scene.2 ラプンツェルという名の植物
僕はその辺りがちょっと気になり、何とはなしに問い掛けてみた。
「なんか、そのラプンツェルっていう植物を必死になって作られているようにみえるのですが、そのラプンツェルって貴重で値段が高い野菜か何かなのですか?」
「いや、それほど高価な物ではないよ」
お爺さんの方が答えてくれる。
「そんなに高価な物ではないのに、何故、そんな一生懸命に育てているのですか?」
僕は首を傾げる。
そんな僕の問い掛けに、お爺さんがちょっと困った表情を作りながら答えてくれた。
「……私達はラプンツェルを沢山用意して、それを献上して、娘を返して欲しいと思っているんだよ」
「ラプンツェルを献上して娘を返してもらう? そ、それは一体どういう事なの?」
僕は理解出来ずに更に問い掛ける。高価な物でもなんでもないラプンツェルを献上しても意味はないだろう。それ以上に娘を返してもらうというのは一体何事なのだろう。
「実は……」
そう言いかけるも言葉を詰まらす。
「話すと長いんだけど、聞いてくれるかい?」
「ええ、お伺いしますよ」
躊躇いがちにお爺さんは説明をし始める。
「今から二十年ほど前に、私との妻の間に子供が出来たんだ。ずっと子供が欲しかったが出来ずにいて、高齢になってようやく授かった子供だったんだ。私達はとても喜んだ」
そこまで話したところで急に声が沈む。
「……だが、妻が妊娠中、理由は何故だか解らないが、ラプンツェルが食べたくて仕方が無くなってしまったんだよ」
「えっ、ラプンツェルが食べたいですか……」
何だか変な話だ。僕だけじゃなくアンナやピーターもそう思っているのか、理解できないといった表情を浮かべている。
「当時、隣の屋敷の庭先にラプンツェルが沢山植えられていた。妻がその時、どうしてもあのラプンツェルが食べたい…… そうしないと死んでしまうとまで言いだした……」
何だか厄介な話の気配がする。
「そ、そんな妻の訴えに、私は、私は…… いけない事だと解っていながら、隣の館のラプンツェルを摘んで、妻に食べさせてしまったんだ……」
そう説明してから、お爺さんは項垂れる。
「むむう、それは、ちょっと拙いね、つまり盗んだって事だろ? 館の人に叱られてもおかしくはないよ」
アンナは厳しい顔で言及する。それは至極当然だ。僕でもそう思う。
「しかし、それだけでは済みませんでした。隣の館のラプンツェルを食べた妻は、もっとラプンツェルが食べたい、もっともっと、この前の三倍のラプンツェルが食べたい、と言い出したのです」
そのラプンツェルにそんな中毒性があるとは思えない。
「そ、そ、それで、私は…… 再び、隣の館の敷地内に忍び込んで、ラプンツェルを摘もうと……」
「そ、それは駄目だよ!」
僕は思わず声を上げる。
「そう、それ以上はやるべきではなかったんだ。その時、私は隣の館に住む、館の主に見付かってしまったんだよ、ああああああっ」
更にお爺さんは顔を青くして言った。
「館の主はこう言った。勝手に私の庭の植物を取るとは許せん行為だと…… そんな館の主に、私は妊娠中の妻がどうしてもラプンツェルが食べたいと言い出した事を伝え、それで仕方が無く摘んでしまったと、言い訳をした……」
そこでお爺さんは再び大きく溜息を吐いた。
「私の説明を聞いた館の主は興味深げに声を掛けてきた。ほう、お前の妻は妊娠中で、私の館のラプンツェルが食べたくて仕方が無いと言うのかい? だったら好きなだけ食べるが良い、但し!」
「但し?」
「ああ、館の主はある条件を私達に要求してきたんだよ」
お爺さんもお婆さんも表情を曇らせる。
「それは?」
「それは、お腹の中の子供が産まれてきたら、その子供を自分にくれという要求だよ」
とんでもない要求だ。
「確かに、お爺さんがした事は良くない事だけど、子供を奪われる程の事はしていないと僕は思うよ、子供をくれというのは酷すぎるよ」
僕は憮然とする。
「ただ、もう妻はラプンツェルを食べてしまっていたし、既に食べたいという衝動を止められない状態だに陥っていた。仕方が無しに、私達は館の主とその約束をしてしまったのです……」
「約束をしてしまったんですか?」
「はい、仕方が無しに…… そして、子供が産まれた所で、その館の主がやって来て、子供を奪っていってしまったと……」
その時の事を思い出したのか、お爺さんは涙を流した。お婆さんも腕で目を拭った。
「しかし、しかし、私達は子供を奪われてしまったことを深く後悔して、摘んでしまったラプンツェルより遥かに多い量のラプンツェルを栽培して、それを館の主に献上して、子供を返してもらおうと頑張っているのです。ですが、子供を奪ってから館の主は何処かに引っ越してしまったのか、それ以降、館は無人状態になり、子供を返してもらうという交渉が出来ずに何年も何年も経ってしまっているのです……」
何だかとても悲しい話だ。愚かな行為の末に子供を奪われた。そして、子供を取り戻そうとしているが、それが徒労に終わってしまっているという現実。救われない状況だ。
「その館の主の所在はつかめないのですか?」
僕は問い掛ける。
「残念ながら、解らないんだよ、だから私達はこの館の傍で帰りを待っているだよ、いつか帰って来るんじゃないかと考えてね……」
「う~ん」
僕は考え込む、何とかして、この老夫婦に子供を返してあげたい気がする。
「ねえ、アンナさん、何とかこの方々を助けてあげる事はできないかな?」
僕の問い掛けにアンナは険しい顔をしている。
「ハンス、お前、簡単に言っているけど、人探しは相当難しいよ……」
「でもさ、この人達が可哀そうだよ、それに何か陰謀の気配を感じない? ただの野菜のラプンツェルに禁断症状があるという所とか、野菜を盗んだだけなのに子供を奪われてしまった所とかさ」
僕の問い掛けにアンナは少し考え込む。そして老夫婦に問い掛けた。
「なあ、あんた、因みに、その隣の館の主とやらは何という名前なんだい?」
確かに探すには名前が解っているのと解っていないのでは大きな差があるだろう。
「えっ、名前ですか、名前は確か…… 確か…… コ、コールガ・カースチェイという名前だったと思いますよ……」
「えっ、カ、カースチェイ? カースチェイだって!」
僕は目を見開く。
「ほ、ほら、アンナさん、陰謀の気配だよ!」
「わ、解ってるよハンス、一々騒ぎ立てるんじゃないよ!」
そう言いながらのアンナはニヤリと笑う。
「確かに陰謀の気配が感じられるね…… 解ったよ、嘗てのエインヘリャルとして、この問題の解決を手伝おうじゃないか、いいねピーター、またカースチェイが登場だ。まあ、あんたの仇とは限らないけどね……」
「ああ、了解だ。俺としても、そのカースチェイに会いたいと思う。俺の聞いたカースチェイは確かビュルギャ・カースチェイという名前だった気がするが、それでも接点を見出したいと思うよ」
それを聞いたアンナは老夫婦の方へ向き直る。
「あたしたちが、その隣の館の主人を探してあげるよ、そして、子供を取り戻せるようなら取り戻してみてあげるよ」
「ほ、本当ですか? 是非、是非、宜しくお願いします。子供を取り返して下さるなら、何でもお礼を致します。何卒宜しくお願いします」
老夫婦は何度も何度もペコペコ頭を下げてくる。
「ほら、あんた達は、何でもお礼とか、そういう軽はずみな事を言うから付け込まれるんだよ、これからは気を付けな、まあ、お礼は期待させてもらうけどね」
アンナはニヤリと笑った。




