでいるのはザクセン人という人達なのかい?」
「いや、そんな感じじゃなかったわね、南方系、北方系、色々居たからね…… 昔に行った人の中に少しザクセン人がいたんじゃないかい?」
「昔に行った人?」
僕は首を傾げる。
「ハンス、改めて説明しておくけど、イルミンスール大陸には、普通には行けない。気球や飛行船でも行けない。多くの人が一気には行けない。そして通常では見えない。魔法に干渉のある手段だけが行き来を可能にする。例えば妖精の粉とか、あたしが持っている魔法の種とかだ……」
「魔法の種か…… アンデルセンが書いた童話じゃないけど、ジャックと豆の木って童話も有名な童話として残っているんだけど、その話は何かイルミンスール大陸と関係があるの?」
「ああ、それって、確かグレゴリオ暦800年から900年ごろにジャックという少年が魔法使いの老人と牛と魔法の豆を交換して、その豆から生えた蔦を登って巨人の国へ行った。とかいうアングロザクセンの民話だろ。恐らくそのジャックはイルミンスール大陸に行ったんだと思うわ、あたしと同じ行き方をしてね」
ジャックと豆の木って元はアングロザクセン民話なのか……。
「じゃあ、イルミンスール大陸には、話に出てくるような巨人もいるって事なの?」
「いるよ、普通にね、ただ、民話のイメージだと山のような大男だと伝わっていると思うけど、身長三メートル位の大男よ」
アンナの話は本当に見聞したかのような口振りだった。
「凄いんだね……」
そんなこんな話しながら進んで行くと、山が随分と険しくなってきた。アンナの話によると、ヨトゥンヘイム山は2000メートル級の山だという。ヨーロッパアルプスのモンブランやマッターホルンが4000メートル後半だと考えるとそこまで高い山ではない。今の季節は7月、気温も丁度いい。とはいえ所々にある厳しい傾斜をピッケルを活用しながら登っていく。
僕はそんな感じで足元を気を付けながらゆっくりと進んで行くのだが、アンナといったら、ピッケルも使わずヒョイヒョイ登っていく。例のふんわりとしたゴスロリ風ファッションに背中に小さなリュックを背負ってだ。
「ハンスや、何をもたもたしているんだい、さっさと登るよ、白夜の季節だから完全に真っ暗にはならないけど、天気が悪くなったら困るから早くするよ、頑張って進んでちょうだいね」
「はあ、はあ、はあ、了解だよ……」
僕は息を切らしながら返事をして付いていく。
おいおい、アンナさん、ヤバい…… 婆さんなのに何であんなに元気なんだよ?
息を切らせつつ大凡三時間程登り続けると漸く山頂に到着した。季節は7月で標高も2000メートル程だから雪は無い。
峰から少し下がった所に平たい場所があり、そこで僕らは荷物を下ろした。




