scene.1 森の中の村に入ったよ
メーラル王国の東側国境を越え、恐らく隣の国に入ったであろうと思われるのに、一向に森が尽きない。ずっと、ずっと、果てしなく森が続いているのだ。
「う~ん、なんだか、歩けども、歩けども、永遠と森だね、もうちょっと進むと平原とか平野に出るのかねえ~」
アンナは左右を見回しながら顔を顰める。
森はブナとかトウヒの木が多く見られ、また、沢山の鳥が住んでいるらしく、時折、上空でバサバサと鳥の羽音が鳴り響く。
「そういやあ、フレン・カースチェイの小島を出た時に変な鴉がいたよな」
羽音を聞いてピーターが思い出したような顔で言及する。
「うん、確かにいたね、全体的の印象は鴉みたいだったけど、尾羽に赤や黄色や緑や青の羽を無理やり取って付けて妙ちくりんな感じだったよね」
僕は頷き付け加える。
アンナも、その時の事を思い出したのかうんうんと頷く。
「あの時のあれね、あの鴉は相当怪しかったよね、確かフレン様がどうしたこうしたとか変な事を言ってたよね、まるであたし達を監視していたかのようにさ。まあ、あの鴉が、フレン・カースチェイの事を知っていたのは略間違いないと思うよ、伝書鳩的な存在なのか監視役だったかは解らないけどさ……」
「怪しいから今度見掛けたら、とっ捕まえようぜ!」
ピーターは積極的な事を言う。
「ああ、あたしもそう思うよ、こっちの動きを監視されるのは気持ちが悪いからね……」
アンナは同意とばかりの言及をする。
そんなフレン・カースチェイの話題が出た所で、ふと僕は思い出した事を問い掛けた。
「ねえ、ところでさ、フレン・カースチェイと最後に戦っていた時、アンナさんさあ、変な名乗りを上げていたよね? あたしは、ババアやが、とか何とか? あれは一体、何だったの?」
「あたしゃ、ババアだなんて一言も言ってないけどね!」
アンナがギッと睨んでくる。
「い、いや、言っていたじゃない! 僕は確かに聞いたよ!」
僕は取り繕う。
「そりゃあ、ババアじゃなくて、バーバヤーガね、魔法使いの称号みたいなもんだよ」
「それ以外にも、前の部分に何か付いていたよね、エイや、ヘイや、とか何とか掛け声みたいなのも……」
アンナはふうと息を吐く。
「そっちはエインヘリャル・ワルキューレね」
「だから、それは一体何なの? ババアヤガも含めて」
アンナは仕方が無いといった表情で、もう一度大きく息を吐いた。
「ピーターは知っていると思うけど、大昔、このイルミンスール大陸で大きな戦争があったんだよ、神々と巨人族との間に起こった戦争だ。神々の側には主神オーディーン、トール、ヴィーザル、ヘイムダルなど神がいて、巨人族の側では、ロキとかフェンリルとかハティという巨人がいた。その神々と巨人達が大陸の覇権を争ったんだよ」
「へえ~、この大陸で、そんな大戦争があったの?」
「ああ、で、神々の方で戦力の補助として人間の戦士が集められたんだ。勇者みたいな強い人間なんだけど、神々の食べ物や飲み物を飲んで更に強くなった戦士だ。それがエインヘリャルなんだよ。ワルキューレはそのスカウトマンのような存在であり、先生みたいな存在になるのさ」
「じゃあ、アンナさんが名乗っていたのは、神々の戦士の先生である魔法使い、っていう感じなの?」
「まあ、一応はそんな感じだね。それで、大戦争の結果、主神オーディーンや多くの神々は死に、一方の巨人族側もロキやフェンリルなどの大物が死に絶えた。そんな事もあり、イルミンスール大陸は崩壊状態に陥った。神々の激しい戦いのとばっちりを受けて、全大陸の生物や人類などの半数が死に絶えた程だったんだ。だが、生き残ったオーディーンの子供バルドルとかヘズ、ヴィーザルが新たな神々として座に付き、その後の生き残った人々や色々な種族や生物を見守る存在となったんだ。長い時を経て、イルミンスール大陸に再び平和が訪れたのさ。だけど、その後の世界においても、偶に変な輩が存在しているんで、それを見張ったり取り締まったりする任に就いている存在が現状のエインヘリャルなんだよ、まあ、この世界の警察みたいなもんだね、その任に前に此処に来た30年位前に就いていたって事だよ。10年位頑張って修行してね……」
「アンナさんって若い頃に色んなことしていたんだね」
30年前とか40年前とかだとアンナは大体20歳とか30歳頃だ。
「まあ、確かに若かったし、あたしも色々思う所があってね……」
アンナは薄く笑って答えた。
そんな会話をしながら進んで行くと、川沿いに細長い村を発見した。
「あらあら、平原か何かに出るかと思ったらいきなり村に出ちゃったね、何だかメーラル王国の北部の村みたいな雰囲気があるし、辺境の村って感じなのかねえ……」
規模は小さいけれど、宿屋、酒場、武器屋、道具屋、質屋などは揃っていそうである。
「まあ、宿屋もあるみたいだからこの村にしばらく滞在しようじゃないか」
アンナが促してくる。
「うん、宿屋の方が気持ちよく眠れるから良いんじゃない」
「まあ、俺はどこでも良いけどな」
僕は宿屋肯定派、ピーターは野宿でも構わない派のようだ。
「でも、村に着いたら最初に武器屋に入るわよ、また品定めしなきゃね」
「おいおい、アンナ、メーラル王国でのお礼で凄い武器を貰っていたじゃん、まだ品定めをする気なのかよ」
そうなのだ。僕等はお礼としてヘンリック王子から凄い武器を揃えてもらっていたのだ。アンナに至ってはかなり高性能な魔法の杖を貰っていた。
「良いんだよ、何か掘り出し物があるかもしれないじゃないか」
「まあ、別に良いけどよう」
そんなこんなで僕等は村へ入って行った。
村は森の中に流れる川沿いの少しだけ開けた場所に、民家と商店が立ち並んでいるような感じだった。
宣言どおりアンナに連れられ武器屋に寄るも、予想通りでそれ程いい武器は揃っていなかった。
「悪いんだけど、服とか防具を売っている店にも寄って良いかな?」
「別に良いけど、色々寄るんだね」
「色々見てみたいのさ」
アンナはニヤリと笑う。
そんなこんな僕等は防具屋兼服屋みたいな店に入った。戦士の服とか、魔法使いや魔導士の服とか、はたまた盾や鎧なんかも売っている。
「うんうん、中々良いね、済みません、これ試着しても良いかしら?」
「ええ、どうぞ問題ありませんよ」
女性の店員が答える。
そこからアンナの服と防具選びが始まった。あれでもないこれでもないと中々決まらない。
しばらく待つも全然終わらないので、一旦、僕とピーターは店の外で待つことにした。
「長いな、一体どの位掛かるんだ?」
「解らないよ、何か気合入っていたからね」
一時間位待ったであろうか、店から長髪を靡かせた美しい女性が出てきた。赤紫色のボディースーツのような服を身に纏い、膝までの革製のブーツを履いている。そのボディースーツは胸までしかなく肩が出ていて、かなりセクシーな物だった。そんなボディースーツの上に胸の形を強調したハート型の胸当てと細いタセットを付けている。そして極め付きに青紫色のマントを身に纏っていた。
「いやいや、お待たせしたね」
「はい?」
「嫌だね、あたしだよ、あたし」
「えっ?」
その美しい女性はくるりとその場で回った。マントがふわりと棚引き、凄く魅力的だ。
「えっ、まさか、アンナさん?」
「そうだよ、お金も入ったし、若返ったし、折角だからお洒落を楽しまないとね」
「い、いや、お洒落って、それ露出が多くない? へそが見えちゃってるよ! それと体のライン強調しすぎじゃない?」
えらくセクシーだぞ。僕は見兼ねて指摘する。
「えっ、別に普通よ、大丈夫よ」
何をもって大丈夫なんだろうか? そもそも婆さんだぞ、今までも年甲斐もなくツインテールの髪型にゴスロリ風ファッションをしていたけど、今度のはそんな無理やりな若作りではなく本気で綺麗で色っぽい姉ちゃんになってやがる。
「アンナ、ヤバいな、凄い格好良いぞ」
ピーターはアンナの格好を褒めている。
「そうだろう、そうだろう、解っているじゃないかピーター! 頑張って選んだんだよ」
「……う、うん、綺麗だよ、綺麗だけど、何か違う人みたいだよ、僕は前の方が良いかな……」
僕は敢えて褒めなかった。
「まあ、ハンスはそう思うかもしれないけど、あたしは昔いつもこんな格好をしていたんだよ、何だか懐かしいわね、ふふふふふ」
アンナは凄く嬉しそうに微笑む。それを見た僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
その後、色っぽくなったアンナと僕とピーターで村を散策していると、煉瓦造りの大きい館を発見した。黒っぽい、何か一種異様な気配のする館だった。
「むむむ、何だか、この館、妖気みたいなのを感じるね、ここだけ異質というか異様というか何というか……」
アンナは顔を顰める。
「だけど、アンナ、この館は全く人の気配がしないぜ、何年も、いや、何十年も人が住んでいないって感じに思えるが……」
「確かにね……」
ふと横を見ると、その館のすぐ隣にも民家があり、その民家の前にある畑で、老夫婦が葉物野菜を育てていた。葉の緑が鮮やかでとても大事に丹精込めて育てられている事が伝わってくる。
「あら、美味しそうな菜っ葉だわね、それは何て言う種類の野菜なんだい?」
アンナは興味深げに問い掛ける。
「あっ、ああ、冒険者さんか…… これはラプンツェルという野菜なんですよ」
夫の方が答える。
「…………」
奥さんの方はちらりと此方を見るが、何も言わず黙々と野菜の手入れをしていた。
何故だかよく解らないが、二人はとても悲しそうな顔をしていた。そして必死になって野菜の手入れをしているように見受けられたのだ。




