第8話 ……そっか、ありがとね
「渋谷さんは水族館によく行ったりする?」
「んー、私はそんなにかな。二宮さんはどう?」
私もよく行くってほどではないね、と返事をする。
渋谷さんと一緒に出かける日曜日になり、私たちは水族館に入った。
事前にチケットを購入していたので、待つことなくすぐに入ることができた。
館内に入ると、話をしている人がちらほら見受けられる。
なるべく静かな時間がいいと渋谷さんに言われて夕方にしたのだけれど、それでも家族連れや恋人らしき人たちが多い。
その人たちを横目にエレベーターに乗り、さっそく展示場所に向かった。
だんだん水族館に特有の音楽が大きくなり、青白い照明が独特の空気を作る。
期待感が高まるなかエレベーターを抜けると、水槽が視界いっぱいに広がった。
おぉ、と渋谷さんと同時に声が漏れる。
私たちの視線の先にいたのは、この水族館の一番の目玉であるジンベエザメ。
大きな水槽を泳いでいるだけでも、身体の大きさから威厳を感じられる。
子どもの頃はこの水族館にしかいったことがなかったから、どこにでもジンベエザメがいるものだと思っていたけど、日本だとそれほど多くないらしい。
どおりでこの水族館、ジンベエザメのぬいぐるみがやたらとあるわけだ。
「そういえば今さらなんだけどさ、渋谷さん沈黙って苦じゃない?」
「全然大丈夫だよー」
ていうか、家にいるときもそんなに話しないじゃん、とこちらを見る。
薄暗い空間だからか、渋谷さんの表情がはっきりと見えない。
ひとまず黙ってても大丈夫らしいので、好きに鑑賞することにした。
巨大な水槽を抜けて別の生き物の展示コーナーへと移る。
そこには地元の海に生息する魚たちがゆったりと泳いでいた。
「二宮さんはこういう生き物を見たりするのが好きなの?」
「好きなのかな、自分でもよくわからない」
長い間、この水槽を見ていても飽きることはないというくらい。
「でも他の人はこの水槽とかすぐに目を離して別のコーナーに行くわけじゃん」
それって好きってことじゃないの? と繰り返し尋ねてきた。
たしかにこの水槽を長く見ている人はほとんどいない。
「そうなのかも」と頷くと、「ならよかった」と小さく呟いた。
その後は小さめの生き物の展示に感想を言い合いながら奥へ進んだ。
閉館まで時間はあるけど、展示コーナーには人があまりいなかった。
ちょうど今の時間はイルカショーがやっているからだろう。
他のコーナーより薄暗い空間に入ると、半透明の生き物がふわふわ漂っていた。
丸みを帯びた水槽の中にいたのはクラゲだった。
淡い光を透かして、柔らかな身体を自由気ままに動かしている。
その様子を眺めていると、渋谷さんが私とぶつかるくらいに距離を縮めてきた。
「そういえば二宮さん、クラゲって頭ないって知ってた?」
「えっ、そうなの?」
「どう見てもあるけど」と半球を指さすと、隣の少女は得意げに続けた。
「あれって頭じゃなくて身体の一部なんだって」
クラゲには脳がなくて身体中に神経が張り巡らされていて、光を感知することができるらしい。そして驚くべきことにクラゲもプランクトンの一種だという。
「なんでそんなこと知ってるの?」
「来る前のバスで調べてたんだー」
二宮さんってクラゲ好きだろうなって思ったから、と笑みを零す。
――渋谷さんの柔らかな表情に、心臓が不自然に揺れた。
「……そっか、ありがとね」
そう呟いて、目の前の水槽に視線を戻す。
首筋を擦ってから深呼吸をひとつ。
腕をさすって踵をこつこつ床にあてる。
そんなことをしているうちに、鼓動が落ち着いてきた。
もう一度だけ深呼吸をしてから、渋谷さんの方に視線を向ける。
「まだクラゲ見たい?」
「二宮さんはもういいの?」
頷くと「じゃあ次のところに行こう」と言って別のコーナーへと歩き出した。
薄暗いから関係ないと思うけど、渋谷さんの半歩後ろをついて行った。




